Insulated Piping Technology for High-Voltage Hydrogen Production Systems
July 10, 2026
日立製作所「協創の森」の現場から hitachi_editor
日立製作所・研究開発グループのメンバーが研究開発中の技術について語ります。
従来の水電解システムによる水素製造は低電圧・大電流を前提としており、設備の大型化や電力変換の複雑化が避けられない、という弱点がありました。水素は脱炭素社会の鍵とされながらも、その製造コストやシステム大規模化がその普及を阻んでいました。日立製作所 研究開発グループはその問題点の核心に、液体と気体との混合流体と高電圧化を両立させるための絶縁の問題があることを突き止め、高電圧水素製造システムを実現する絶縁配管技術を世界で初めて開発し、耐電圧試験に成功しました。この技術およびシステムの将来展望を、Sustainability Innovation R&D 環境システム研究部の杉政昌俊主任研究員とNext Research 水素バリューチェーンプロジェクトの藤田晋士主任研究員に尋ねました。
(本記事は、日立製作所・研究開発グループ「研究の現場から」の抄録です。全文はこちら)
藤田:一方で、水素を製造するための水電解システムにも、今後の大容量の水素製造を考えたときに課題があります。それは、既存の水電解システムが「低電圧・大電流」を前提にした構成だということです。1 kV以下の低い電圧で、大電流を与えることで水素を発生させているのが現状です。低電圧であることの最も大きな課題は、低い電圧の直流電流を作る仕組みが必要になること、にあります。工場や大規模住宅などは33 kV、66 kVといった高電圧交流の電力系統に接続していますが、これを1 kV以下の電圧にするためには、多段で変圧器を介して、さらに直流に変換する必要があります。これらの設備の設置や維持には大きなコストがかかります。ですから、電力系統の高電圧をそのまま使って水電解システムを作れないかというところが発想の原点でした。高い電圧で動作させるとシステムは小型化できますし、日立がこれまで培ってきた高電圧の変圧器技術を活かせます。そもそも、高電圧の小型の水電解装置はできないの?という疑問からスタートして検討していったところ、どうやらできそうだということがわかってきました。
杉政:世界中を見渡しても高電圧の水電解装置の研究はなかったと言ってもいいでしょう。水電解はこれまで電流をいかに多く通すかが開発の要であり、世界の各社のロードマップも低電圧を前提にしていました。水電解装置は電気分解の最小単位のセルを積み重ねた「スタック」で電気分解しますが、装置の大規模化の検討が進められる中で、電力変換器の大型化や高コスト化などの課題も出てきていました。これは「高電圧の水電解装置」という私たちの考え方自体が傍流で、ほとんど検討されていなかった、ということに他なりません。しかし、水素製造システムの大規模化の流れの中で高電圧の水電解装置について改めて検討してみたところ、実現できそうなうえに、効果が得られそうだという判断に至りました。日立は高電圧の電源関連の製品が豊富です。そこに水電解装置をつなげる発想ができたことで、今回のプロジェクトが動き始めました。高電圧製品や水電解装置を作っているメーカーはあっても、それぞれがその専業メーカーですから、それらをつなげる発想はなかったでしょうし、文化が異なります。日立の社内でも異なる技術分野における文化のすり合わせには苦労しますから、企業間でそれをすり合わせるのは非常に難しいと思うのです。
藤田:高電圧の水電解装置を実現しようとしたときに、大きな課題になったのが高電圧の絶縁でした。
水電解装置の内部には、水や電解液に加えて、水素や酸素といったガスが存在します。これらは電気的には導電性や放電リスクを伴う環境であり、高電圧がかかることは避けなければなりません。水素が漏れている環境では、静電気程度の微小な放電でも水素爆発を引き起こします。高電圧で動かすためには、導電性や放電リスクを最小化する絶縁が不可欠なのです。そこで、社内の高電圧の技術を組み合わせて、絶縁を確保する研究を始めたのです。

