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スマートフォン時代の通信量増と新旧サービスの併存に、ネットワークはどう立ち向かうか──インフラからMWC 2011を読む

2011.03.04

Updated by WirelessWire News編集部 on March 4, 2011, 15:00 pm JST Sponsored by NOKIA

スペイン・バルセロナで2月14日〜17日に開催された「Mobile World Congress 2011」(MWC 2011)。通信業界の世界最大のイベントとも呼ばれるMWCで、今年はどのような注目点があったのだろうか。現地を察してきたノキア シーメンス ネットワークス(NSN)日本法人代表取締役社長の小津泰史氏に、今年のMWCについてインフラベンダーとしての"読み解き方"を聞いた。(インタビュー:青山 慎治)

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小津 泰史(おづ・やすし)氏
ノキア シーメンス ネットワークス 代表取締役社長 グローバル(東部地区) エグゼクティブメンバー
1959年6月生まれ。北海道大学工学部電子工学科を卒業し、三菱電機に入社。米国勤務などを経験し、通信システム開発に従事。 2006年ノキア・ジャパンに入社。2007年、ノキア シーメンス ネットワークス設立にともない、代表取締役に就任。同社グローバル(東部地区)エグゼクティブメンバーも兼務し、現在に至る。

INDEX:
  1. グーグル、マイクロソフト、ノキア、アップル、それぞれの存在感
  2. インフラベンダーはTD-LTEを中心に今後の動向を示す
  3. スマートフォンの大量データをオフロードする先としてのLTE
  4. スマートフォン時代でも、普通の端末が主流の現実

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グーグル、マイクロソフト、ノキア、アップル、それぞれの存在感

──MWCではお疲れ様でした。まず、今年のMWCの印象を教えてください。

小津:最初にお断りしておきたいのが、MWCでは、NSNのブースも同様だったのですが、インフラベンダーのブースは入り口で一般来場者をシャットアウトしてしまっていて、中を見ることができないのです。そのため、他のインフラベンダーの展示は、まったく見ることができませんでした。本日お話しできるのは、キーノートスピーチを含めた全体のお話や、自社のブースの話が中心になります。

──それでは、まずは、端末も含めた全体の印象についてお聞きしたいと思います。

小津:インフラベンダーは関係者以外をシャットアウトしていますが、端末は数多く見ることができました。MWCは端末の展示会という側面も強いのですが、今回は、Androidのポジションがとても高くなり、端末メーカー各社のAndroid端末を並べて見ることができました。たとえば、サムスン電子の端末は、サムスン電子のブースにも数多くありますし、NTTドコモのブースにもあるし、グーグルのAndroidのブースにもあります。至る所にAndroid端末という状況でした。

▼盛況のAndroidブースの様子。
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一方で、MWCに展示していないアップルは、無言のアピールと言いますか、展示がなくても存在感がありました。キーノートスピーチでも「アップル」という言葉は数多く聞かれました。1円もお金を使わずに、MWCで存在感を示していたのですから、これはすごいことです。

ノキアとマイクロソフトのCEOの発表がありました。両社の提携は濃いものになるだろうと考えていましたが、とても強力なものでした。ノキアもマイクロソフトも、提携を大々的に宣言しています。

そんな中で置いて行かれたのはインテルのように思えました。携帯電話向けのチップセットを出すと発表していたのに、半年ほど遅れたことが大きな影を落としています。相手がパソコンメーカーであれば、皆横並びですからインテルのチップセットが半年遅れても対応できます。しかし、携帯電話はチップセットごとに消費電力から何まで細かい設計を作りこんでいますから、これが遅れたら用意が無駄になります。結局は他ベンダーのチップセットを使うことになって、端末メーカーから信用を失った存在になっているようです。

ノキアのCEOのスピーチで面白かったのは、まあ、ある種の言い訳とも言えるのでしょうが、彼が視察で世界中を旅した時のエピソードです。今の世の中ではスマートフォン、スマートフォンと言うけれど、実際には低価格の端末を使っている人が多い国もたくさんあるのですね。そうすると、ローエンドやミドルクラスの端末を使っている人に対する責任がノキアにはあると、そう述べたのです。

携帯電話途上国に対して、安くてシンプルな端末を提供する義務があると。例えば、SMSを使って「いつ種を蒔くといいよ」といった農業情報や、教育情報などを提供している国があります。そうした人たちにとっては、このSMSが最大の情報源ですから、必要な情報を入手できる端末を低価格で提供することにまだ意味があると話していました。これも1つの真実だと思います。

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インフラベンダーはTD-LTEを中心に今後の動向を示す

──それではここで、NSNの展示を通して、今回のMWCから見えてきたインフラの潮流を教えてください。

小津:先ほどお話したとおり、他のインフラベンダーと同様に、NSNも展示を2階層に分けていました。一般の方にご覧いただける外側は、会社のスタンスを示す展示です。エコロジーに関連する展示や、スマートグリッドをモバイルで実現したらどうなるかといった展示をしていました。

関係者以外立ち入り禁止の「中」に入ると、テクノロジーの展示がメインです。今回は、中国などで採用されている時分割多重方式のLTE「TD-LTE」が各社のアピールしていた技術だったのではないかと思います。NSNでもTD-LTEを重点項目に据えて展示していました。

TD-LTEにはメリットとデメリットがあります。メリットは、周波数分割多重方式のLTEでは上りと下りの周波数帯域(ペアバンド)が必要になりますが、時分割多重のTD-LTEでは1つの帯域(アン・ペアバンド)で通信サービスが提供できることです。ペアバンドを確保する必要がないので、使えるバンドがたくさんあるというメリットがあり、1.9Gや2.5GHz帯なら、日本でも使えます。そして、対応する周波数が1つなので無線機が1つで済み端末を小さくできます。一方で、同じ周波数帯で上りと下りの通信をしますから、相互に干渉が起こるデメリットがあり、ここが大きな問題になっています。

このデメリットを解消するアイデアの1つが、ビームフォーミングです。基地局のアンテナから、特定の端末に向けて電波のビームを絞り込んで送信する技術です。ビームを絞り込むことで、隣の基地局や他の端末との間の干渉を防ぐことができるのです。これは、上りと下りの周波数帯域が同じTD-LTEだからうまくいく方式でもあります。(FD-LTEのように)上りと下りの周波数帯域が違うと伝搬特性が変わってしまって、上りの最適経路と下りの最適経路が必ずしも一致しません。上下の周波数帯域が一緒のTD-LTEだから、ビームを絞り込んで最適化しやすいのです。

▼TD-LTEによるビームフォーミングのデモンストレーション
(参考記事:ノキア・シーメンス、TD-LTEでビームフォーミングをデモ
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インフラベンダーのほとんどは、こうした技術を磨いてTD-LTEのデメリットを解消しようとしています。今回のMWCでも展示があったと思います。チャイナモバイルを筆頭に、TD-LTEに着目している事業者はとても多いですからね。

──NSNブースでのその他の見所はどういったところだったのでしょう。

小津:基地局の技術では、アンテナを使った技術で効率化を図るものもありました。複数の周波数帯をまとめて使う「キャリアアグリゲーション」という技術です。例えば、2.1GHz帯と800MHz帯が共存するシステムを作るとします。その両方の周波数帯を同時に使用して通信することで、スループットを向上させようという考えです。また、800MHz帯の電波は、2.1GHz帯の電波よりも遠くまで飛ぶことを利用して、800MHz帯で物理的に遠くにある端末をカバーして、近くにある端末は2.1GHz帯でカバーするということをハンドオーバー技術を用いずに実現できます。

また、基地局までの回線を確保する手法として、マイクロウェーブによる無線通信の装置を出展していました。日本のように全国に高速なネットワークがある国ばかりではありませんから、携帯電話の基地局まで、高速の有線の回線を敷設するのは、実は困難なことが多いのです。基地局までのネットワークを無線で構築する、いわゆる「エントランス無線」に対応する機器は、これまでもNSNが手がけてきた分野です。今回は、小型の装置を出して、基地局メーカーとしての品ぞろえをアピールしていました。

もう1つは、ネットワークの最適化に関するツールを紹介していたことでしょう。今後、複数の方式が同時に稼働するようになり、ネットワークがさらに複雑化すると、無線エリアの管理がとても困難になっていきます。昔のようにクルマに乗った人間が「ドライブテスト」をして調査するなどという方法は現実的でなくなり、ネットワークが自律的に制御する「SON」(Self Organized Network)が必要になります。スマートフォンにアプリを搭載して、電波状況などの情報をネットワーク側が収集し、その情報を基にエリアの調整をするような仕組みを展示していました。

