実用に進む生成AI,長岡市長にPythonを教える,中年の危機を迎えるAI
2024.02.08
Updated by Ryo Shimizu on February 8, 2024, 11:41 am JST
2024.02.08
Updated by Ryo Shimizu on February 8, 2024, 11:41 am JST
新潟県長岡市の磯田市長といえば、彼が初当選したときに東京の湯島にある筆者の会社を訪れ、「長岡をAIで盛り上げる街にしたい」と熱弁を奮っておられた。
出身地ということもあって、それ以前から長岡市役所からコンタクトは幾度かあったが、これほど熱烈なものは初めてだった。
それからかれこれ8年近い付き合いになる。
ChatGPTが世間の話題を大きくさらった昨年、市長は益々意気盛んになんとかこの生成AIというものを市政や市民生活の向上に役立てんと、積極的な活用に乗り出した。しかし実際問題として、大規模モデルというのはその特性を熟知せずに使おうとするとあっさりとハルシネーション(幻惑・でたらめな情報を真実のように出力すること)が起きてしまい、まともなことに使うのに躊躇する。特に一年前といえば、まだGPT4が出る前だったから、特に日本に関する知識のほとんどはデタラメに近かったと言って良い。
適切な知識を持たずに大規模言語モデルを活用しようとすると却って混乱を招いてしまう。
「どうすればちゃんと生成AIを使えるようになるのですか?」
と市長に聞かれた筆者は、迷わず「まずPythonを学びましょう」と答えたのだった。
筆者が昨年上梓した二冊の本は、ともにChatGPTをフル活用して書いた。その際、当然のようにPythonコードを使った。10万字相当の文章をChatGPTで一度に扱うのは当時不可能だったし、いくらなんでも丸投げすぎで不安だった。
ステップ・バイ・ステップで必要な情報を補完したり補強したりしながらまずは一冊ぶんの文字稿を自動的に書かせて、そのあと、人間が加筆修正するという形をとった。
この方式だと最初の原稿ができあがるまでに10時間、人間がそれをブラッシュアップして一週間くらいで原稿が完成した。
単に早いというだけでなく、結果としてAIを下敷きに使ったことで(残念ながら)筆者が書くよりも読みやすくなり、書籍の評価も上々でよく売れた。
プログラム化する理由は、その方が緻密にChatGPTを使うことができるからだ。
生成AIのおかげで、かつてないほどプログラミングは簡単になっている。
ソースコードエディタは書いてるそばからプログラマーにプログラムを「提案」するし、わからないことがあったらChatGPTに聞けば技術的な問題には大抵答えてくれる。仮に直接の答えがみつからなかったとしてもヒントになるキーワードくらいは教えてくれ、そのキーワードで調べてわからなくても、キーワードの書かれたページをコピペしてChatGPTに見せ、質問すれば答えてくれる。
プログラムでエラーが出た時でさえ、ChatGPTにエラーを貼り付けると原因を推定してくれる。
圧倒的にプログラミングの負担が減ったことで、プログラマーという「職業」は消えつつある。
むしろこれからの時代は「プログラミング能力」は「英語能力」「数学能力」のようなアビリティのひとつにすぎず、「英語能力と数学能力とプログラミング能力を持った個人」のように扱われるようになるだろう。この流れは必然的かつ不可避なものだ。
これらの能力を兼ね備えた「AI使い師」のような職業がこれから増えていくに違いない。
AIについて「どう使うか」と考えるよりも、「何をどう聞くべきか」ということを考えた方が答えに近い。
日本人が世界で一番苦手とされている「質問する力」こそがこれからの時代を生きるのに必要不可欠なものになるだろう。
プログラムによってGPTを操作するのはプログラミングの科目のうちでは簡単であるだけでなく実用的で、それがもっと広く多くの人々に知られるべきだと筆者は考えている。
市長にPythonを教えにいくことになり、市長だけでは勿体無いからと市の職員50人も受講することになったのだが、結果として受講者は60人まで膨れ上がった。僕も大人相手にプログラミングを教えることは滅多にないので、非常に新鮮な体験だった。
全三回のうち初回は、生成AI操作の要となる「プロンプト」を操るための文字列操作について。
Pythonは文字列の定義だけで何通りもあり、しかも同じことを複数のやり方で書ける。
他の言語からPythonに移った時に最初に戸惑うのがこの文字列処理の豊富さである。
さらに変数の概念と関数の概念、リストの概念に軽く触れただけだったが、これで90分を使い切った。
大学生に教えるよりもかなりゆっくり説明したので脱落した人は少ないと思うが、その後、市長と懇談するなかで興味深い発言があった。
「プログラミングでGPTを使えるようになったら、私も本を書くことができるでしょうか」
これはとても重要なことで、プログラミングを習得するために学校では教えてもらえない唯一のものを市長は持っていた。
それは「具体的な目標と動機」である。
「ちょっとプログラミングでもやってみようかな」という気持ちで初めて、「今自分がやっていることに意味を見出せず」挫折する人は非常に多い。「こんなことをして何になるんだ」という気持ちでプログラミングから離れるのである。実際問題、「こんなことをして何になる」と言いたくなる気持ちがわからないでもない。それくらい、プログラミングの初歩の初歩というのは大人であればあるほど退屈だからだ。
