NTTドコモ スマートコミュニケーションサービス部 コンテンツ支援担当部長の山下 哲也氏にお話を伺った。後編ではデバイスの進化についてお送りする。
(前編はこちら)
▼株式会社NTTドコモ スマートコミュニケーションサービス部
コンテンツ推進室 コンテンツ支援担当部長 山下 哲也(やました・てつや)氏
──ものすごく漠然とした質問なんですが、スマートデバイスって、どう進化していくんでしょう。
山下氏:形としては、今ある私達の慣れ親しんだキーボード付きのもの、タブレットなどは一つの標準的なデバイスのホームファクターの形状として、ずっと残っていくでしょう。飛躍的に変化しつつあって、今後の動向を注視しているのが、ディスプレイの進化です。
最近は、ガラスのように裏側が透けて見える透明ディスプレイが出ています。従来のディスプレイは反射型で背後は見えないので、情報はいったんディスプレイ上に全部映す必要がありました。
ARでは(カメラ機能で取り込んだ映像と一緒に)、あそこに銀行があるとか情報を表示していますが、もっと日常的な使い方としてはルーペみたいなイメージですね。新聞をルーペで読むというのは、新聞という既にある情報の上に、デバイスをかざすわけじゃないですか。同じような使い方があると思うんですね。
例えばスーパーやレストランで、食べ物の写真を撮るとカロリーが分かる、ダイエット支援アプリとかありますが、それを、かざすだけで何かと重ねてクラウドで処理をしてもらうとか。AR的な分野での議論とアイデアは積み重なっていますが、間違いなく増えています。増えていく時のデバイスの形は間違いなく透過的なディスプレイが必要とされるので、現実空間に情報を投影して、レイヤーとして重ねるようなデバイスは今までなかった。ということで、こうした新しい形に期待しています。
あとは、街のポスターを単にディスプレイに変えました、というだけのデジタルサイネージではなく、店頭で行っている説明や、商品説明のプレートなどの諸々の情報がどうデバイスに乗って来るかには興味がありますね。
美術館で音声ガイドがありますが、もう少しスマートに考えると、壁自体が情報デバイスになっていてもいい。壁にはり付けてある説明ボードも、壁に説明が直接表示されればそちらの方がスマートです。さらにもっと深い情報が知りたい人は、先ほどの透明ディスプレイのようにレイヤーで重ねて、その画家の昔の師匠の作品や、原画の素描などと組み合わせて見たりもできます。いろいろな可能性がありますが、決め手となるのはディスプレイになることは間違いありません。
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──入力はタッチパネルで決まりでしょうか。今年の夏モデルでは、テンキー付きのAndroid端末とか注目されていて、テンキーの「ぷちぷち感」って人間には必要なのかなあと思ったのですが。
山下氏:それは肉体の記憶ですから、最初から持ってない人には要らないんじゃないでしょうか。今の乳幼児、生まれてはじめてタッチパネルしか触っていない子供は逆にキーボードに違和感を持つでしょう。
そもそも、人間は肉体を使って情報の入出力をしています。目を使って情報入力して、指を使って文章を書いたりするので、どうしても指の延長線上で話をするのかもしれませんが、理想論からいくと、タッチかそうでないかは本質な話ではなくて、肉体としてストレスない方向にいくのが自然だと思います。
常々不思議なのが、キーボードのサイズはなぜ一定なのかということなんですよ、指の太さも長さもみんなばらばらなのに。そしてキーストロークがみんなばらばら、角度もばらばら、これほど人間の肉体にあってない機械というのもどうなんだろうと思います。ディスプレイ型のタッチキーボードなら、それぞれの指の形に合わせたものを用意することができます。自分で調整しなくても、勝手にやってくれるとか、押したときの反応も、バイブをかたくかえしてくれるとか、アクティブサスペンションのような形で最適化ができるはずです。
実はこれは重要な話だと思っていて、私達は10本指をもっているので不自由を感じないことでも、例えば片手を失ってしまった人に「Ctrl+Shift+なんとかを押して」とか、できないでしょう? これが、ソフトウェアキーボードなら片手の方にも、指をなくして3本しかないといった方にも最適化できる。本当はそういうところを追求すべきだと思うんです。私達はどうしても健常者の立場で、ケータイにはテンキーかな?とかそういうことを無意識に考えがちですが、そういう話ではないと。