これからのネットワークは、複数のネットワークが同時に稼動し、それが1つのサービスを提供するように見えなければならない時代になります。3GとLTE、GSMとLTEなどの共存、複数の周波数帯のサービスの共存などですね。これから来る複数ネットワークの共存の時代には、きっちりと情報を管理してユーザーに十分なサービスを提供できる仕組みが必要だということを理解してもらいたいと思います。

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スマートフォンの大量データをオフロードする先としてのLTE

──実際に、会場をご覧になって、来場者の関心はどの分野に高いと感じましたか?

小津:LTEの展示コーナーが混雑していました。要するに、「スマートフォンの本格普及期でやって来るトラフィック増に、どう対応していったらいい?」ということに、(来場者の皆様は)興味津々なわけです。

具体的には、パケットコアネットワークの展示です。パケットの内容や属性によって、通信状況を制御する「パケットインスペクション」などに興味が集まっていました。これは、アプリケーションによってトラフィックを抑えたり、ユーザーによってトラフィックを絞り込んだり優遇したりできるものです。

▼パケットインスペクションのデモンストレーション(NSN)
(参考記事:ノキア・シーメンス、サービス提供品質を個人ごとに変えるエンド・ツー・エンドのソリューション
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実際のところ、海外の通信事業者の多くは、LTEで既存のネットワークを張り替えようなどとは考えていないでしょう。そんな先のことは見ていないのです。数字を見ると、NSNでは昨年、GSMの基地局の売上数が過去最高になりました。MWCのようなイベントではLTEだ4Gだと言っていても、実際のネットワークを見れば世界ではまだまだGSMがメインなのです。(既に稼働している)設備更新の需要に、新興国などでのエリア拡大需要を足し合わせたら、GSM基地局が過去最高の売上を記録することになったのです。

──需要はまだGSMですか。でもMWCの展示はLTEが圧倒的ですよね。

小津:そうです。では、GSMがメインの事業者がLTEなどの新技術を意識するのはどういうときかと考えると、それは、データのオフロードなのです。GSMが主体だけれども、スマートフォンが普及して、データのトラフィックが急増しそうであると。だから、そのトラフィックをどうオフロードしようかと考えるわけですね。オフロードするための方式は、Wi-Fiかもしれないし、W-CDMAやLTEかもしれない。そういった文脈でLTEは出てくるわけです。

今は、GSMからデータをオフロードしようとすると、Wi-FiかW-CDMAしかありません。Wi-FiもW-CDMAもすでにスマートフォンが実装していますが、LTEはまだスマートフォンなどの端末が出始めた状況なので、これからの状況を静観しているところでしょう。

通信事業者は、実はそんなにトラフィック増で慌てていないのではないかとも思います。例えば、道路が渋滞していてスピードが出せない状態でも、高級車を買う人はいますよね。それと同じで、少しぐらい通信状況が悪くても、Android端末やiPhoneを使いたい人は使うのだと思います。その端末を使っていることがステータスであったり、ライフスタイルの反映だったりするわけです。特にアメリカでは事業者はそのような感覚でいるように思っています。

──LTEはデータトラフィック増対策の1つの選択肢ということですか。

小津:そうです。トラフィック増は、1つのテクノロジーだけではカバーできません。所持している複数のリソースを使ってカバーする。リソースの1つは周波数で、この効率を上げるのがLTEです。もう1つはアンライセンスバンドの利用で、今ならばWi-Fiへのトラフィック迂回ですね。ユーザーは、Wi-Fiはデータ専用だと思っていますが、LTEは音声通信も乗るものだと思っていますので、(キャリアにとっては)そこが大変なところでしょう。

LTEを導入するとなると、今までに経験しなかったことに直面します。これまで、例えば日本での2Gの「PDC」と3Gの「W-CDMA」は、瞬間的にデュアル端末が存在しましたが、基本的には置き換えでした。ところが、「W-CDMAとLTE」「GSMとLTE」などでは、ネットワークは機能的にもエリア的にもオーバーレイする形で構築されていきます。LTEでデータ通信していた直後に、3Gで音声通話をするといったことが当然にできなければなりません。ユーザーが端末のモードを「FOMA」「mova」と手で切り替えていた頃とは違うのです。

