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オリンピック開会式が自虐芸なイギリス

2012.07.30

Updated by Mayumi Tanimoto on July 30, 2012, 02:54 am JST

オリンピックが開会いたしました。

ワタクシはその辺の庶民であり貧乏人ですから(ああ、このコラムが書籍化されてベストセラーにでもなれば金持ちになれますかね。その前にBLラノベでも書いた方が儲かりそうですが)開会式のチケットは買えませんでした。

誰が£2200もするチケットを買えたんでしょうか。謎です。

というわけで開会式は家で飲んだくれながらテレビ鑑賞していたわけです。

しかし、またやっちゃいましたね、イギリス。

普通開会式というのは「俺の国っていけてる!ウリリイイイイイ!!!」ジョジョの奇妙な冒険のディオ様のお声でお読みください)と色々てんこもりで歌ったり踊ったりする会のはずなのですが、壮大な自虐Disり祭りミュージカルをやってくださいました。

しかも外人には意味なネタ玄人にしかわからない渋い出演者山盛り

さすが、あのヤク中と社会落伍者満載の映画「トレインスポッティング」を監督したダニー・ボイル監督です。

この映画は全世界に「スコットランドはヘロイン中毒と失業者と犯罪者ばっかりで、どうしょもない若いのばっかりやねん。でも頑張ればちょっとまともになるで〜」という素晴らしいメッセージを発信してくださいました。

普通の開会式は「人類皆一つ。みんなハッピー」というメッセージを中心に、マスゲームやら楽しげな踊りを繰り広げるはずなのですが、監督の開会式は、「資本家と労働者」「移民」「社会保障制度」というかなりパンクな視点でとらえた物でした。

イギリスのカントリーサイドを模した会場では村祭りが開催され、農民が踊ります。農民は産業革命に巻き込まれ鉄鋼労働者となり、カリブ海など世界から移民が押し寄せ、資本家が偉そうに練り歩き、真っ黒な顔をした労働者が作り上げた鉄でオリンピックの五輪が作られる。

これを見て、イギリス人なら「ああ」と思ったわけです。監督が描いたイギリスの歴史は、王様や貴族からの視点ではなく、イギリスに住む一般庶民の歴史だったからです。

特に「資本家と労働者」を対比した部分は、80年代にイギリスがどん底の経済を体験し、サッチャー改革で鉄工所や造船所や製造業がつぶれまくり、家族や親戚が失業し、家族離散、コミュニティ崩壊を経験した人達に取っては、大変感慨深い物であったでしょう。

特に貧しい北のイギリス人は、あれを見ながら、当時の苦しかった生活、ボロボロのコミュニティセンター、仕事がないために麻薬や酒に溺れた近所の人を思い出したわけです。

監督が描いた歴史には、大金持ちのトレーダーや、貴族や、優雅にアフタヌーンティーをするご婦人方は出てこないのです。

外国人が想像する典型的なイギリスはそこにはありません。

このような視点、監督の生い立ちや年齢を考えると至極納得なのであります。

監督はマンチェスター郊外の貧しい地域出身で、熱心なカソリック信者であるアイランド移民の両親の元に生まれます。イギリスではアイルランド人というのは、いまだに物凄く差別される対象でありまして、カソリックというのも、嘲笑される対象であります。

しかし監督は教育を受け、様々な努力を経て、イギリスを代表する映画監督になります。このような生い立ちなので、労働者の生活の悲惨さ、イギリスにおける階級対立の激しさ、イギリスの本当の歴史とは何か、を自分の人生として理解しているのであります。

現在52歳の監督は、イギリスがどん底だった70年代、80年代を若者として過ごし、パンクムーブメントを体験した世代でもあります。

開会式にも監督の映画にはパンク世代に特有の「ドライでひねくれたユーモア」が満載であります。Sex PistolsやThe Clash の歌詞を読むとこのセンスがわかります。

また開会式には、イギリスの従兄弟であるアメリカ人への隠れた皮肉が山盛りでありました。

その最大のメッセージは国民保険サービスであります。

イギリスは第二次大戦以後、NHS(国民保険サービス)を運営してきました。これは国の税金で国民全員に無償の医療サービスを提供するという仕組みで、イギリスの社会福祉政策の根幹であったわけです。

収入がある人は収入に応じた国民健康保険分担金を毎月払うわけですが、治療費や診療費は基本的にすべて無料であります。ガンでも風邪でも無料です。薬の処方にはは一回£6かかりますが、無収入だったり生活困難者であれば補助があります。

治療の予約を取るには時間がかかるのですが、一応死なない程度に治療はしてもらえます。出産もすべて無料です。また緊急治療も無料です。旅人や外国人でも、窓口に行けば、身分も何も確認しないで治療してくれます。

