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欧州編(1)EUが大きな役割を果たす欧州携帯電話市場

2010.07.22

Updated by Mayumi Tanimoto on July 22, 2010, 19:00 pm JST

○欧州は世界の人口の約10%を占める巨大な市場であり、言葉、文化、宗教の異なる42カ国から構成される地域である。

○このような数多くの国から構成される欧州は、陸続きで移動が容易でありながら制度が国ごとに異なり、携帯キャリアも国ごとに別々に存在するという、北米やアジア市場とは異なった特徴が存在する。

○欧州編第一回では、欧州市場の概要と、欧州を理解する上で重要なEUの役割を説明する。

【欧州の概要】
総人口:8.3億人(出典:国連 2009年。欧州42カ国
普及率:111.89%(出典:ITU World Telecommunication/ICT Indicator Database 2009
平均ARPU:23.90ユーロ(出典:Tariff Consultancy Ltd。2009年。欧州主要8カ国。
主要キャリア:O2 Group、Orange Group、Telecom Italia Mobile (TIM)、T-Mobile、Vodafone、H3

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(cc) Image by Clare Bell

1.欧州市場の概況

欧州を構成する42カ国(EU-42)1は8.3億人から構成され、イギリス、ドイツ、フランス等欧州主要国の他に、イスラエル、トルコなどの新興国、さらに、ロシア、ハンガリー、アルバニア、バルカン半島諸国等の旧共産圏が含まれる。これら42カ国は、各国毎に言語、文化、歴史、政治、法律、経済レベルが異なり、一口に「欧州」とは言っても、アジア以上に多様な人々が共存する地域となっており、巨大で複雑な市場を構成している。

このように多様な国から構成される欧州は、世界の携帯電話市場の18%、固定電話市場の21%、インターネットユーザーの22%、世界のブロードバンドユーザーの31%、さらに、世界のモバイルブロードバンドユーザーの31%を占めている。また、各国毎に3〜5程度の携帯電話キャリアが存在し、世界最大の携帯電話事業者10社のうち7社は欧州の企業となる。さらに、携帯電話端末市場をリードするEricssonやNokiaは欧州の企業である。

▼地域別携帯電話普及率(2009年)
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(出典:ITU World Telecommunication/ICT Indicators Indexより谷本作成)
  1. ITU(国際電気通信連合)の定義するEU42カ国は以下である。(*はEU27カ国である)アルバニア、ポルトガル*、アンドラ、ルーマニア*、オーストリア*、サンマリノ、ベルギー*、セルビア、ボスニアヘルツエゴビナ、スロベク共和国*、ブルガリア*、スロベニア*、クロアチア、スペイン*、キプロス*、スウェーデン*、チェコ共和国*、スイス、デンマーク*、マケドニア、エストニア*、トルコ、フィンランド*、イギリス*、フランス*、ギリシャ*、ドイツ*、ハンガリー*、アイスランド、アイルランド*、イスラエル、イタリア*、ラトビア*、リヒテンシュタイン*、リトアニア*、ルクセンブルグ*、マルタ*、モナコ、モンテネグロ、オランダ*、ノルウェー、ポーランド*。

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▼欧州主要国携帯電話普及率(2009年)
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(出典:ITU World Telecommunication/ICT Indicators Indexより谷本作成)

▼欧州携帯電話普及率の推移
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(出典:ITU World Telecommunication/ICT Indicators Indexより谷本作成)

1999年から2008年の10年の間に、欧州の携帯電話市場は大幅な伸びを見せた。携帯電話ユーザーは年11%近く増加し、2008年の終わりには携帯電話普及率は118%に達し、欧州は携帯電話普及率が世界で最も高い地域となった。2009年末の時点では、携帯電話普及率が100%に達しないのは欧州42か国中11カ国のみであり、最も普及率の低いモナコで70.1%となっている。普及率が最も高いエストニアでは、普及率が202.99%に達し、人口一人当たり2台の携帯電話を所有していることになる。エストニアの次に普及率が高いのはイタリアの151.3%である。2009年末の日本の携帯電話普及率が90.37%、アメリカ合衆国が92.6%であることと比較すると、いずれも高い数字となっている。