(障がいのある方だけではなく)健常者の方も、いろいろな手の人がいます。子供の小さい手、華奢な女性の細い指、あるいはおじいちゃんおばあちゃんの堅い指、いろんな人がいますから、それぞれの人にベストな入出力、とくに入力機械と考えて、タッチスクリーンその他の入力インターフェイスの最適化を図って欲しいと思います。
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──あと、モバイルデバイスといえば、バッテリーの問題がありますよね。
山下氏:重要ですね。一般にバッテリー問題の解決には2つの方向性があります。一つは、エネルギーの供給を増やす方法。容量を増やして24時間化とか、状況が許せばコンセントから給電するのが一番イージーな方法ですが...。もう一つは、消費側で、電力消費を下げる。この2つの組み合わせになるわけですが、モバイルの場合は24時間身につけているので宿命としてコンセントはあてにできないので、必然的に後者を重視することになります。
ノートパソコンの場合は、ノートといってもデスクトップで使われているケースが多く、常にAC電源供給が前提になっているものが少なくありません。なので、電力消費を上げてでも、クロック数や解像度を上げるという方向に傾きがちです。
するとどういうことになるかというと、インテルのチップが入ったケータイって、今、ないですよね。これはつまり、従来のノートパソコンのチップを作るような考え方でケータイ・レベルでの省電力を実現するのは簡単じゃないっていうことなんです。
ノートパソコンは通常、レスポンスにタイムラグが無いように、レジューム機能で待機しています。すると、待機電力が発生するわけですが、コンマいくつのミリアンペアの世界で省電力をしているケータイの世界でそんなことは許されません。待機電力ゼロからほぼタイムラグなしで立ち上げる、ということを考えている会社のチップが今、タブレット用に注目を集めています。
具体的にはNVIDIAのチップです。ベンチャーとして始まったGPUの会社ですが、いかに消費電力を抑えてハイパフォーマンスを出すかを強みとしている会社です。ハイパフォーマンスというのは、クロックスピードだけではなく、電力消費を限界まで抑えた状態でいかに急速に立ち上がるか、といったことも含みます。こうしたことはテクノロジーで解決出来る部分もありますが、ノウハウに属する部分も多い。他の部品などの要素の中で、全体最適化の中の一部として考えていかないと、いくら単体でパフォーマンスを追求しても絶対に最適にはなりません。パソコンの世界とは全く違うレベルのノウハウなので、これを今から追いかけるのは至難の業だと思います。省電力対応の差が、新しい勢力図を決めつつあります。
バッテリー自体については、薄くて軽くて性能がいいものを皆さん求めますが、こちらは化学反応の世界なので、何か天才的なひらめきで新しい反応が発明されない限り、一朝一夕で伸びるものではないですね。ですからこれからはどうやって消費側を押さえるか。ハイパフォーマンスだけど5分しか動きません、は許されないので、動作時間を確保しつつ最高のパフォーマンスを引き出すというバランスが大事になります。
とはいっても、フィーチャーフォンに比べればスマートフォンやタブレットのバッテリーは、面積が大きくできる分容量を増やしやすく、その点では楽にはなっています。しかし、まだ改善の余地はあると思います。
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──タブレットといえば、サイズはこれからどうなるんでしょう。今は、10インチ vs 7インチという感じですが、どちらかが主流になるんでしょうか?
山下氏:どちらかにまとまるとか、もしくは間を取って8インチか9インチに収斂、とはならず、ある程度を境目にやや大きめと小さめにバリエーションを持つようになると思います。パソコンのディスプレイやテレビが、嗜好やライフスタイルに合わせたバリエーションを必要とするのと同じことですね。
──2種類のタブレットを用途によって使い分けるような形になるのでしょうか?
