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北朝鮮の携帯電話事情(7) - ArirangやPyongyangの新型スマートフォンが登場

2014.11.07

Updated by Kazuteru Tamura on November 7, 2014, 18:00 pm JST

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朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)ではCHEO Technologyが唯一の移動体通信事業者であり、ブランドをkoryolinkとして移動体通信サービスを提供している。CHEO Technologyは移動体通信サービスの提供だけではなく、スマートフォンを含めた携帯電話の販売も手掛けている。

北朝鮮の携帯電話はストレート式のフィーチャーフォンが圧倒的に多いが、折り畳み式やフルタッチパネル式のフィーチャーフォンも販売されており、CHEO Technologyはバリエーションのあるラインナップを用意している。フルタッチパネル式のフィーチャーフォンがスマートフォンと間違えられることも少なくはないが、実は北朝鮮でもスマートフォンが徐々に数を増やしている。そこで、今回は北朝鮮のスマートフォンにフォーカスを当てる。

北朝鮮で徐々に数を増やすスマートフォン

北朝鮮の携帯電話は殆どがフィーチャーフォンであるが、スマートフォンも存在している。北朝鮮のスマートフォンといえば北朝鮮国営メディアの朝鮮中央通信が大々的に報じたArirang AS1201が有名であるが、北朝鮮ではArirang AS1201以外のスマートフォンも販売されている。Arirang AS1201ほど大きくは扱われていないものの、CHEO Technologyは複数のスマートフォンを投入しているのである。

北朝鮮ではArirang, Pyongyang, Ryugyongといった北朝鮮にゆかりのある北朝鮮独自のブランド名を与えられた携帯電話が多く、スマートフォンについても同様である。北朝鮮で最初のスマートフォンとなったZTE Bladeが投入されてからは北朝鮮独自のブランド名を冠した複数のスマートフォンが登場しており、これまでに、ArirangとPyongyangのブランド名を冠したスマートフォンの存在を確認している。位置付けとしては、Arirangシリーズが上位となり、Pyongyangシリーズが中位または下位となっている。なお、実質的にフラッグシップとされるArirangシリーズはスマートフォンのみが用意されている。

▼北朝鮮ではCHEO Technologyがブランドをkoryolinkとして移動体通信サービスの提供や携帯電話の販売を手掛ける。
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リーズナブルなPyongyang Touchが登場

北朝鮮ではPyongyangシリーズが主流の携帯電話であるが、そんなPyongyangシリーズにもスマートフォンが加わった。フルタッチパネル式であるため、Pyongyang Touchとも呼ばれている。筆者が平壌市に滞在した際は街中でスマートフォンを見ることは殆どなかったが、koryolinkの販売店ではスマートフォンを買う北朝鮮国民の姿が見られた。その北朝鮮国民が購入していたスマートフォンがPyongyang Touchである。

中国の(Huizhou TCL Mobile Communication(恵州TCL移動通信、以下TCL)製で、ディスプレイは約3.5インチHVGA(320*480)液晶を搭載している。スペックは抑えられており、コンパクトかつリーズナブルなスマートフォンとなっている。リーズナブルな価格に設定されているだけに、売れ行きは悪くないという。実際にPyongyang Touchを買い求める様子も目撃しているので、売れ行きが悪くないことは事実だろう。なお、このPyongyang Touchと同型のスマートフォンはアジア太平洋地域や欧州などにおいても一部の移動体通信事業者が移動体通信事業者のブランドで販売している。

北朝鮮では2014年前半に携帯電話普及率が10%前後に達した程度であり、北朝鮮では最も経済的に恵まれて携帯電話普及率も飛び抜けて高いとされる平壌市でも100%には遠く及ばない状況である。平壌市在住で北朝鮮国営企業に勤務する者でも経済的な理由で携帯電話を所有できないケースもあり、端末代が高いことがネックとのことである。そんな中で安価なスマートフォンが登場したことは、北朝鮮国民にとって携帯電話はもとよりスマートフォンの購入を検討する契機となるだろう。

Pyongyangのブランドを冠したスマートフォンはTCL製だけではない。中国のZTE(中興)もPyongyangシリーズのスマートフォンを投入している。北朝鮮ではZTE製でPyongyangブランドを冠した携帯電話が圧倒的に多く、また北朝鮮の携帯電話市場におけるメーカー別シェアはZTEが最も高いことは明白であった。

そんなZTEはスマートフォンもPyongyangブランドで北朝鮮市場に投入している。ZTE V955がベースとなっており、ZTE V955と同様に約4.5インチFWVGA(480*854)液晶を搭載してカラーバリエーションはダークブルーが用意されている。CHEO Technologyのラインナップではミッドレンジのスマートフォンとなる。

北朝鮮のスマートフォンとしては北朝鮮国営メディアの影響もありArirangシリーズだけが広く知られることになったが、あまり伝えられないだけでPyongyangシリーズのスマートフォンも展開されているのである。

▼Pyongyang Touchと同型のスマートフォン。中国のTCL製である。Pyongyang Touchは背面のみにPyongyangのロゴが入る。
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▼Pyongyangロゴ。朝鮮語の평양(平壌)をロゴとしている。
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Arirangシリーズには新型スマートフォンも

