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変換効率75%、量子ドットが実現する究極の太陽電池

2011.07.25

Updated by WirelessWire News編集部 on July 25, 2011, 16:00 pm JST

自然再生可能エネルギーへの関心が高まり、太陽電池の開発競争も激しさを増してきた。現在主流となっているシリコン系太陽電池は理論的な変換効率の上限が約30%といわれており、次世代の太陽電池技術が模索されている。中でも、1982年に東京大学 荒川泰彦教授らが提唱した「量子ドット」を用いた太陽電池は、理論的な変換効率が63%という究極の太陽電池として期待されてきた。そして2011年4月、同じ荒川教授らとシャープの研究チームは、従来よりもさらに高い、75%の変換効率を実現できる可能性を示した。夢の太陽電池はどこまで現実に近づいたのか。研究の現状について、荒川教授にうかがった。

▼東京大学 荒川研が試作した量子ドット太陽電池。
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光を無駄なく吸収できる量子ドット

──理論的な変換効率が75%の太陽電池を実現できる可能性について発表されました。シリコン系太陽電池では、理論的な最大効率が30%程度と言われますから2倍以上です。そもそもシリコン系太陽電池ではどうして変換効率を上げることができないのでしょう?

太陽電池では、半導体に光が当たると、エネルギーの低い価電子帯と呼ばれる軌道群にある電子が、エネルギーのより高い伝導帯と呼ばれる軌道群へと移ることができます。これが電圧差を生み、電力を取り出せるわけです。価電子帯と伝導帯のエネルギーの差は半導体の種類により決まっており、これを「バンドギャップ」といいます。

光は波と粒子の2つの性質を併せ持っており、粒子の性質が顕わになるときは光子と呼ばれます。この光子が持つエネルギーの高さは波長によって異なっており、シリコン系太陽電池では(波長の短い)青や緑の光を受け取って、価電子帯にいる電子をエネルギーの高い伝導帯に押し上げることができます。しかし、(波長の長い)赤の光は電子を伝導帯に押し上げるにはエネルギーが足りず、吸収できません。また、高いエネルギーを持っている青い光を受けた場合にも、外部に取り出すことのできるエネルギーはバンドギャップの分だけで、残りは熱に変わって逃げてしまいます。

バンドギャップの小さい半導体を使えば、低いエネルギーの光も吸収できますから、価電子帯から伝導帯に移る電子の数、すなわち電流は増やすことができます。しかし、バンドギャップが小さいということは電圧が低くなることですから、十分な電力を取り出せません(電力=電圧×電流であるため)。

▼従来の単接合太陽電池では、バンドギャップよりもエネルギーの低い光は吸収できなかった。また、エネルギーの高い光についても、余剰のエネルギーが熱となって失われていた。
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低いエネルギーの光を吸収できないこと、高いエネルギーの光を吸収する際にムダが出ること。この2つが太陽電池の変換効率が上がらない大きな原因です。量子ドットを利用することで、この2つの課題を解決できます。

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──量子ドットとはいったいどのようなものでしょう?

量子ドットとは、1982年に私どもが提唱した、10nm(ナノメートル)程度の粒子で、電子を閉じ込める箱の役割を果たします。

▼量子ドットの電子顕微鏡写真。1つの量子ドットは1万個程度の原子で構成され、人工的な原子「人工原子」として振る舞う。
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電子の本質は波です。例えば、管楽器の大きさを調整して、音の波長を半分にできれば1オクターブ高い音を出すことができます。同様に、量子ドットの大きさを変えることで、電子のエネルギー準位(ナノスケールにおいては、粒子が持つエネルギーは飛び飛びの値を取り、これをエネルギー準位という)も変わります。

私たちが研究している量子ドット太陽電池の1つ、「中間バンド型太陽電池」はこの現象を利用します。つまり、量子ドットを導入することで、バンドギャップの中に中間バンドができることになるわけです。これによって、バンドギャップ未満の光でも吸収できるようになります。

▼バンドギャップは半導体によって決まっている(左)。量子ドットを埋め込むと、普通のバンドギャップの中に中間バンドが形成される。
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また、量子ドット同士が隣接していると、そこに閉じ込められた電子は、量子力学のトンネル効果によって、量子ドット間を移動できます。従来の半導体では、電子が移動できるのは、(バンドギャップの両端にある)伝導帯、価電子帯だけでした。ところがトンネル効果によって、中間バンドについても電子の移動できる「ミニバンド」が形成され、より効率的に電気を取り出せるようになります。

さらに、光を複数のバンドギャップで分割して吸収できるため、熱として失われていたエネルギーのロスを減らすことができます。

▼中間バンドを作ることで、これまで吸収できなかった波長の光も使えるようになる。
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タンデム型太陽電池と同様の機能を1つの膜で実現

──今回の発表では、理論的な変換効率が63%から75%へと大幅に向上しました。どのようなブレークスルーがあったのですか?