山下氏:パソコンのように、プライベートと仕事用の使い分けはあり得ると思いますが、個人用複数のタブレット、というのは個人的にはあまりないように思えます。ゲーム機のような専用デバイスなら、PSPとDSの両方を持ち歩く方もいそうですが、同じ汎用のタブレットを複数持つということはないと思います。
スマートフォンは時計と同じように身体に常に装着している(女性なら必ず身につけるバッグに入れている)もので、可搬性が強く求められます。ですが、時計と同じように体に密着・装着するものなので、6インチはちょっと巨大で難があります。
一方、タブレットは本と同じような「持ち歩き」を想定したデバイス。雑誌や本を旅行先や通勤時に読みたいと思っても、紙の本だと日本の名作100冊を全部持ち歩くなんて、袖珍本でもないとできませんが、タブレットなら可能です。読みやすい大きさ、使いやすい大きさを考えて、多少装着性を犠牲にしつつ、可搬性を考慮してできるだけ軽く、という形のデバイスがタブレットだと思います。私達は2種類のパーソナルモバイルコンピューティングデバイスを持ち歩くようになるのではないでしょうか。
──つまり、スマートフォンとタブレット、2種類持つのがスタンダードになる。
山下氏:可能性が高そうな気はしますが、見解は若干分かれるかもしれません。若い人なら、4インチのiPhoneクラスのデバイスだけで、新聞雑誌も漫画も読めます、という人もいるかもしれません。でも新聞とA4サイズの雑誌になれている私達の世代には、ぱっとみて20以上の記事が一度に目に入って、10分で読み終える、というのを、スマートフォンの電子版新聞でやるのは難しい。やはり大きさがものを言うんですね。受け手、読み手のライフスタイル、生活習慣で、持ち歩くデバイスがどうなるかは違ってくると思います。
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山下氏:ただ、会社や家庭で使っているPCの大部分はタブレットに置き換わっていくのは自然だと思います。特に、ノートPCである必要もないような家庭のPCは、間違いなく、タブレットに置き換えられるのではないでしょうか? いろんなところに持ち運べて日本の狭い家でも場所を取らないというメリットがあります。
今、横になってWebを見る人が増えているそうです。家庭でのWebの閲覧は、PCが1時間を切っているのに、スマートフォンやタブレットがPCの3倍近くなっているという調査結果もあるようです。そして、どこでWebを見ているのかといえば、一番多いのが「ベッドの上」。ノートパソコンでは重いが、タブレットやスマートフォンであれば使いやすい。クラウドやネットと情報のやりとりをする、時間場所の自由度を高めるために、タブレットの役割は大きいと思います。仕事の場でもプライベートの場でも、これからのパーソナルコンピューティングデバイスとしてタブレットが主流を占めていくのは間違いないでしょう。
一方、従来のPCはといえば、専用マシンになっていくのではないでしょうか。CADを使う設計士やデザイナー、あるいは、編集者などの、スペシャルデバイスとして残り続けるのではないかと思います。
──いわゆる「コンピューター」と呼ばれるものの役割が、昔あったワープロ専用機とか、CAD専用機といったもの、そこに戻っていくような感じもしますね。
山下氏:一見そうみえるかもしれませんが、壮大な話をすると、生活の全てがコンピューティングになっていくという見方が正しいように思えます。昔はコンピューターを取り入れているといっても、あくまでそれは生活の一部でした。たとえばJRのMARSがダウンしても、昔は特急指定券が出せないだけで、電車は動きますし特急の自由席には乗れたのではないかと。
でも今はありとあらゆるものがコンピューティング処理とつながっています。メールだってアドレスを確認して配送するのはコンピューティング処理です。世の中隅々までコンピューティング処理が染み渡っていて、皆さん個人の存在も、生活も、その全てが何らかの形でコンピューティングに結びついている、あるいはコンピューティングのそのものの一部になっていく、という流れを、意識しておいた方が良さそうです。
──本日は、盛りだくさんのお話、ありがとうございました。
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登録はこちらWirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。