一方で、リーマンショックに発する不況は欧州の携帯電話市場に影響を与えており、EUは「経済危機は欧州の情報通信市場にも大きな影響を及ぼしている」としている。The European Information Technology Observatory (EITO)によれば、2009年の携帯電話音声及びデータ通信からの収益は前年比で0.6%の伸びに留まり、音声通話に関しては前年比マイナス1.8%となっている。

このように厳しい状況にはあるが、欧州のキャリアやメーカーは、欧州の携帯市場はデータ通信サービスによる更なる発展が見込めると見ており、モバイルブロードバンドを中心としたビジネスモデルへシフトする動きが顕著である。欧州全体では音声通話が携帯電話サービスの収益の80%を越え、データ通信サービスからの収益は4%にしか過ぎないため、今後大きな伸びが見込めるためである。2010年1月時点でのモバイルブロードバンド使用率のEU加盟国標準は6%であったが、前年同月が3%であったことを鑑みると大幅な伸びを示している。(Technology Observatory(EITO)

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2.汎欧州標準とベンダーの世界進出

欧州の携帯電話市場は成功例として世界の注目を集めている。注目を集める理由のひとつが、欧州における標準化の取り組みと、欧州で作成された標準を下地とした欧州ベンダーの世界市場への進出である。

欧州では多くの国は陸繋ぎであり、国境を跨いだ人や物の行き来がアジアでは想像できない程容易だが、国毎に言語、政府、文化が異なり、異なる携帯電話キャリアが存在する。これらは、欧州以上に巨大な市場を持ちつつも、一つの国であるアメリカ合衆国や、国は異なってもスペイン語という共通言語のある南米には存在しない障壁である。

国境を越えたサービスを実施するには、汎欧州型規格の適用や政策調整が必要になるが、欧州では民間企業から構成された業界団体を中心とする「市場」が中心となって標準の準備やベンダー間の調整を実施してきた。技術や標準など高度に専門家された分野は変化のスピードが速く、政府機関では適切な判断が実施できない可能性が高い、という前提があるため、市場の判断に任せているわけである。

また標準を作成、選定する際に、上から押し付けるのではなく、実際に標準を使用する事業者が議論するというボトムアップのアプローチを取っている。このように事業者間が連携することで、実際に「使われる」標準を作り出し、欧州という巨大市場でデファクトの標準化を作成することで、欧州事業者の世界進出の足がかりを作っているわけである。

汎欧州型規格の代表例の一つはGSM方式である。かつて欧州では国毎に異なるアナログ方式でサービスが行われていたため、ユーザーは、国境を越える毎に電話機を変えて通話しなければならないという不便が生じていた。当時普及し始めていた第一世代自動車携帯電話は、スウェーデンでは、1981年にNMT(Nordic Mobile Telephone)方式でサービスが提供され、ノルウェー、デンマーク等の北欧各国やロシア、トルコが同標準を採用していた。1一方、スペインやイタリアではTACS(Total Access Communication System)方式、フランスではRC2000方式,ドイツではC-450方式が使用され、各国で全く異なる標準が使用されていた。

第二世代自動車携帯電話では異なる規格による不都合を解消しようという声があり、1982年に欧州域内の国営通信事業者によるフォーラムであった欧州郵便電気通信主管庁会議(CEPT:Conference of European Postal and Telecommunications administration)2が、標準化策定作業グループとしてGSM(Groupe Speciale Mobile)を立ち上げ、デジタル方式携帯電話の統一規格の策定を開始した。1987年には13の通信事業者が規格として採択することで汎欧州規格となった。3GSM方式の採用は欧州全土に広がる巨大な携帯電話市場を作り出したばかりではなく、携帯電話メーカーやネットワークオペレーターも巻き込み、現在世界的な携帯電話通信の標準となっている。

  1. 北欧各国は自動車の運転中に雪や氷のために自動車に閉じ込められる可能性があり、緊急時の連絡用途から、自動車電話への需要があり、普及が早かった。
  2. 欧州の郵便・電気通信主管庁の相互関係の緊密化ならびに行政運営業務、技術関係業務の調整と改善を目的として1959年に設立された。現在通信の標準化全般に関する業務は、欧州電気通信標準化機構(European Telecommunications Standards Institute:ETSI)が担当している。ETSIは標準を策定する非営利団体であるが、欧州委員会により正式に認証されている。
  3. 1989年にはGSMの管理は、欧州電気通信標準化機構(European Telecommunications Standards Institute:ETSI)に移管されている。