その点、子供は、新しいことを学ぶことにおそれや躊躇がないから興味さえもてば動機と目標を発見してあっという間に学んでいく。
積み木遊びをしているときに「こんなことをして何になるんだ」と思う子供はいない。
積みたいから積むのである。
それに比べると大人はゴールの見えない道を歩きたがらない。
歳を取れば取るほど保守的になり、食べてないものを食べようとか、行ったことのない店に行ってみようとかいう気持ちがなくなっていく。
ほんの数年前まで、AIは立体迷路を解くことができなかった。
右にいっても左にいっても似たような景色があるだけで、ゴールがどこにあるのか見当もつかないからだ。
ところがある日、AIは立体迷路を解けるようになった。
その鍵となったのは、好奇心だ。
内在的好奇心(Intrinsic Curiocity)という機能を与えられたAIは、同じようなものばかり続くと退屈を感じ、刺激を求めて別の場所、行ったことのない場所を訪れるようになった。
人間も幼い頃は全てが新鮮で、謎に満ちていて、未知を知ることを恐れなかった。
しかし人は長く生きれば生きるほど学習し、未知に近づいて痛い目を見て、必要以上に未知を求めなくなる。興味深い。好奇心を持ち、立体迷路を攻略できるようになったAIも、最終的にはそうなるだろうと思えるからだ。
好奇心を持ったAIには肉体疲労という概念がない。だからヘタをするとずっと新しい場所を探し続けるかもしれない。しかし、ある瞬間に「この世の全てを見てしまった」と悟る瞬間が来る。そうすると、そのAIは動作を停止させるか、驚くほどゆっくりと往復運動のようなものを始めるだろう。「どうせこの先に行っても見た景色ばかりだ」とAIが感じた時、どうなってしまうかは想像するしかない。数学的にはそのような平衡状態は十分あり得る。これは言い方を変えれば、「知能の寿命」かもしれない。
人間でいえば、これは「中年の危機」とも言われる。
自分の人生に見切りをつけ、定年退職までの日を逆算してほどほどに手を抜き始めるようなことを揶揄する言葉だが、夢も希望もなければ実際問題そうなってしまう。
定年の延長や年金の支給時期の延伸は、ある意味で「中年の危機」を救う可能性がある。
「あと20年働けば年金がもらえる」と思って逆算して働くよりも、「あと20年頑張って健康を維持しないと年金をもらえずに死んでしまう」というモチベーションが働くかもしれない。
「中年」の期間が引き延ばされるか、後ろ倒しにされる。
筆者は今年で48になるが、昔は48といえば、定年まであと12年という歳で、そろそろ手仕舞いを考えるような年齢だった。
今の筆者は未来への希望と妄想で毎日眠れない。
最近は生成AIを実業務に使うという話も増えてきた。そういう相談も多い。
筆者自身も生成AIを使った実業務プロジェクトを四つほど抱えている。
このフェーズに入ると、もはや数学的知識はほぼ全く必要ない。必要なのは、AI関係「以外の」さまざまな仕事の業務内容の知識や、アイデアだったりする。もちろんAIについて基礎的な技術や最新の動向について知っていることは大きなアドバンテージだが、論文だけをいくら見つめていても、そこからお金は湧き出してこない。
数学がいい例だが、偉大な数学者の多くは、それが実用的に使われて何らかの経済活動に結びつくはるか前に死んでしまう(残念ながら)。
今、あらゆるゲームエンジンが毎秒数万回行う計算に不可欠な概念を発明したウィリアム・ハミルトンは、19世紀に死んでいる。もしも彼が2001年にクォータニオンの特許をとっていたら、億万長者になっていたかもしれない。
ダグラス・エンゲルバートが提出したマウスの特許は、期限が切れてから商品化された。技術系以外のビジネスマンはすぐに特許をとろうとするが、特許化して意味があるのは「作り方を知れば誰でも作れるもの」かつ「今すぐ売れるもの」だけである。
特許は20年すれば誰でも使えてしまうし、なにより製造の秘密がバレてしまう。特許というのは一時的な優位性を確保する手段の一つにすぎない。
コカ・コーラはコーラの特許をとってないし、ケンタッキーだってフライドチキンのレシピの特許はとっていない。とっていたら、今ごろは偽のコーラと偽のケンタッキーフライドチキンで街は溢れていただろう。
今の時代に生きていてとても「オイシイ」と思うのは、「生成AIを実用的に使う方法」について、ほとんど誰も正解を知らないということだ。そしてそれについての特許を誰も主張できないということだ。既存、既知のよく知られた技術を単に組み合わただけでは、特許が取れないのである。
そしてAIほど既存のよく知られた技術の組み合わせだけで成立しているものも少ない。
そのうえで、AIほど組み合わせの種類が無限に近いものも珍しい。つまり、「製法の秘密」を持つことができる。
これは特許よりも強力なノウハウで、誰でも生成AI以降の時代のコカ・コーラやケンタッキーフライドチキンになれるチャンスがあるということだ。
カーネル・サンダースがフライドチキンのレシピを売り歩き始め、「フランチャイズ」という全く新しいビジネスモデルを開始したのは62歳のとき。
人間の健康寿命が伸びている今、誰にでもチャンスがある。重要なのは何歳になってもいいから面白いと思うことを自ら始めることだ。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。