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「独自の強み」で世界に対峙するイスラエル

2021.04.28

Updated by Hitoshi Arai on April 28, 2021, 15:39 pm JST

少々旧聞ではあるが、トランプ前アメリカ大統領の政治的思惑も要因となって、昨年来、アラブ諸国とイスラエルとの国交正常化が急激に進んできた。

アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンとイスラエルは、2020年9月15日に国交正常化の合意文書に署名した。アフリカ北東部のスーダンも、10月23日にイスラエルとの国交正常化に合意した。これで、エジプト、ヨルダンに続き、イスラエルと国交を結ぶアラブ諸国は5カ国になった。今後、大国サウジアラビアがこの流れに続くのかどうか、が世界の注目するところでもある。

中東の専門家でもなく、政治の専門家でもない、一介のイスラエルウオッチャーが安易にモノが言えるほど、中東地域の抱える問題は単純ではないことは十分理解しているが、長年中東の危機の震源地であった「パレスチナ問題」は、もはや「アラブの大義」ではなくなったと言っても良いのではないだろうか。イスラエルとUAE、バーレーンとの国交正常化合意文書の中でも、パレスチナの扱いは重くはないという。

このような「中東の地図の変化」は、歴代のアメリカ大統領が大きな課題の一つとして取り組んできた中東和平外交の成果、というよりも、中東地域自体に自らをこの方向に動かすだけの背景があると考える。

アラブ諸国とイスラエルとの国交正常化の背景

現在、アラブ諸国にとっての現実問題としての対立軸は、核開発を進め、シリアやイラクの混乱に乗じて中東地域での影響力を増すイランである。また、世界レベルで温室効果ガス削減の流れが進む中で、石油依存経済から脱却し、若者の雇用ができる独自の産業を興さなければ国の将来像が描けない、という経済問題への対応が、アラブ諸国が現在抱える高プライオリティの課題なのである。

対イランは、アラブ、イスラエルの共通の課題であり、敵の敵は味方、ということになるのだろう。かつ、中東のシリコンバレーであるイスラエルが持つ「最先端のデジタル技術」は、脱石油経済を目指すアラブ諸国にとっては、将来のシナリオを描くために必要な「身近にある魅力的な投資対象」と言えるはずだ。

独自性のある先端技術を開発してスタートアップを創業して世界からの投資を集める、というビジネスモデルのイスラエルにとっても、投資家の選択肢が増えることがメリットなのは間違いない。無論、同じ場所をそれぞれの聖地として崇める宗教上の対立は簡単に乗り越えられるものではない。しかし同時に、経済という現実に目を背けるわけにもいかないのである。

昨年来の一連の動きから実感・再確認したのは、イスラエルが先端技術、それに基づく多彩なスタートアップを多数持つことの「強み」である。1948年の建国以来、70年間に4回も戦争をした相手となるアラブ諸国と、その一部とはいえ国交を正常化できたのは、前述のように、彼らがイスラエルの持つ先端技術が今後の経済発展に欠かせない、と見ていることも大きな要因であるはずだ。

武力を伴わない外交

一般に、国家間の「外交」は、それぞれの経済力、政治力と軍事力の裏付けのもとに行われる。現在の中国の「外交力」は、アメリカに匹敵するまでに充実してきた軍事力と、巨大な市場を背景とした経済力に裏付けられている。アメリカがしばしば他国に対して「経済制裁」が発動できるのも、ドルが国際基軸通貨であり、「コルレス」という仕組みに基づいて各国が為替決済をしているからに他ならない。

アラブ諸国とイスラエルとの間は、長年、アメリカの政治力とお互いの軍事力に基づいた外交であったが、ここに来て、イスラエルが築いてきたデジタル技術が、「過去に戦争をしてきた相手と国交正常化に導く」だけの外交のツールになったのである。

振り返ってみると、2019年以来、日本が実施している「韓国への輸出管理強化」も、韓国のWTO提訴という反発・応酬を招いた。日本が強みを持つ半導体材料という「技術」が、武力を持たない日本の外交の力になり得ることを、日本人が具体的に認識した事例ではないだろうか。

昨年来、COVID-19のおかげで、世界ではマスク外交、ワクチン外交も盛んになっている。日本は、過去には技術立国という看板を持ちながら、ワクチンという武器を自前で開発するための投資をしてこなかったが故に、現在、出遅れ感に苛まれる状況にあるのは言わずもがなである。周知のように、イスラエルもワクチンを自前開発したわけではないが、デジタルヘルスインフラを整備していたおかげで(「危機管理としての医療」日本の問題点をイスラエルに学ぶ)、接種後の追跡調査データの提供という取引材料があった(120万人の調査で実証されたmRNAワクチンの有効性)。この存在が、メーカーから早期にワクチンを確保することができた要因でもある。これもデジタル技術が交渉の武器となった例ではないだろうか。

つまり、優れた独自技術を開発することが、外交面でも「軍事力のオルタナティブ」としての役割を持ち得ることを認識すべきなのである。このことは、憲法によって武力を放棄している日本にはとりわけ大きな意味がある。

日本独自の強みとは?

現在、日本が際立って強い技術とはなんだろうか? かつて日本が世界の大半のシェアを獲得していた半導体も、現在はごく限られた分野だけでの優位である。移動体通信技術は、第4世代までは国際標準化をリードしてきたものの、5Gの主要特許はほぼHuaweiに持って行かれた。素材分野では、まだまだ強いものはあるが、もっと「外交力として強い」ものはないのだろうか?

筆者個人のまったくの私見なので異論も多いとは思うが、筆者は二つ(可能性が)あると考えている。それは、核と宇宙の「デブリ除去」技術だ。

原子力については、日本は現実問題として困難な廃炉作業に取り組まざるを得ない状況に置かれた国だ。福島第一原発で、溶け落ちた核燃料(デブリ)を取り出し、安全に廃炉に持っていくには、これからも長期間の大変な努力と、そのための様々な技術開発が必要となるだろう。しかし、もしこの「安全な廃炉技術」を確立することができれば、事故の有無とは関係なく、いずれは廃炉せねばならない世界の原子力発電にとって、大変大きな貢献ができることになる。裏を返せば大きな外交の武器となるだろう。しかも、我々は「やらざるを得ない」のである。

もう一つのデブリは、スペースデブリである。つい先月、日本のベンチャー、アストロスケール社が世界発のスペースデブリ除去実証衛星の打ち上げに成功した。大変夢があり、意義のある仕事であるが、ポイントは、日本の会社がやるからこそ、世界に受け入れられる除去技術となる、という点だ。

不要となった衛星を捕獲し、大気圏に突入させて燃やす、というのは、実は単なるゴミ掃除ではないからだ。ゴミとなった衛星だけではなく、稼働中の監視衛星も除去可能なのである。使う人や国によっては、強い脅威となる軍事技術でもある。もし、中国企業がスペースデブリ除去を始めるとすれば、明らかに西側諸国は反発するだろう。アメリカが同様のサービスを始めるとしても、中国・ロシアは確実に反発する。幸か不幸か日本は、憲法により戦争を放棄した国であり、日本がデブリを除去する限りこの種のコンフリクトは相対的に小さくすることができるはずだ。この恵まれたポジションは、他国には真似ができないものだ(真似しようとも思わないだろうが)。

イスラエルがアラブとの国交正常化を導いた強みを持っているように、日本も「外交力となる独自技術」を多数持てるようになること、その意義を理解されることを切に望む。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu