○インドの携帯電話加入者数は2010年6月末現在で6億3,550万人に達し、世界最大の成長率を誇る市場となっている。
○急速な普及の背景には、インド政府の規制緩和による外資企業の参入がある。
○都市部の通信サービスの普及率はすでに100%を超えており、農村部との格差が激しい。今後のインド携帯電話市場の成長は、農村部の加入者の増加によるものと期待される。
インドは世界で最も有望な携帯電話市場である。総人口約11億人を抱えるインドの携帯電話回線総契約者数は2010年7月には、6億3,550万人に達し、加入者数の増加は年48.73%に達している。インド政府は、モバイル市場の加入者数に関し、2010年までに5億以上との目標を設定していた、目標を大幅に上回るスピードで加入者数が増加している。携帯電話普及率は2008年には約30.2%に達している(参考資料)。2013年までには現在世界最大の加入者数を誇る中国を追い抜くと見られている(参考資料)。
2001年には固定電話普及率はたった3.2%、携帯電話普及率にいたっては、たった0.5%であったことを考えると、驚異的な成長率である(参考資料 [PDF])。
▼通信サービス契約者数の推移 ※インドの総人口は11億人(2010年・国連調べ)
▼主要携帯電話キャリアの契約数とシェア
調査会社であるRNCOSの調査では、2009年から2012年のインドにおける携帯電話ユーザーの増加率は、年32%に達するとの見通しであったが、しかし、コンサルティングファームであるMMC Groupは2010年の終わりまでにインドの携帯電話普及率は50%を越えると見ている。
ちなみに、国連は、インドでは、携帯電話を使うことができる人よりも、清潔なトイレを使える人の方が少ない、と報告している。適切に衛生管理されているトイレを使える人は、人口の3分の1程度の3億6600万人程度と、携帯電話を持っている人の数よりも少ないのである(参考資料)。
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インドの携帯電話普及が加速した理由は3つある。
読者の方は、「固定電話加入が面倒で高い」とはなんぞや?と思われるかもしれない。
インドで固定電話を引くのは「人生の修行」と呼ばれるほど困難を極める作業として知られている。日本での手続きのように、NTTに電話して、などという「正攻法」で攻めても人生の無駄なのである。
まず電話会社に申し込んで、「いついつ開通する。作業員はいついつ来る」と言われても、作業員が時間通りに来ない。インドで明日行くと言われても、次の日には忘れている確率の方が高い。
そして「作業員が来なかった」と電話会社に怒りの電話をしても、電話を「俺は担当ではない」「お前の英語が意味不明だ」(ありがち)等々いわれ、がちゃんと切られて終わりである。電話会社と延々戦い、数週間後に電話回線を引くことができれば運がよいと言えよう。1
そして、運よく電話が繋がって、たとえ電話が引け、ネットが繋がったとする。しかし、インドは停電が多い。停電で電話局の基地局に問題が出るので電話が不通になる。混線もする。ネットが繋がらない。ネット通信用のモデムも故障するし、通信品質も低い。修理のためプロバイダや電話会社に電話して予約を取っても、作業員は時間通りにはこない。
そういうわけで、固定電話なぞひかず、最初から携帯電話に加入して音声通話とネットを使った方が早いし、イライラで寿命が短くなる可能性も低い、というわけである。
なお農村部や郊外だと、そもそも電話回線が来ておらず、自費で専用線を引かなくてはいけないこともある。そして、自費で専用線を引くには数十万円かかるという恐ろしい事実が待ち受けている。
こんな事情は、日本ではちょっと想像しにくいが、インドを始めとする発展途上国や、旧共産圏では、当たり前の光景である。
かのような国では、お役所が日本では想像できない縦割り行政だったりするので、担当者が異様に細かく分かれており(インドも同じ)、一つのサービスを繋ぐのに数名の異なる担当者に作業してもらわないとならない。担当者がやたらと多いので、役所のサービスや公共サービスの手配に予想できないような時間がかかる。
担当者同士の連携はない。連携などしても評価されないからである。だから連絡ミスや、俺は知らないということが多発する。予約は延々と取れない。だから余計に時間がかかる。
日本とは時間の感覚も、仕事に関する感覚も違う。明日来るといってもこない、「5分後にやる」は「2時間後」か「一生やらない」。「お前は知り合いじゃないのでやらない」という場合もある。突然ストが始まり作業全部停止、ということもある。これは文化の違いなので、日本と違うとキレても、もうどうしようもないのである。2毎度怒っていたら血圧上昇が止まらない。
