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South to Southで流通する知の体系がある。すべての「知」が西洋を通過するとは限らない

South to Southで流通する知の体系がある。すべての「知」が西洋を通過するとは限らない

March 17, 2026

福島真人 m_fukushima

東京大学大学院・情報学環教授。専門は科学技術社会学(STS)。東南アジアの政治・宗教に関する人類学的調査の後、現代的制度(医療、原子力等)の認知、組織、学習の関係を研究する。現在は科学技術の現場と社会の諸要素との関係(政治、経済、文化等)を研究。『暗黙知の解剖』(2001 金子書房)、『ジャワの宗教と社会』(2002 ひつじ書房)『学習の生態学』(2010 東京大学出版会、2022 筑摩学芸文庫)、『真理の工場』(2017 東京大学出版会)、『予測がつくる社会』(共編 2019 東京大学出版会)、『科学技術社会学(STS)ワードマップ』(共編 2021 新曜社)など著書多数。

ジャワ島で出会った複雑な教義を持つ宗教。教典にあった出版社の名前は……

もうかなり昔のことになるが、1980年代中頃、インドネシア・ジャワ島で長期フィールドワークを行ったことがある。ジャワ島はインドネシアの政治的中心だが、歴史的にそのイスラーム化は地理的周辺部から始まったため、地域によってイスラーム化の密度が異なる。当時私は宗教と国家の関係に興味があり、多くの研究者が好む、南部の古都(ジョクジャカルタやスラカルタ)ではなく、イスラーム色が強い北部港湾地帯をその研究の拠点とした。だが途中から研究方針を変え、当地でいうクバティナン(kebatinan)、つまり心(batin)に関わる様々な教えと総称される流れに関心が移った。これは内容としては、多種多様な新興宗教のようなものと考えて良い。当時のスハルト体制は、スカルノ時代に一部が過激化したクバティナン組織に対してその牙を抜きつつ、イスラーム勢力を牽制するために彼らを利用することを考えていた。

さて、町や村も含めて、大小様々な教団の教祖にあって聞き取りを進めていたが、教義も実践も実に多様で、殆ど統一性はなかった。そんな中、あるグループは非常に複雑な教義をもち、それこそ宇宙の始まりから人間の誕生、その他諸々について整然と説明してくれた。メモをとるのに大忙しであったが、長老は、こうした話には原典があるといってそれを見せてくれた。

現在のインドネシア語は西洋風のアルファベットを使用しているが、ジャワには伝統的なジャワ文字があり、それで書かれた本である。なるほど、こうした由緒ある教典があるのか、とその本に見入っていると、その裏書きを見て、あれっと思うことがあった。ジャワ語に混じって、オランダ語で出版社の名前が書かれていたのである。長老に、これってオランダで印刷された本なんですか、ときくと、そうだ、実は、この本はオランダ語からの翻訳なのだという。

ジャワの宗教にも上座仏教圏も影響を及ぼした「神智学」

改めて問いただすと、この教典は、ジャワ宗教のオリジナルではなく、いわゆる「神智学」(theosophy)の教典だったのである。西洋思想史において神智学という言葉は、もともとは霊的視点から宇宙の神秘を明らかにしようとする試み全体を示す。他方、括弧つきの近代神智学といえば、ブラバツキー(H. Blavatsky)夫人らが1975年にニューヨークで結成した神智学協会によるものである。この団体の目的は、当時西側で流行していた心霊主義(降霊術等を行う)をベースとしつつ、東西の宗教思想を融合させ、真の普遍的真理を探求するというものであった。もともと古代エジプト思想等の影響もあったが、ブラバツキーのインド滞在によってヒンドゥー教、仏教の思想を組織的に取り込むようになり完成した。神智学は西側の知識人に大きな影響をあたえると同時に、これらのアジア系宗教諸派や更に本邦を含む東アジアのそれに対しても、彼らが自らの価値を再評価する大きなきっかけとなった。

こうした話は何となく事前に知ってはいたが、まさかジャワのクバティナン教団にその教えを直接引き継いでいるものがいるとは想像もしなかった。実際この教団は、地域のクバディナン・グループの中でも指導的な役割を果たしていたから、まさに神智学おそるべしである。その後、研究を東南アジア仏教圏に移したが、特に植民地下された上座仏教圏において、その近代的復興運動に神智学が大きく貢献したというのは有名な話である。

科学的発見が「目に見えない世界や次元」への想像力をかき立てた

その後研究テーマが大きく変化し、こうした分野から離れたために、神智学そのものについて考えたり論じたりする機会がなかったが、最近久しぶりにその雄姿に再会することになった。現在欧米を中心に、西洋現代美術史、特にその抽象絵画の歴史を書き換える大事件として、最近映画まで上映された、アフ・クリント(H.av Klint)というスウェーデンの画家の件である。普通抽象絵画というと、カンジンスキー(W. Kandinsky)、モンドリアン(P.Mondrian)といった人々が20世紀初頭に始めたもの、と公認美術史には記載されている。だがそれ以前に独創的な抽象作品を量産し、しかも諸般の理由で生前それを殆ど公開せず、遺言で死後20年は公開禁止にした人がいた。それがアフ・クリントである。2013年にスウェーデンで初の大回顧展が始まり、欧州各地に巡回して、総勢100万人以上の観客が詰めかけたという。更に2018年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館の展覧会では、史上最高の60万人が押し寄せたというのだから、その衝撃の大きさも想像できる。