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3.各国政府と欧州連合(EU)の役割

技術標準の検討は、汎欧州規模の事業者間の合意に委ねられている一方、超国家機関である欧州連合(EU)や各国政府等の監督当局は、市場の競争環境を監視し、消費者にとって公平な環境を醸成しつつ、完全な市場を発展させていくための市場の監督や規制を実施するという役割を担っている。特に競争の推進においては、欧州連合(EU)の役割が重要になっている。1欧州連合(EU)は、欧州経済活性化のために、欧州単一の電気通信市場の創設を進めており、域内市場競争の活性化と市場の創設、研究開発に注力した活動を展開している。

例えば、欧州委員会は、従来から国際ローミング料金の高額な費用及びその複雑性を問題視しており、2007年から料金規制に取り組んできた。欧州規制機関グループ(ERG)が調査したデータに沿って、欧州委員会は、国際ローミング料金の実態を調査し、第2次コンサルテーションでは、消費者が欧州域内の別の国で携帯電話を使用しても、自国の国内料金と同じレベルに設定しようという案が提示された。

2009年7月には各携帯電話キャリア欧州域内で消費者が携帯電話を使用した場合のローミング費用の60%削減を支持した。また、EU域内で携帯電話からデータ通信を使用した際に、高額な国際ローミング費用が課金されることも問題視されていたため、欧州連合(EU)2010年7月からはEU域内で、消費者が携帯デバイスからインターネットデータ通信を実施し、通信料金が上限の50ユーロに達した場合通信が切断される仕組みを適用するという規制の採択を実施した。この仕組みでは、エンドユーザーが使用上限の80%に達した場合、通信事業者はユーザーに対して通知することになっている。

欧州連合(EU)がこのような強制的かつ急進的な規制を実施する目的は、携帯電話サービスの料金を下げることで、消費者の利益を確保しつつ、ベンダやキャリア間の営業努力を求め、欧州全体で情報通信市場を活性化させることにある。

この目的は、欧州における情報通信市場のロードマップを描いた「欧州情報化社会『i2010』」に含まれている。「欧州情報化社会『i2010』」では、(1)単一の欧州情報市場の創造、(2)ICT研究におけるイノベーションと投資強化、(3)包括的な欧州情報社会の推進を目標としており、今後データ通信やモバイルブローバンド中心に市場の成長が期待される携帯電話市場の活性化も重要目標とされている。

また、情報通信分野規制では「電子通信規制改正に関するパッケージ案」が2009年11月に採択されている。この案では、特にEU全域において、すべての市民が安価な通信サービス(携帯電話、高速ブロードバンド、ケーブルテレビなど)を享受できる環境作りを目的としている。

2010年5月に発表された欧州委員会の年次報告書では、加盟各国は通信のルールを適切に適用しておらず、欧州統一通信市場の創設の妨げとなっているとしている。また欧州全体で音声通話市場が飽和状態にあり、市場の鈍化が見られるため、今後は市場の成長を促進するためにモバイルインターネットサービスの発展に積極的に介入していくとしている。

このように、超国家体である欧州連合(EU)が、国境を越えて大胆な規制を実施することができるのは、欧州各国で欧州連合(EU)が制定するEU法が自国法と同等の強制力を持つためである。EU法は適用範囲と法的拘束力の強弱によって、(1)規則(Regulation)、(2)指令(Directive)、(3)決定(Decision)、(4)勧告・意見(Recommendation/Opinion)の4種類に分類される。

ただし、EU法は規制最小限の「枠組み」を作成し、細部は個別のケースに沿って司法判断に委ねるという形になっている上、加盟各国の自国法とEU法が緩衝する場合もあるため、EU法で規制される全ての分野が加盟各国で適用されているわけではないという点は注意が必要である。

  1. 現在の欧州連合(EU)は、経済と軍事における重要資源の共同管理構想を掲げ1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体を母体として設立された欧州共同体(European Community:EC)を基礎とし、1993年に加盟各国が「マーストリヒト条約」に調印することで創立された。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。