一方、自由の国アメリカでは長い間国民皆保険制度が存在せず、治療は自由診療。どこかの会社に勤めていて、会社がサポートしてくれる民間医療保険に入っていないと治療費用が払えないという人が大勢いるわけです。生きるか死ぬかは金次第です。

アメリカでは、国民皆保険の必要弟子が20世紀の中頃から制度の必要性が議論されてきましたが「自己責任が原則、貧乏人なんか助ける必要がない」という右派の意見が強く、長い間実現されませんでした。世界一豊かな国なのに、国民皆保険がなかったわけです。オバマ大統領になりやっと Patient Protection and Affordable Care Act (PPACA)という法律ができました。それでも、右派からは物凄い反対があります。

イギリス人は、アメリカ人がなぜこんなに国民皆保険制度に反対するのか、なぜアメリカはあんなに苛烈な資本主義社会なのか、ということが理解ができないわけです。

元々イギリスの植民地で、ある意味イギリスが生んだ国であり、イギリスよりも物質的にはうんと豊かであり、文明国であり、熱心なキリスト教徒であり、同じ言葉を喋る国であるアメリカが。

これは、もう「人はどう生きるべきか」「国とはどうあるべきか」という哲学的なレベルでの対立であります。

ワタクシは学部一年と修士二年半(二個やりましたので)アメリカにおりましたが、医療保険に入っていないために、治療を受けられないという学生や貧乏な人に大勢会いました。なにせ骨折入院で治療費の請求が二百万円とかですから。失業すりゃあその次の日から治療が受けられません。

「ああ、この国は年取ったり怪我したら住めないな」と思いました。

監督は「開会式でNHS(国民保険サービス)を取り上げた理由は、この国では誰もがNHSの重要性を認識してるからです」と言っています。

監督は貧しい労働者地域に育ち、お父さんは怪我をすることが多い製造業の労働者です。無料医療などの社会保障が、庶民にとってどんなに大事なことか、実生活から認識しているのでしょう。

ワタクシも育った町は神奈川県央で、周囲は自動車会社や家電製品会社の下請け工場だらけであります。製造業の現場は事故や怪我が多いので、医療制度や労災が物凄く重要だと言うのは、身にしみてわかるのであります。

また近頃は景気が悪いため、NHSのサービス自体もコストカットに次ぐコストカットでどんどん悪化しています。

キャメロン首相は保守党党首でありますが、伝統的に保守党というのは、小さな政府、小さな社会保障を推進する政治理念を持っています。

開会式で監督が発したメッセージは、保守党を真っ向から批判するような物であったとも言えましょう。

保守政治家のAidan Burley議員はTwitterで以下の様に発言しています。

「今まで見た中で最高に左翼な開会式だね。共産党国家の北京よりも左翼。次は社会保障へのトリビュートか??」

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ちなみにワタクシはBBCの中継をみてたんですがね、アナウンサーの突っ込みがユーロビジョン(ヨーロッパ全土で開催する紅白歌合戦みたいな歌番組。最近は参加国が増えてしまってなんだか意味不明な会になっている)でイギリス以外の参加国をDisる調子にそっくりでございました。

アフリカの選手団が出てくると「コーヒーがとれます」「ダイヤモンドがとれます」「首都の名前はえーと、ああ、何とかです」「何年に独立した」と、ひひひひと笑いながら喋っております。

さすが大英帝国マインド爆発です。(物がとれるかどうか、この国は俺の帝国から独立しやがった許せねえという点にしか興味がない)

南太平洋の某国の半裸の衣装が出てきた時は「おー、私はこの衣装が一番のお気に入りですねえ。ひひひ、いいですねえ」

また某国に関しては「ここの国歌はマヒマヒマヒという名前です」と爆笑しております。

いいですね、不真面目です、やる気がありません。

日本選手団に関しては「東北の子供ががれきで作ったメダルを付けて行進です。。。ごにょごにょ」とつまらなそうにスルーでありました。

次回は忍者と義太夫で入場行進することをお勧めしたいです。ネタを提供しなければなりません。

このように不真面目かつ微妙に大雑把ですので、なぜか参加者以外が行進しているという珍事も発生いたしました。

Mr.ビーンも登場して大ぼけをかましましたが、これって、日本だったらオリンピックにドリフが登場して、くしゃみして転んだりとか、変なおじさんが踊ったりとか、たけしが被り物で登場して熱いおでんを食べて悶えるとか、天皇陛下を大砲に詰めて会場に発射してみる、という感じですかね。

石原知事がオリンピック誘致に成功したら是非期待したい物です。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。