繰り返しになるが、Arirang AS1201は北朝鮮国営メディアを通じて世界に広く知れ渡った。Arirang AS1201はArirangブランドを冠した最初のスマートフォンとして登場したが、そのArirangシリーズにも新型のスマートフォンが登場した。新しいArirangシリーズのスマートフォンはArirang AP121で、OSにはAndroid 4.2.1 (Jelly Bean)を採用しており、クアッドコアCPUや約5.0インチHD(720*1280)液晶を搭載する。Arirang AS1201はOSがAndroid 4.0.4 (KitKat)で、デュアルコアCPUや約4.3インチqHD(540*960)液晶を搭載していたため、Arirang AP121は全体的に基本スペックが向上している。

また、Arirang AS1201は中国のUniscope Communication(優思通信)製でUniscope U1201がベースであったが、Arirang AP121は中国のShenzhen Hongjiayuan Communication Technology(深圳市鴻嘉源通訊科技)製に変更されてThL W200がベースとなっている。

Arirangシリーズは最上位に位置付けられており、筆者が購入したArirang AS1201を見て高価なためにとても買えないと話した北朝鮮国民もいたが、Arirangシリーズの新型スマートフォンが登場しているということで、それを買えるだけの余裕がある富裕層もそれなりに存在することが窺える。

▼左が初代のArirangブランドのスマートフォンとなったArirang AS1201、右がPyongyang Touchと同型のスマートフォン。
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北朝鮮関連のコンテンツが満載

北朝鮮のスマートフォンを触れたことがある人は非常に少ないはずであるが、筆者は実際に平壌市で北朝鮮のスマートフォンを購入して北朝鮮滞在中にそれを使用した経験がある。

まず、第一印象は北朝鮮関連のコンテンツが多いことである。北朝鮮にゆかりのある音楽や画像、北朝鮮国内で開発されたアプリケーションなど、とにかく北朝鮮関連のコンテンツが多いのである。特にアプリケーションは辞書などの学習関連から多数のゲームまで幅広い分野の北朝鮮で開発されたアプリケーションがプリインストールされていた。なお、スマートフォンのシステム言語を朝鮮語以外に変更してもアプリケーションは朝鮮語から変わらず、これらのアプリケーションは朝鮮語話者以外の使用は想定していないことが読み取れた。

北朝鮮国内でアプリケーションが開発されていることはあまり知られていないかもしれないが、北朝鮮ではIT教育に注力しており、北朝鮮国外で開催された技術系コンテストで北朝鮮の技術者が表彰されたこともあるくらい技術レベルを強化している。実際に筆者は北朝鮮で開発されたゲームなどで遊んでみたが、完成度は高いというのが率直な感想である。北朝鮮のスマートフォンを使うことで、北朝鮮のIT教育事情の一端を垣間見ることができた。また、スマートフォンで特定の文字列を入力すると太字になるなど、スマートフォン自体の完成度も高い印象を受けた。

▼平壌凱旋門の画像など北朝鮮にゆかりのある画像や音楽がプリインストールされている。
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▼Racing Motorはその名の通り、バイクレースのゲームである。遊んでいると熱中のあまり時間を忘れてしまうこともあった。
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▼KoreaCookは朝鮮料理のレシピが集約されている。平壌冷麺は非常に美味しかったので、このレシピを参考にして作ってみたい。
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▼HanjaDictionaryは漢字辞典である。各漢字に朝鮮語、日本語、英語で意味が記載されているため、日本人としては朝鮮語の勉強に活用できそうである。
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▼KoreaEncyは朝鮮語の百科事典である。アプリケーションの起動時には主体思想塔が表示される。
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▼平壌市内にそびえ立つ主体思想塔は北朝鮮の象徴的な存在となっている。
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スマートフォンの普及には携帯電話普及率の増加が不可欠

先述の通り北朝鮮では携帯電話普及率が2014年前半時点で10%前後となった。携帯電話普及率が低い中でスマートフォンが増えているとはいえ、やはり大半は低価格なフィーチャーフォンであり、スマートフォンの普及率は非常に低い。スマートフォンの普及を進めるためには、現状は10%程度と低い携帯電話普及率を高くすることが必要不可欠である。

北朝鮮は平壌市や羅先市とその他の地方都市では経済的な格差が非常に大きく、平壌市内では携帯電話を手にする多数の市民を見られたが、開城市など地方都市に足を運ぶと携帯電話を手にする人々はあまり見られず、まるで別の国のように感じた。北朝鮮では携帯電話普及率が低いにも関わらず伸びが鈍化しているが、これは地方都市における携帯電話普及率が伸びないことが要因の一つと考えられる。また、平壌市民を中心として携帯電話を持てるだけの経済的余裕がある層には概ね行き渡ったことも携帯電話普及率の伸びが鈍化している要因であろう。

経済的な理由で携帯電話を持てない平壌市民も決して少なくはないが、携帯電話普及率を高めるためにはやはり地方都市の経済発展がカギになると筆者は考えている。ただ、北朝鮮全体では携帯電話普及率やそれの成長率が低い状態にあるものの、平壌市を中心としてスマートフォンを購入できるほど経済的に余裕がある層が存在することを忘れてはならない。

北朝鮮では娯楽施設の開業ラッシュでそれらを利用する富裕層が存在することはニュースなどで度々報じられているが、このように携帯電話事情からも北朝鮮の経済事情を推察できる。そして、北朝鮮の経済発展とともに北朝鮮の携帯電話事情は様相を変えていくと考えられる。

▼平壌市の街並み。平壌市を歩いていると、携帯電話を手にする北朝鮮国民をよく見かけた。
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田村 和輝(たむら・かずてる)

滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。