ネットワークから見ると、複数のネットワークが協調して動作することを義務付けられるのは、初めての経験になります。アンテナのバーの立ち方1つとっても、複数のネットワークを有機的に結びつけたサービスに見せるのは難しいことです。日本では、こうしたネットワークサービスの詳細は、NTTドコモが一生懸命考えているでしょう。しかし、グローバルでは通信事業者は何も考えていないかもしれない。ベンダーが複数のネットワークを協調して運用する仕組みを提供しなければならないと思います。

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スマートフォン時代でも、普通の端末が主流の現実

──MWCを見ていると、携帯電話はすぐにもスマートフォンに置き換わりそうな印象がありました。

小津:そうですね。MWCを見ていればそう見えるし、流れとしては間違っていないと思います。ショーとしては最も先鋭的なスマートフォンの部分を強調していますからね。ただ、必ずしもそれだけではありません。

ソフトバンクの孫正義社長のキーノートスピーチを聞きました。彼は、日本の高校生の85%はiPhoneに乗り換えるとおっしゃっていた。それは事実だろうけれど、一方でそのようなことが起こっている国はごく一部だということもインフラベンダーとしては考えなければならないのです。実際にはミドルクラス、ローエンドの端末の比率はまだまだ多いわけです。そして、グローバルで見ると、ミドルクラスやローエンド端末のほとんどはGSMのネットワークで動いています。そこで使われているアプリケーションは、「もしもしはいはい」の通話とSMSで、トラフィックなんて実はたいした量ではありません。でも、ここからが重要なところです。

固定電話のサービスを考えると、いまは光に集中しています。技術開発も光だけです。古い技術の機器を新しく作ることはまずありません。しかし、モバイルはGSM、W-CDMA、LTE、LTE-Advanced--という4つのテクノロジーに技術を投入しなければならないのです。LTEをTD-LTEと(FDの)LTEに分けたら、5種類とも言えます。そのうち4つがコマーシャルベースになっていますので、これらに同じだけリソースを投資しなければなりません。

▼GSM、W-CDMA、LTE、LTE-Advancedの4方式に対応した小型基地局
(参考記事:ノキア・シーメンス、オールインワン型の基地局でコスト削減をアピール
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先ほども申し上げたようにGSMの基地局はまだ売れ続けており、安く小さくといった技術開発は続くわけです。ビジネスとしてのボリュームは大きいですからね。どれか1つ(の技術)だけではなく、これらのすべてに投資をして技術を蓄積していることはインフラベンダーのビジネスにとっては重要なことなのです。

──スマートフォンや最先端技術だけを磨けばいいということではないのですね。

小津:そうです。スマートフォンは作るメーカーも増えて、特に今回のMWCではAndroid端末の勢いを感じました。でも多くのスマートフォンは、ハードウエアとして手に持ったときの感触が案外、チープに感じませんか?開けたときの質感、ボタンの押し心地、端末の重厚感、そういった点では、例えばノキアの端末に一日の長があると思います。

ノキアも魅力のあるハードウエアとしての端末を出していけばよいのではないでしょうか。ソフトウェアは関係ない、という割り切りも必要なのかと思います。アップルは端末が毎年1台ぐらいしかないわけでしょう。ノキアならば毎年何十という端末を開発して、展示会となればそれを並べて展示するわけです。それだけの開発リソースを持っているのです。

先ほども申し上げた通り、GSMはまだ盛んに導入されています。減価償却を考えればまだ6年間は残るわけです。その後、W-CDMAに移行することを考えると、あと10数年は3G以下の世界が続きます。LTEに移行するか、どうするのかを考えるのは、世界の多くの国では数年後、あるいは10年後以降のことかもしれません。だから、ショーケースとしてのMWCでは先端技術がさも当然のように展示されていますが、実際に裏で商談が進んでいるのは、GSM基地局だったりするわけです。

日本にいると見えにくいことですが、これがグローバルの実情です。MWCを通じて、日本の皆様にこうしたグローバルのインフラビジネスの実情を知っていただくことにも、大きな意味があると感じています。

──本日はどうもありがとうございました。

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