過日、台北にて開催されたComputex Taipei 2024に行ってきた。
貧乏性の我輩としては、原稿料の出る媒体(本欄)にComputexレポートを書いて少しでも旅費を回収したい。
国内のコンピュータ系のジャーナリストは、どこを向いてもメーカーからお金や旅費を出してもらってメーカーの思う通りの記事を書く人だらけになってしまった。
そうじゃない人もいるのかもしれないけど、これは昨今の媒体の原稿料が信じられないくらい安くなっていることを考えると仕方のないことではないかと思う。
筆者は収入のうちで原稿料が占める割合は5%くらいだが、それでも「原稿料が高い方」と言われている(自分で原稿料を決めたことはない。編集部が規定の原稿料を勝手に払うのである)。
ただ、筆者の原稿料でも、月に20本くらい書いてようやく一人前の生活ができるかできないか微妙なところだ。
もっと高い人もいるだろうが、複数媒体を掛け持ちしても、原稿料の出る媒体は限られているので下手をすれば取材費も出ないなんてこともあり得る。
そりゃ、そういう時に飛行機代出してくれるメーカーがいればはありがたいし、悪いことは書けなくなる。しかしそれはジャーナリズムとはかけ離れた、要は形を変えた広告に過ぎない。日本はステマを禁止しているはずだが、外資系企業のこうしたリベートの渡し方はどうなのか。自動車の雑誌とかでもあるよねそういうの。ニュルブルクリンクまで顎足枕つきでご招待とかね。
そういうお金がメーカーから出ないフリーのジャーナリストはどうしているのかと言えば、格安航空券を使うらしい。これは知らなかった。でも確かに格安航空券でも使わなければとても無理だろうと思う。
というわけで、必然的にそういうしがらみとも案件とも無縁な筆者からすると、今回久々にComputexを訪れてみようと思ったのは、そろそろ「AI」が主役になる時代が来たのではないかという予感がしたからだ。
その予感はある意味で的中して、ある意味で完全に外れた。
これはそんなレポートである。
まず、会場の入り口からしてNVIDIA。言わずと知れたAI半導体の雄である。今や主要顧客が世界に五社くらいしかないと言われている中で時価総額世界二位。堂々たるものだと言える。
NVIDIAのブースはないが、逆に展示はNVIDIAの製品を組み込んだ製品のデモばかりで、もはやNVIDIAが世界征服をしたかのような世界線が展開されていた。
各社は競うようにNVIDIAのGPUを詰め込んだサーバーラックやらを展示しており、それで実際に何をするのかというソフトの議論には全くいかず、「とにかくありまっせ。入りまっせ」という説明に終始していた。まあこれはComputexではいつものことである。
ただ、その中で筆者が今回注目していたのは、先月Microsoftが発表した新しいPCコンセプト「Copilot+PC」である。
ちなみにMicrosoftがここ20年で打ち出した新機軸で成功したことはあまりない。2003年ごろになり物入りで投入した「TabletPC」も尻すぼみだったし、iPod対抗の「Zune」も、「HoloLens」も「Windows Phone」も今や人々の記憶の彼方にある。
何がいけないのかというと、どれも絶望的に完成度が低いことだ。
コンセプトは素晴らしいが、例えば「TabletPC」の一翼を担ったピュアタブレット端末は1時間しかバッテリーがもたなかった。そんなの実用的な道具とは言えない。
「HoloLens」の操作性は悪夢そのものだったし、Windows Phoneは家でもモバイルでも同じアプリが使えるという触れ込みだったが、もちろんそんなことはなかった。
その点、Copilot+PCは、これまでMicrosoftが打ち出してきた数々のズッコケ新機軸に比べるとマシに見えた。
しかし触ってみなければその真価はわからないので、ComputexにはほとんどこのCopilot+PCを触りに行ったようなものだった。
しかし、実は蓋を開けてみるとこの「Copilot+PC」がほとんど展示されていないのである。
壁には「Copilot+PC」と書いてあるのだが、いざ触ってみるとIntelのチップが載ったマシンで、肝心の「Recall」機能はついてないとか、AMDのCPUが載ってるだけとか、とにかく肩透かしなのだ。
実際、今月発売されるCopilit+PCのラインナップでは、QualcommのSnapdragon X一色なのである。
これはARM系CPUで動く久しぶりのWindowsなのだが、IntelやAMDが既存のCPUにとりあえずNPU(ニューラル処理ユニット)を乗せてお茶を濁そうとしているようにも取れる。
Copilot+PCの必要要件は40TOPS(1秒間に40兆処理)で、IntelやAMDのNPUは48-50TOPSと主張しているが、これは全てINT8、つまり8ビット整数での計算処理なのである。
どこぞのデモではLLMがローカルで動いているようなことを説明していたが、これではとても高度なLLMは動作させることができない。
どのPCにも「Copilot」アプリが入っていて、一見見事な返しをするのだが、試しにWiFiを切ってみたら待てど暮らせど返答が来ない。
つまりローカルでは動いていないのだ。
もちろんまだ発売前だから、発売時にはローカルで動いてるのかもしれないが、まあ十中八九、そんなことはおこらないだろう。
ほとんど唯一、Snapdragon Xで動くPCを触れる状態で展示していたASUSのブースで色々実験してみたが、StableDiffusionのようなものはローカルで動いているようだった。ただ、一枚の絵を描くのにかかる時間は10秒ほどで、最近のStreamDiffusionのように一秒間に100枚の絵を生成するという話に比べるとだいぶ牧歌的な性能だ。少なくとも仕事でガリガリ画像生成を使いたいという人におすすめできるものではないだろう。
過去の画面の操作履歴を呼び出したり検索したりできる「Recall」機能は少し目新しいが、同じ機能を試すだけならMac用のRewindというアプリがある。
これ、使ってみるとわかるが、実際に使うと便利だなあと思うよりも恐怖だと思うことの方が多い。すでにセキュリティ的な脆弱性も指摘されているので、これが安心して使えるようにならないと常用するのは難しいだろうと思う。
かなり期待して見に行ったCopilot+PCはやはり少し中途半端で、会場には中身のないAIの器ばかりが展示されていた。
自作PCのオーバークロック大会G Skillのブースにまで「AI Bench」が登場していて、LLMで一秒間に何トークン出せるか競っていた。
いや、それはまだオーバークロックで競うものじゃなくてアルゴリズム工夫してなんとかするところだろ、と全力で突っ込みたかったが、まあOC勢のオモチャになるくらいがちょうどいいかとも思えた。
それどころか、もはや人工知能ではないAIまで登場して混沌の渦に包まれていた。
この会場でAIを実際に触ったり作ったりしたことのある人は何人いたんだろうか。
まあ見方を変えれば、AIというネタを中心にComputexが回っていたという考え方もある。AIはもはや一過性のブームではなく新たなスタンダードになったのだ。
来年はどうなってるかなあ。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。