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震災が加速した社会システムの地殻変動──モバイルクラウドにできること

2011.06.24

Updated by WirelessWire News編集部 on June 24, 2011, 12:01 pm JST

電力が足りなくなる夏にむけて、フレックス・在宅勤務や、あるいは輪番休暇のような「働き方」を変えざるを得なくなりつつある。加えて、今後首都圏・東海地域での大地震の可能性を念頭におくと、長期的な視点で、企業や社会システム全体の再配置が必要になると考えられる。このような時代に、モバイルクラウドは何ができるのか考えてみたい。

日本の声なき慟哭

東日本大震災のインパクト・毀損した日本ブランド

東日本大震災はそのあまりのインパクトの大きさに、頻繁に想定外と言う言葉が使われるほど、確かに我々の通常想定しうる範囲を超える甚大な被害が起こってしまった。地震だけでなく津波によって街が丸ごと飲み込まれてしまった沿岸部には、今も人が寄りつかないままの町もあるという。一方で大きめの町は外部からの支援もあって、徐々にではあるが、復興のフェーズへと移行しつつあるのを実感する。

また、同時に起こってしまった福島原発の被害なども相まって、海外から見た時には、日本が一体どんな状態なのか見当もつかないという解釈をされ、外資系企業や就労ビザでの外国人労働者は一斉に国外へと待避してしまうことになった。一方でそれらはある意味、当該企業や当該国が、有事のための厳格なBCP(Business Continuity Plan)を持ち合わせており、彼らの実行基準に従って判断し、実際に実行した例でもあると言える。日本企業ではあそこまでドラスティックな待避劇はとれない事だろう。

グローバルから見た場合には、市場シェアの高い商品を持つ企業も多い東北エリアの被災により、日本ブランドが毀損してしまったように危惧を抱くと共に、海外の我々のネットワークを通じてそのような指摘も何件ももらっている。ある意味、これまで達成できていた高い競争力が,当面は発揮できない低成長期に入ったという見解もある。いずれにせよ、今後我々は被災地域の復興を考える事はもちろんのこと、いかにしてグローバルに毀損してしまった日本ブランドを再生する事も合わせて矢継ぎ早に検討していかねばならないだろう。

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ライフライン復興におけるモバイル、クラウドの貢献

当初暫くなすすべも無かったように見えたが、復旧期にはICT業界においても様々な取組がなされていた。固定通信回線が破断し、震災直後はもちろんの事、長くネットワークが繋がらない状態が続いていた。接続制限されまた基地局がダメージを受けていながらも、固定ネットワークよりはまだ繋がる、モバイルでのパケット通信ネットワークが、唯一と言って良いほど繋がる貴重なライフラインであった。モバイルデータ通信が重要なラインフラインであるのはもちろん、重要な社会インフラとして既に広く普及し、安否確認などで大いに貢献したと言える。

クラウドインフラベンダーが様々なサービスを無償提供したのも記憶に新しい。インフラサービスだけ、グループウェアのようなSaaSだけをばらばらに提供した場合が多かったことから、それらはユーザー側では利用しづらかったり、そのままでは使えずに組み合わせが必要であるといった指摘を受ける事にも繋がった。残念ながら実際にはあまり多くの方々に使って頂いていないという声がきかれおり、想定されたことであったとはいえ、関係各社にとっては「いくら善意があっても利用されない」という衝撃的な結果となった。

一方で、さまざまな自治体サイトのミラーサイトをクラウド基盤で立ち上げたりするなど、クラウドサービスによって情報発信力を止めることなく、支えることができたという誇るべき事例も多々存在している。これらはクラウド環境の新たな使い方としては印象強い実現像と方向性を示したと言えよう。

その意味では震災前後でクラウドに対するニーズが大きく変わってきたといえる。震災前はコスト削減や新規事業のインフラ中心で有ったのが、震災後はモバイルクラウドへのニーズが顕在化してきている。

▼図1 震災後に大きく変化したモバイルクラウドへのニーズ(※画像をクリックして拡大)
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懸念される電力不足と中長期的な震災リスク