映画はフェミニスト批評的な側面も持ちつつ、アフ・クリントの変貌と、その作品を当時の周辺社会が結局受け入れなかった様子を丁寧に描いている。私の興味を引いたのは、その豊かでミステリアスな抽象的表現の最も重要な動因が前述した神智学であったという点である。彼女自身は親から先端的な科学および美術教育を受け、優秀な美術家として自立した生活をしていた。他方、ある時期から神智学、そして降霊術的な世界と交わり、それを通じて天啓をうけることで、霊的世界の探求の成果として、総数が四桁にもなる作品群が残されたのである。

彼女の中で当時最先端の科学と神智学/降霊術が渾然一体となっているのが面白いが、実際映画の中でもドイツ人科学史家が、当時の様々な科学的発見が、言わば「目に見えない世界や次元」についての人々の想像力をかき立てたと指摘していた。いうまでもなく可視光の範囲の外側に、様々な波長の電波があるということが分かってくると、我々に直接見えるものというのはその全容のごく一部に過ぎないということになる。実際こうした見えない世界への憧憬は別のルートでも可能である。若き日のデュシャン(M.Duchamp)は数学者ポアンカレ(J-H.Poincare)の啓蒙書から四次元という考え方に魅せられるが、それはのちに相対性理論等のインパクトとも繋がってくる。

抽象画は「見えない世界」への霊的な探求という隠し味を含んでいた

当時の自然科学の成果が、こうした見えない世界(次元)への関心を増大させたところに、いわばそれを独自の方法で探る神智学が、言わばブースターの役割を果たしたことになる。だが勿論南アジアや東南アジアの知識人の間で広く共感をえることになったその教えが、北欧でも同じような支持を得ていたとはいえないようだ。実際それまで風景画や精密な解剖図を描いて名声を得ていたアフ・クリントが、突然みたこともない抽象的な連作をはじめた時、周辺は大いに動揺したという。シュタイナー(R.Steiner)といえば日本では全人格的なシュタイナー教育で有名だが、神智学と似たような思想を持ちつつ、そのあまりのインド宗教的色彩を嫌って、よりキリスト教に近い人智学(anthroposophy)なる運動を立ち上げた人である。アフ・クリントはこのシュタイナーにも自分の作品を見せて相談しているが、シュタイナーはそれが降霊術的な手法と関わる点を嫌って、否定的な態度をとったらしい。

こうした様々な出来事が重なり、結局その膨大な独創的作品群は殆ど日の目をみることもなく、お蔵入りということになった。そして抽象絵画の公的歴史の主役はカンジンスキーといった男性群が占有することになる。実は彼もシュタイナーと関係しているから、抽象化というのは決して単に具象からの脱却ということのみならず、この「見えない世界」への霊的な探求という隠し味を共通して含んでいたようである。

全ての事象が西洋先進国を経由するわけではない

さて、話はインドネシア滞在時に戻る。当時書店に立ち寄った際に印象に残ったのは、日本では殆どお目にかかったことがないような著作が多く翻訳されて本棚に並んでいたという点である。特に面白かったのは、エジプトの改革派イスラーム系知識人の著作であり、現地でも改革派系のムスリムが熱心に読んでいた。その時思ったのは、我々の世界理解はどうしても西洋(もっといえば西ヨーロッパ、あるいは更に限定して英米圏)を中心とした知的流通のシステムに絡めとられていて、こうしたメインストリームの構造から漏れるつながりは実に見えにくいという点である。このインドネシアの事例は、イスラーム圏内部での横のつながりだが、近年よくSouth to Southという言い方で指摘されるのはまさにこういう事態である。全ての事象が西洋先進国を経由し、そこで世界が循環するという訳ではなく、それこそグローバル・サウスがその内部で共闘するといったニュアンスなのだろう。

神智学は形式上西洋発ではあるが、インド思想との遭遇によって独自の主張を完成した。それは一方では、熱帯下ジャワの古老によって自らのクバティナン信仰の中核思想として身体化され、他方では、北欧の西洋抽象絵画の真の先駆者の一人に膨大な量の作品を造られている。多分彼女の膨大な霊的抽象画をこのクバティナン集団に見せたら、その霊的な含意に多いに関心を示していたことであろう。この話は、テクノロジーを媒介にして、我々がグローバルに交流するといった議論に対して、微妙に異議を唱えるものであるともいえる。世界には表面的に分かりやすいつながり以外にも、我々が想像もしなかった、不思議で局所的なつながりが多数ある。アフ・クリントの忘れられた傑作を観るうちに、40年前のジャワの古老の熱弁を思い出したのである。
(福島真人/東京大学)

参照リンク
福島真人(2002)『ジャワの宗教と社会―スハルト体制下インドネシアの民族誌的メモワール』ひつじ書房
吉永進一・岡本佳子・莊千慧編(2022)『神智学とアジア― 西からきた〈東洋〉』青弓社
Christine Burgin et al (eds) (2018)  Hilma Af Klint: Notes and Methods, University of  Chicago Press. 
Richard Gombrich, Gananath Obeyesekere (1988) Buddhism transformed : religious change in Sri Lanka, Princeton University Press.

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