従来の水電解装置は、低い電圧で動かすことを想定しています。低電圧用の装置に対して、碍子(がいし)や建屋の壁などを工夫して0Vにする構造は作れました。しかし、水電解装置には配管が必要です。高電圧で絶縁できる配管は、世の中にありませんでした。高電圧の絶縁配管に求められる性能は、電気的な「絶縁性」に加えて、水素が漏れてこない「ガスバリア性」、高温・高圧に耐える「耐熱性」「耐圧性」、不純物による腐食に耐える「耐食性」があります。これら5つの性能を満たす配管が必要なのですが、従来よく使われるフッ素樹脂のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)は、耐圧性に欠け、ガスバリア性でも不安がありました。絶縁性やガスバリア性に優れるセラミック製配管も、接合部からの溶出による耐食性に難があります。1つの素材で高電圧水電解装置の要求を満たせる配管はみつかりませんでした。
そこで、私たちはこれまでに培ってきた絶縁技術を応用し、複数の樹脂に機能を持たせることで1本の絶縁配管を作ることにしましたが、1つの素材で高電圧の絶縁配管を作るとなると、材料開発から研究を始める必要があります。これには長大な時間がかかるリスクがあります。そこで既存のものを組み合わせることで求める性能を得る方向に舵を切りました。具体的には、ガスバリア性が高いEVOH(エチレンビニルアルコール共重合樹脂)、耐圧性が高いGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)、耐食性に優れたHDPE(高密度ポリエチレン)を組み合わせて、要件を満たす1本の絶縁配管を作りました。この絶縁配管を使って、実際に水素が流れている環境下で10 kVの高電圧を掛けて性能検証を行いました。その結果、耐圧・耐熱・ガスバリア性を維持しながら、時間変化に対して漏れ電流の増加がないことを確認しました。絶縁に成功したのです。


藤田:複数の素材を組み合わせた絶縁配管の開発には成功しましたが、私たちは元々が素材の専門家ではありませんから、苦労は多かったです。文献調査から始め、素材の専門家に相談しながら研究を進めました。当初は要求を満たす素材を探してもらったのですが、それは難しいことがわかり、素材を組み合わせる方向にシフトしたのは先ほど申し上げた通りです。それでも、耐食性に優れたHDPEと耐圧性に優れたGFRPとの接着が難しいことや、配管に圧力がかかると膨張するため継手が取れてしまうリスクがあることなど、課題は少なくありませんでした。周囲の専門家から意見をもらいながら、どのような接着方法や機械的な構造が適しているかを検証していきました。専門ではない分野からのスタートでしたが、個人的には楽しんで研究に取り組めています。学生時代から今に至るまで、超電導や変圧器、MRIなどテーマは変わってきている中で、そのたびに新しい発見や知識との出会いがありました。水電解装置の高電圧への対応も楽しい研究です。一方で、水電解装置の配管に10 kVの電圧をかけて特性や制御性を確認する試験には、危険が伴います。試験に失敗すると、水素爆発につながりかねないのです。そのため、必ず成功するという見通しが立ってから試験に臨んでいますが、前日は一睡もできませんでした。ですから、きちんと性能が出たときには、数年間取り組んできた研究成果が得られたという達成感と同時に、正直ホッとした、というところです。

杉政:ほんとうにうまくいって良かったと思っています。絶縁試験を実施した実証機の製作にも藤田さんが大きく貢献しています。水電解装置を格納するコンテナは、本来、研究所で作るような代物ではありませんが、周囲の研究者を巻き込んで、大変な苦労をしながらリスクの高い試験の成功に導いてくれたと思いますし、日立社内でも水素の研究の1つの集大成だと感じています。開発プロジェクトとしては、頑張ってここまで到達しました。将来的には研究所や日立の枠を超えて、多くのパートナーや企業とコラボレーションして100MW級の水素製造システムを実現していきたいです。お客さまが使いやすい水電解装置を作ることが、社会貢献と日立のビジネスにつながっていくと信じています。高電圧の水電解装置は、十分に実現可能性があると考えています。今回は市販の水素スタックを購入して、水素製造システムのコンテナを作って絶縁環境が得られることを実証しました。私たち自身で検討を進めることで、高電圧の水電解装置というコンセプトが絵に描いた餅ではないことを社内外に示せたと確信しています。