復旧期から復興期にさしかかるにあたり、依然として懸念されるのが電力事情である。東京電力の発電力が全面的に回復するわけもなく、節電生活は個人にとっても企業にとっても当然取り組まねばならない優先順位の高い課題である。しかしながら、今夏を乗り切れば、という直近の話だけでなく、中長期的に考慮すると、日本の電力政策が大きな方向転換を余儀なくされる中においては、この節電状態こそが通常我々が暮らしていく中で当たり前の電力使用レベルであると言っても過言ではない。恒常的に節電レベルでの事業継続性を考慮しなければならないということだ。

更に首都圏、東海エリアでの同様の大規模な地震と、それにともなう津波被害の発生もかなりの確率で起こりうると予想されており、専門家によれば発生時期はそう遠くないとも言われている。起こりうる震災に対して、常に備え続けなければならない時代に突入したのだ。そして本来は昔からこの「備え続ける」ことに対して最も高いレベルで準備されていなければならなかったのだが、準備できていなかった、または認識が甘かったために、ここに来てさまざまな大変化を伴う考え方と実現レベルの抜本的な見直しをせざるを得なくなってきているように思う。しかも、今後数十年で人口が減りゆく中での投資最適化という制約条件も勘案しなければならないという前提付きである。非常に難易度の高い意思決定が求められる。

起き始めた社会システムの地殻変動

本社機能と組織の移転

震災後、本社機能を関西エリアに移管した企業が出たように、企業が持つ様々な機能を首都圏以外にも分散させた方がよいのではないか、という議論が巻き起こっている。そしてこれは企業だけの話ではなく、社会システム全般にも言える話だ。行政の意志決定機能やサービスなどが首都圏に集約されすぎているため、いざという時には混乱する事が想定されることから、いかにそれらを回避してスムーズな事業継続性、サービス継続性を担保するのかということが真剣に議論されるようになってきた。

企業や行政の持つリソースをノードに見立ててネットワークトポロジで捉えた場合、現在の姿は中央に高度に集約されたスター型ネットワークの様相を呈していると表現できる。

▼図2 トポロジの変化(※画像をクリックして拡大)
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これは中央の機能がダメージを受けると指示命令機能、分配機能、リソースコントロール機能が完全に止まってしまうというリスクがあり、平時は効率的であっても有事に対しては極めて脆弱なネットワークシステムであると言って良いだろう。

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スター型からメッシュ型分散ネットワークへ

前述のような捉え方で対比すると、今後はこれまでのようなスター型ネットワーク構造の社会システムから、地方や複数拠点へもリソースを分散配分し、事業やサービスの継続性を担保するためのメッシュ型ネットワーク構造の社会システムへ、大いなるリソース配置とそれらを結合するネットワークトポロジの大転換が起こることが想定される。

そして、今後人口が減りゆく中においては、それらの変化に対してゼロからネットワークや社会システムを打ち直し、再配置する事に対しては投下資本に対するリターンが妥当性あるものになるかどうか、甚だ疑問なのも確かだ。すなわち、それぞれの地方都市や自治体が持つ本来のリソースと共に地方への拠点分散を考える企業のリソースとをうまく組み合わせて再配置を行うという難易度の高いメッシュ型ネットワークの社会システムを構築することが求められるだろう。

電力についても「一元集約した場所で高効率に原子力発電でまかなう」という考え方から、「分散配置した自然エネルギー発電でまかなう」という考え方が出てきているのもまさにこの考え方が適用されていることに他ならない。

データセンターの配置についても、首都圏に集中するのが日本の特徴で、データセンターに駆けつける事ができることがメリットとされてきたが、膨大な電力を消費するデータセンターを首都圏集中させる考え方から、今回の震災と、連鎖的に発生した停電リスクを教訓に、地方の複数拠点に、場合によってはそのまま海外のデータセンターに分散配置することこそが、事業継続性に対して本当に優位性あるシステムだと考えられるようになってきた。

さらに企業の人員についても、本社に一極集中するよりも、テレワークを導入することで自宅での作業を容易にしたり、外出先で作業することをも許容しなければならないのではないかという、テレワーク推進の議論が再び脚光を浴びている。いずれもリソースを分散配置する方向に他ならない。

▼図3 リソースの分散配置傾向(※画像をクリックして拡大)
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クラウドと電力の奇妙な逆行現象

奇妙な事に、前述のようなことを考え始めると、大きな逆行現象に気がつく。かつては発電所の一元集約を例にクラウドコンピューティングも電力のようなユーティリティとなるために、データセンターに一元集約されるのだ、と説得するのが慣例であった。

しかし今や、電力は分散化傾向にあり、クラウドについては大局的に見ればコンピューティングパワーがデータセンターに集約される傾向にあるものの、そのデータセンター事態は分散配置しなければリスク回避できない、ということだ。数十年というフェーズのズレでそれぞれが逆行するトレンドに乗っているだけに、今後は双方が関係するスマートグリッドの動向なども合わせて継続的に注視していく必要がある。

モバイルクラウドに何ができるか

モバイルクラウドの特徴

そんな時代において、前述のように分断される恐れのある固定ネットワークに対してモバイルのネットワークでモバイルの多様なデバイスを活用して、クラウド上の様々なサービスを活用するという「モバイルクラウド」のコンセプト、ビジネスモデルが最近注目を浴びている。

その理由は、登場し始めた様々なデバイスが、パソコンとは異なり、全てをデバイス上で処理できるわけでなく、クラウドとリソースを分け合いながら、相互のデメリットを相互補完するような使われ方をすることが多くなってきているからに他ならない。大量のデータ処理やアプリケーションのマッシュアップなどはクラウド上で実現し、ユーザーインタフェースの拡充やモビリティの提供はモバイルデバイス側で提供する事がモバイルクラウドの最も典型的な構築イメージだ。

▼図4 モバイルクラウドの実現像(※画像をクリックして拡大)
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必要とされるモバイルクラウド

このようなモバイルクラウドが最も貢献できるのは、ワークスタイルの多様性に対する柔軟な環境の提供に集約されると言って良い。震災発生直後には安否確認やモバイルネットワークによるメールやグループウェアの確認が出来るし、復旧段階においては自宅待機や避難所での生活において、会社に出社しなくても作業が出来る環境を提供できる。更に前段で述べてきたようなトポロジーが頻繁に変化するワークスタイルであっても、モバイルでのネットワーク接続を前提とすれば、物理的なコネクションや制約に振り回されることがない。これは当然のようでいてワークスタイルの多様性、ビジネスの多様性についてスピードと効率性の観点で大きなメリットがある。

ここまででいえば単なるモバイルソリューションなのだが、クラウドと組み合わせることで、アプリケーションを企業内に持つ必要がなく、それが故に社屋が倒壊したり津波の被害に遭ったとしても、そこにデータとアプリケーションが存在するわけではないので、迅速に業務を復旧し、事業継続が可能になる。

加えて、サーバー類のセットアップや運用などは全てデータセンター内のクラウド事業者側の作業なので、企業側で情報システム部門のリソースが被害にあっていたとしても、クラウド事業者側でシステム運用を担保してくれる。更にはモバイルデバイスを企業環境に繋ぐ際に問題となり得る、法人と個人とのプロファイル切り替えの問題をクラウド側でコントロールし、アクセスの集中する震災時や出退勤時にもスムーズな切替が提供される。

モバイルクラウドはまだ導入の緒に就いたばかりであり、今回の震災を実現レベルでの契機として、今後様々な企業での先進的活用事例が求められるため、大いに期待したい。

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八子 知礼(やこ・とものり)

松下電工株式会社(現パナソニック電工株式会社)、外資系コンサルティング会社等を経て現在に至る。通信、ハイテク、メディア業界において、新規事業戦略立案、CRM/顧客戦略、マーケティング戦略、バリューチェーン再編を中心としたプロジェクトを多数手掛けている。

日経BP社のWebサイトITproに「八子・モバイルクラウド研究所」連載、週間BCNに隔月で「視点」連載中。著書に「図解クラウド早わかり」、共著書「図解 ロジスティクスマネジメント」があるほか、日経コンピュータ、日経コミュニケーションなどに寄稿、講演多数。新世代M2Mコンソーシアム理事、CUPA(クラウド利用促進機構)アドバイザーを務める。


ワークスタイル/トポロジーを変えるモバイルクラウド

文・八子 知礼(デロイトトーマツコンサルティング 執行役員パートナー)

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