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農業共同体から多角経営企業集団へ、キブツYaqumの例

2018.05.25

Updated by Hitoshi Arai on May 25, 2018, 09:23 am JST

イスラエルの建国の歴史には、様々な挑戦があった。その一つが、ユダヤ人の民族国家をパレスチナの地(今のイスラエル・パレスチナ自治区がある地域)に作る、という目的で19世紀末に始まった「シオニズム」という運動と、そこから生まれた「キブツ」という共同体である。

キブツの歴史

キブツは、農業を中心として共同で生活を送るコミュニティである。シオニスト達は、ユダヤ民族国家の建設を目指して様々な取り組みを行った。まず、20世紀初頭、ロスチャイルドのように成功したユダヤ人の経済的支援を元に、パレスチナ地域の地権者から土地を購入してそこで働くユダヤ人労働者を募集し、彼らに土地を貸与した。

とはいえ、この地域は元々荒廃した土地であったため、生活をするために耕作可能な土地へと農地開拓から行う必要があった。そのための共同体として、キブツという仕組みが作られた。キブツでは、メンバーが共同で仕事をし、成果はメンバーが平等に分け合う。私有財産は持たず、すべての財産はグループの所有となる。子供は、親とではなく教師とともに子供だけの家で生活する。

このようにキブツは、ある種「理想」を追求した共産主義的な性格を持っていた。1948年のイスラエル建国までに多くのキブツができた。キブツの存在が、ユダヤ人がこの地に定住するという流れができた要因の一つであることは間違いない。

キブツYaqumで行われているビジネス

300程度あったといわれるキブツのうち、その多くは経営が立ち行かずに解散しているが、現在でもなお、30ほどのキブツが存在するという。共産主義的性格を持つキブツの仕組みが、どのように現在のイスラエルの中に適合しているのか、その一つであるテルアビブ中心部から20kmほど北にある「Yaqum」を訪れてみた。

▼Yaqumの場所(Googleマップ)
Yaqumの場所(Googleマップ)

Yaqumは1938年に設立され、当初はガリラヤ湖近辺にあったという。現在の場所に移ったのは1947年。当初は農業共同体らしく、オレンジの栽培、乳牛の飼育などが主な仕事だったようだが、1964年にプラスチック工場を買収して、ブロー成形、射出成形でプラスチック容器を作る事業を始め工業化のプロセスを歩み始める。ノルウエーの企業とも提携し、オレンジジュース等に使われる紙容器用プラスチックキャップを製造している。キブツが農業から工業へ転換する象徴的事例の一つだったようだ。

また、隣接する土地にEuro Parkという、テクノパークのような施設(写真参照)を持ち、不動産事業もしている。テルアビブからもそう遠くなく、主要な道路にも隣接するという利便性から、このテクノパークには多くの企業が入居している。

▼キブツYaqumに隣接するEuro Park
キブツYaqumに隣接するEuro Park

このようにキブツは、当初の農業を主体とした共同体からその姿を変え、多様な事業を行う産業集団 (industrial collective)となって、その経営基盤を固めているのだ。

キブツの暮らし

キブツの事業の変化、進展に伴って、キブツに暮らす人々の生活や組織運営の理念はどのように変化したのだろうか? 面白いことに、その基本は余り変わらないようだ。

キブツYaqumには、現在700人ほどの人が暮らすという。次の写真のような建物がその人々の暮らす家である。敷地全体が広いので、個々の家は大きくなくても、とてもゆとりのある環境が作られている。両親がここで暮らし、子供は共同体全体として育てるための「子供の家」で生活して、夕方数時間だけ親との時間を持つためにこの家に来る、というスタイルも変わらない。

▼キブツYaqumの中にある住居
キブツYaqumの中にある住居

食事や洗濯が公的サービスとして提供されることも変わらないようだ。ただ、給与は当初の「全員平等」から少し変わり、年齢や貢献度合いに応じた変動分があるようだ。

日本では、高齢者の介護施設、幼児を預かる保育園は慢性的に不足し、従事する人も不足していて、その労働条件や処遇の改善なども課題となっている。これら日本の課題に対する直接的な解にはならないだろうが、共同体という形で子育てや社会福祉の対応をしているキブツという仕組みにも学べることがあるかもしれない。いずれにせよ、時代に合わせて変えるべき所は変え、守るべき所は守る、ユダヤ民族の縮図をキブツに見ることができる、といえるだろう。

【参考】
Yakum(Wikipedia)
The Kibbutz(Kibbutz Industries Association)
・「キブツ その社会学的分析」山根常男著 1965年 誠信書房

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu