左はフェロモンを放出しつつ移動するアリの脇にヤヌス粒子を対比しておいたイメージ図。右は実際のヤヌス粒子が電気浸透流により動いているところ
物理計算機とマイクロロボティクスで自然知能を実現
natural intelligence with physical computers and microrobotics
2023.07.05
Updated by WirelessWire News編集部 on July 5, 2023, 18:04 pm JST
左はフェロモンを放出しつつ移動するアリの脇にヤヌス粒子を対比しておいたイメージ図。右は実際のヤヌス粒子が電気浸透流により動いているところ
natural intelligence with physical computers and microrobotics
2023.07.05
Updated by WirelessWire News編集部 on July 5, 2023, 18:04 pm JST
相変わらず生成AI(Generative AI)に関する話題がメディアを賑わせていますが、もう少しちゃんと勉強してから報道しろと(特にNHKに対して)言いたいですね。
何しろ開発者自身が「GPT-5は作れない」と宣言してますし、アルゴリズムはシンプルなバックプロパゲーション(Backpropagation:誤差逆伝搬法)に過ぎないので、単なるハードウエア(もっと正確に表現すればGPU:Graphics Processing Unit)の勝負になってしまっているにも関わらず、それを正確に伝えている番組は皆無です。
ハードウエア競争が最終的には熱暴走との戦いになることは必定です。つまりカーボンニュートラル云々が議論されているご時世に、熱暴走を許容するようなシステムが持続可能なエコシステムであるわけがないのです。ロシアによるウクライナへの侵攻をきっかけに、欧州におけるBEV(Battery Electric Vehicle)促進があっさりと腰砕けになったように、サーバーを冷却するために非常識かつ莫大な電力を使える時代はもう終了したんです。
正確に表現すれば、アラン・チューリング(Alan Turing)のアルゴリズムがノイマン型コンピュータの上で稼働する時代は終わった、量子コンピュータが実験的な稼働を始めてはいるが組み合わせ最適化(combinatorial optimization)以外に使い道がない(=アルゴリズムがない)のにとんでもない電気を使う、という状況だ、ということでしょうか。
ムーアの法則(Moore's law)というなんら科学的ではない単なる希望的観測やハイプサイクル(hype cycle)というガートナー(Gartner, Inc.)がでっち上げたデタラメ未来予測が妙にもてはやされ始めた頃から、自己組織化に着目していた一部の研究者群は、そのオルタナティブ(代替的手段)を作ろうと研究を重ねてきた歴史があります。
これはその後、「自然知能」すなわち「自然界で観察される構造・物質・生物を利用した知的情報処理」のムーブメントとして拡大しています。昨年話題提供いただいた北大の中垣教授もその一人ですが、今回「シュレディンガーの水曜日」で話題提供いただく慶応・斎木研究室の斎木敏治教授も、自然知能研究者の最右翼でしょう。
この分野の研究内容の非常にわかりやすい例として、シュタイナー木(Steiner tree)のようなグラフ理論における最短経路問題を解くために石鹸水を使う、という話がよく引き合いに出されるのことが多いのですが、今回の斎木さんの話題提供は「自然知能=物理計算機+マイクロロボティクス」の詳細になるかと思います。
ニューロンとシナプスの性質を兼ね備えている相変化材料としてGeSbTe (germanium antimony tellurium)を採用し、それをヤヌス粒子と組み合わせ、最短経路を見つけようとする、という話のようですが、このアナロジーとして大いに参考にしているのが「アリ(蟻)」だそうです。
アリは種としては12000種類存在しますが、それぞれが異なった環境に対応すべく独自のアルゴリズムを獲得しているのだそうです。アリが目的地へ向かう時にはフェロモン(pheromone)を分泌しますが、その経路が正しい場合は後に続くアリもフェロモンを放出することで経路自体がフェロモンで強化される一方、その経路を開拓した最初のアリの行動が間違っていた場合は、後にアリが続かないので、フェロモンは蒸発してしまうのです。
これを物質に置き換えると、フェロモンの生成(経路が正しい場合)が結晶化に該当し、フェロモンの蒸発(=経路が間違っていた場合)はアモルファス化とみなすことができる、というわけです。面白い着想ですよねえ。詳しい話は当日ご本人からご説明いただくこととしましょう。
なお、冒頭に記したように生成AI関連報道で腹が立っているのは私(竹田)でして、斎木先生ご本人は極めて穏やかな紳士です。彼が生成AIをどう思っているかは存じ上げません。お間違えなきよう。(竹田)
斎木敏治(さいき・としはる)慶應義塾大学
理工学部電気情報工学科 ・教授
1988年3月東京大学理学部 物理学科卒。93年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程終了(五神研)、93年4月から(財団法人)神奈川科学技術アカデミー(研究室長)、2000年から東京大学大学院講師、2002年から慶應義塾大学・理工学部電子工学科(助教授)を経て現職。専門は、ナノフォトニクス、単一量子構造分光、相変化フォトニクス、超高速相変化ダイナミクス、金ナノ粒子・ナノポアバイオセンシング、自然知能、物理計算機、コロイド・液滴ロボティクスなど。
・日程:2023年7月19日(水曜)19:30から45分間が講義、その後、参加自由の雑談になります。Zoomミーティング形式で実施します。
・「シュレディンガーの水曜日」は2023年5月から招待制に移行しました。参加希望の方は下記の3名、もしくは過去に「シュレディンガーの水曜日」で話題提供いただいた方々にお問い合わせください。研究者、研究者OB、理工系の学部生・大学院生の方々の参加をお待ちしております。
原正彦(メインコメンテータ、MC):ドイツ・アーヘン工科大学 シニア・フェロー
1980年東京工業大学・有機材料工学科卒業、83年修士修了、88年工学博士。81年から82年まで英国・マンチェスター大学・物理学科に留学。85年4月から理化学研究所の高分子化学研究室研究員。分子素子、エキゾチックナノ材料、局所時空間機能、創発機能、揺律機能などの研究チームを主管、さらに理研-HYU連携研究センター長(韓国ソウル)、連携研究部門長を歴任。2003年4月から東京工業大学教授。現在はアーヘン工科大学シニア・フェロー、東京工業大学特別研究員、熊本大学大学院先導機構客員教授、ロンドン芸術大学客員研究員を務める。
中山知信(レギュラーコメンテータ):物質・材料研究機構(NIMS)国際・広報部門・部門長
1988年東京工業大学大学院・材料科学専攻修士修了(99年博士(理学)、東京大学)。91年、民間企業から理化学研究所に移籍し、ナノ物性研究に従事。2002年より、物質・材料研究機構(NIMS)。国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)PI、同拠点副拠点長および事務部門長などを務め、2007年文部科学大臣表彰科学技術賞研究部門、2019年応用物理学会フェロー表彰などを受賞。筑波大学准教授、教授も併任し、2022年より同大学名誉連携教授。現在は、NIMS国際・広報部門長として研究の活性化に力を入れている。
竹田茂(司会進行およびMC):スタイル株式会社代表取締役/WirelessWireNews発行人
日経BP社でのインターネット事業開発の経験を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。10年にWirelessWireNewsを創刊。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、独立行政法人情報処理推進機構・AI社会実装推進委員(2017年)、編著に『ネットコミュニティビジネス入門』(日経BP社)、『モビリティと人の未来 自動運転は人を幸せにするか』(平凡社)、近著に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス/ミシマ社)、など。
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