5月28日、いよいよ国内でもiPadが発売された。米国では4月3日の発売以来28日で100万台を突破し、日本でも予約受付が開始された5月10日には、多くのユーザーが長い列を作った(参考記事)。
アップルらしいスタイリッシュなフォルム、革新的なユーザーインターフェイスがiPadの「表の顔」だとすると、それを裏側から支えているのがネットワークだ。iPadは、アプリのダウンロード、ネットワークを介したコミュニケーションやコンテンツの閲覧など、無線ネットワークに接続されたことが前提の設計がされている。ネットワークの品質が、iPadがもたらすユーザーエクスペリエンスに大きな影響を与えることは間違いない。
アップルは、iPadのネットワークを日本で提供するパートナーとして、iPhoneに引き続き、ソフトバンクモバイル(以下SBM)を選んだ。SBMはiPadの発売でますます増大するトラフィックにどう対応するのか。SBMが進めている計画と現在の状況について、SBMへの取材も交えてお伝えする。
SBMがアップルのパートナーとして選ばれた理由を、同社の孫正義社長は、ジャーナリストの佐々木俊尚氏との対談中で、「アップルの同志として、世界中で一番の情熱を持ってiPhoneの普及に努めてきた実績が認められたからだと思う」と語っている。
スマートフォンやタブレット型端末の普及により、全世界のモバイルデータトラフィックは、2009年から2014年までの5年間で40倍に急増するという予測がある。iPhoneとiPadのネットワークを担うということは、このトラフィック急増に対応しなくてはいけないということだ。
アメリカでiPhoneとiPadの独占販売契約をアップルと締結しているAT&Tでは、データ通信量が増大している都市部で、「ネットワークが切れやすい」「電話がつながらない」「SMSが届かない」といったトラブルが頻発し、ユーザーの不満が噴出している(参考記事
これからiPadのネットワークを支えるSBMにとっても、ネットワークの増強は急務であるといえるだろう。そのためにSBMが打ち出したのが、2010年3月に発表された「電波改良計画」である。2つのキーワードが、「小セル化」と「Wi-Fi」だ。
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小セル化とは、1つの基地局あたりのカバーエリア(セル)を狭くして、代わりに密度高く基地局を配置することでセルを小さくするという基地局配置方式だ。カバーエリアが広いということは、多人数で基地局を同時に利用することになるため、一人当たりが利用できる帯域は狭くなり、通信速度は遅くなる。小セル化により、1つの基地局を同時に利用する人数が減るので、一人当たりの帯域は広くなり、通信速度は向上する。
マクロセルからマイクロセルへの移行を進めるにあたり、SBMでは、2010年3月で停波した2Gサービス基地局の3Gサービス基地局への転用や、ウィルコムの基地局ロケーションの活用などにより、基地局数を現在の6万局から2倍の12万局へ倍増する模様だ。
もうひとつの施策が、「フェムトセル」の導入だ。SBMで使用している2GHz帯の電波は、ドコモやauが持つ800MHz帯の電波に比べて直進性が高いため、高層ビルの影になりやすい都心部や建物の中などには届きにくい。この問題は電波の性質そのものに由来するため、屋外の基地局の増設だけではカバーしきれない。そこで、マイクロセルよりもさらに小さい基地局であるフェムトセルを無料で提供し、ユーザーの自宅、企業内、店舗内など、「ユーザーが電波を使いたい場所」に設置することで、電波状況を改善しようとするものだ。
従来から提供されていたホームアンテナは、電波を受信して増幅する「レピーター」機能を提供するものだったが、フェムトセルは、10mWと小出力だが、携帯電話基地局と同じ機能を持つ。フェムトセルからSBM3G網までの接続はユーザーの設置したブロードバンド回線を利用し、IPネットワークで接続される。設置希望場所にブロードバンド回線がない場合は、SBMが無料でフェムトセル接続専用のADSL回線を提供する。
フェムトセルの申込み受付は5月10日から開始されたが、申込みはそれほど殺到しているわけではなく、「以前からサービスしていたホームアンテナと同程度」(ソフトバンクモバイル広報部・中山直樹氏)だということだ。
なお、フェムトセルの開設には、申し込みから個別免許の取得手続きなど経て、2カ月程度かかる。フェムトセルは小さくても一定以上の空中線電力の「無線局」の扱いとなるため、一つ一つ総務省に免許申請が必要なのだ。
また、利用ブロードバンド回線については、受付開始当初は「推奨回線」としてYahoo! BB ADSLとNTT東西のフレッツ光ネクストを対象としていたが、現在はケーブルテレビも含め全てのブロードバンド回線の利用者からの申込みを受け付けている。ただし、回線事業者によっては、上記推奨回線以外でフェムトセル利用が可能になるのは、2010年9月以降となる見通しである。
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もうひとつのキーワード「Wi-Fi」は、コンテンツのリッチ化と密接にかかわっている。スマートフォンの出現で、ユーザーが楽しむコンテンツは、メールや携帯用サイトとは比較にならないほどリッチになった。さらに画面が大きなiPadの登場で、今あるYouTubeやUstreamをはじめとする動画コンテンツが高画質化するだけではなく、予想もつかないようなコンテンツやアプリが出現する可能性がある。データ転送量の大きいリッチコンテンツを楽しむためには、高速な回線が適している。すなわち、できる限り3G回線ではなくWi-Fiを利用して接続する方が望ましい。
Wi-Fiの利用を促進するために、SBMでは、「ケータイWi-Fi」対応機種、iPhone、iPadの利用者向けに、「ソフトバンクWi-Fiスポット」の月額利用料を無料で提供するなどの施策を行っている。
その上、「パケットし放題フラット」と「ケータイWi-Fi」(あるいは「ソフトバンクWi-Fiスポット(i)」の加入者には、Wi-Fiルーター(Fonルーター)を無料で提供している。iPhoneのユーザーといえば、インターネット利用歴もそれなりに長く、自宅内ネットワーク環境も整備されているという印象を筆者は持っていたが、ユーザーの裾野が広がった昨今では、自宅のブロードバンドにはパソコンを1台直結しているだけというユーザーも多いのだという。そういうユーザーにも、自宅でiPhone、iPadをWi-Fi接続で利用できる環境を作るための施策だ。
また、ソフトバンクWi-Fiスポットを増やすための施策として、店舗、企業向けにWi-Fiルーターの無料提供を行っている。こちらも、フェムトセル同様、ブロードバンド回線がない場合は専用ADSLサービスも合わせて無料で提供する。
自宅でも、街中でも、店内でも、Wi-Fiを利用できる環境を作ることで、「1か所にとどまった状態で利用するなら、通信速度の速いWi-Fiで快適にリッチコンテンツを楽しんでいただきたい」(中山氏)という意向だ。つまり、データのトラフィックはできる限り3G網ではなくWi-Fiに流してもらうために、ユーザーが立ち寄る可能性がある場所全てにWi-Fiアクセスポイントを整備するという施策である。
ARPUという面だけみれば、Wi-Fiよりは3G網の利用多い方が、当然キャリアにとっては望ましい。しかし、一定額以上の課金が困難な現状では、増大するトラフィックに対応するための設備投資コストが重くのしかかる。iPhoneのキャリアとして2年間経験を積んできたSBMが、現実的な解として、Wi-Fiと3Gを適切にミックスした「使い分け」が可能な環境提供に注力しているのは興味深い。
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日本国内では、iPad Wi-Fi+3G(以下iPad 3G)はソフトバンクのSIMしか使えないSIMロック端末として販売されることになった。その理由を孫社長は「電波の割り当てで公平な競争ができない状態の市場で、端末という違う土俵で企業として競争に勝つための武器である」としており、「日本でだけSIMロックが認められのは、ソフトバンクがiPhone普及にかけけた熱意をパートナーとして認めてくれたから」と述べた。
だが、競合他社もiPadという魅力的な端末を見逃すはずがない。5月後半にはNTTドコモ、日本通信、NTT東日本が立て続けにモバイル無線ルーターを発売したが、明らかにiPad Wi-Fiのモバイル需要を意識している。日本通信とNTT東日本の製品はSIMフリー でどの通信事業者のSIMでも使えるというものだ。また、NTTドコモとNTT東日本の製品は、状況に応じてWi-Fiと3Gをユーザー意識させず自動的に切り替える「コグニティブ機能」を備えている。
これらの製品に対抗して、SBMでもモバイル無線ルーター「PocketWi-Fi」を用意している。また、さらにiPad 3Gの付加価値を高め、ユーザーに選択してもらうために、SBMとしては、3G網の回線品質向上やWi-Fiアクセスポイントの整備だけでなく、ユーザーからの要望が高かった「海外ローミング定額サービス」の実現に取り組んでいる。現在、主要国にて7月末からの実施を目標に詳細なスケジュールを調整中である。
実はiPad 3Gは、海外では現地のSIMを購入して使用することもできる。しかし、SBMとしては、SIMをそのまま使って定額になることで、ユーザーの利便性が上がるという考え方で、できるだけ多くの国で定額ローミングサービスが提供できるよう準備を進めている。
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