なお、このように固定電話を引くのが大変な上高いので、インドでは公衆電話局PCO(Public Call Office)や私設電話局、要するに「電話屋」がある。
携帯を持ってないインド人は「電話屋」から電話するのである。
電話をかけたい場合は、まず街中を歩いて、「電話屋」の看板を探す。屋台のような設備で営業している場合もある。「電話屋」がみつかったら、無愛想な担当者や店主に「電話をかけさせてくれまいか」と言って、電話に「さわらせていただき」、かけた分だけ料金を払うのである。
このようにインドでは「電話屋」が「耳かき屋」と同じぐらい一般的な商売である3。
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携帯電話料金が安くなったのは、インド政府の規制緩和と、外資の参入の果たした役割が大きい。
1994年には、インド政府は「新テレコム政策」(New Telecommunications Policy:NTP)を作成し、インドの通信市場の成長には外資企業の誘致と、通信サービスの民営化が重要であるとした。また1999年には、スピードが遅いとのことで、さらなるテレコム政策を作成し、市場の活性化を急いでいる。これら政策に沿って、インド政府は規制の緩和、通信市場における民営化、外国企業の誘致を実施した。
インド政府も通信インフラの質の低さを、十分承知しており、「これでは外国と商売するのに困る」と自覚していたため、なんとか改善しようと頑張っているわけだ(参考資料 [PDF])。
インド政府の努力の結果、インドでは外国企業と合弁の携帯電話会社が増加し、携帯電話会社同志の競争が激化した。
現在インドは、世界1携帯電話通話料金が安い国であるといわれている。例えば、インド最大の携帯電話会社であるBhartiは、一秒辺り0.01ルピー (US$0.0002)という激安価格で音声通話を提供している(参考資料)。またSIMカードに関しては、99ルピー(1ルピー1.8円換算で約180円)程度で販売されている。180円で1ヶ月着信可能、発信はおおよそ200分まで可能である(参考資料)。
低価格携帯電話の登場もインドでの携帯電話普及率を支えている。通話のみの機種の場合は、1,000ルピー(1ルピー1.8円換算で約1,800円)程度からあり、カメラ、メール、ネット接続が可能な端末は、3,000〜6,000ルピー(1ルピー1.8円換算で約5,400円〜10,800円)、ワンセグが可能な端末は9.000ルピー程度(1ルピー1.8円換算で約16,000円)で提供されている。
例えばNokiaの低価格機種であるNokia 1202は、1,050ルピー(1ルピー1.8円換算で約1,919円)で提供されている。Nokiaとサムソンは低価格帯機種に力を入れており、様々な機種が1,000〜3,000ルピー程度で提供されている(参考資料)。
また最近までは中国製のコピー品激安携帯がインド国内で出回っていた。一時期はインド国内での携帯電話の8%に達する勢いであったのだが、インド政府が規制に乗り出した。これらのコピー品は、政府の検査を経てないので、携帯電話個々に割り振られる15桁の国際機体識別番号(IMEI)が認識できない。2009年にインド政府は国際機体識別番号(IMEI)が認識できない携帯電話の接続をブロックした(参考資料)。
また、2010年4月には、インド政府は中国のHuawei Technologies とZTEが提供する携帯電話を「セキュリティ上の問題がある」として、インド国内での提供を禁止している(参考資料)。
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今度インドでは農村部での携帯電話の普及に大きな期待がかかっている。インドの人口の約70%は農村部に住んでおり、インドの経済の56%は農村部からの収入に支えられている(参考資料)。
大都市部では携帯電話電波のカバー率が112%に達しているが、農村部では24%であり(Indian 3G Mobile Forecast to 2012による)、大都市と農村部のギャップがまだまだ大きいのである(参考資料)。
▼都市部と農村部の、固定電話と携帯電話を合わせた人口100名あたりの通信サービス普及率の比較
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登録はこちらNTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。