先ほど、管楽器の比喩で中間バンドが形成されることを説明しました。きちんと管の設計がなされていれば、波長を半分にして1オクターブ高い音が出すことができます。さらに、管楽器は1オクターブ高い音を出すだけでなく、さまざまな音階を出せます。

量子ドットでも、大きさと形状を制御することで複数の中間バンドを作り出せるとわかり、今回の発表につながりました。

レンズで太陽光を集光した場合、従来の中間バンド型太陽電池の理論的変換効率は最大で63%(集光なしでは47%)でしたが、中間バンドが4つになると最大75%(集光なしでは57%)になると予測されます。中間バンドをさらに増やせば80%も達成できます。

量子ドットの大きさと形状を制御するだけで、中間バンドの数や位置を変えられる。これにより、今まで取り出せなかったさまざまな周波数の光を、電圧を保ちながら利用できるようになるというのは大きな発見です。

▼従来の中間バンド型太陽電池は、1つの中間バンドをしか持てなかった。
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▼量子ドットのサイズや位置を制御することで、複数の中間バンドができることがわかった。
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──異なる波長に対応した太陽電池を組み合わせたタンデム型太陽電池がありますが、量子ドット型太陽電池はこれと同じ働きをすると考えればよいのでしょうか?

そういうことです。タンデム型の場合は、複数の太陽電池を接合しますから、コストは(単接合の太陽電池に比べて)2桁ほど高くなると言われます。しかし、量子ドット太陽電池は、1種類の膜で異なる波長に対応できるため、コストは数倍程度ですむでしょう。

──量子ドット太陽電池の外見は、どうなるのでしょう?

見かけはシリコン系太陽電池とほとんど変わりません。たんに、膜の中に量子ドットがちりばめられているというだけです。

──量子ドット太陽電池は、どういう材質でできているのでしょうか?

現在のところ、ガリウム-ヒ素とインジウム-ヒ素を用い、MBE(Molecular Beam Epitaxy)やMOVCD(Metal Organic Vapor Chemical Deposition)という薄膜結晶成長技術で作成しています。テーブルの上に水を撒くと表面張力によって水滴ができますが、これと似た現象を応用して量子ドットを作ります。

▼中央と右に見える装置は、MBEシステム。分子線(一定方向に走る中性分子の流れ)を照射することで、基板となる結晶上に別の結晶を成長させる。
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──インジウムはレアメタルですが、大丈夫でしょうか?

現在は、インジウムを使っていますが、最適な材料にはまだ模索しているところです。将来的にはシリコンを使える可能性もありそうです。青色レーザーで有名な窒化物半導体系も将来有望な材料になると考えています。

量子ドットはまだ研究途上の技術で、最適な中間バンドを導ける量子ドットの形状制御、位置精度、そして最適な材料の組み合わせという3要素が欠かせません。ミニバンドで電子や正孔がスムーズに流れるようにするためには、量子ドットがきれいに揃っている必要があり、それが実現できるようになるにはあと10年くらいはかかると思います。

制御技術と材料技術を確立できれば、量産化はそれほど難しくないでしょう。塗布型のプロセスで量子ドット太陽電池を作れる可能性もあります。

──量子ドット太陽電池の試作品はどのくらいの性能が出ていますか?

今のところ、実験室で変換効率は16%くらい出ています。ただし、中間バンドの性質がきちんと出ているわけではなく、まだまだこれからですね。

──最近は、有機薄膜太陽電池をプリンタで安価に製造する手法も登場してきました。

屋内などで使うなら、安価で柔軟性の高い有機薄膜太陽電池を使うのがよいでしょうが、変換効率はどうしても悪くなります。ちなみに、有機材料を使って量子ドットを作成することも考えられなくはないですが、高い精度で量子ドットを作るのは難しそうです。

やはり屋根の上に設置するのであれば、耐久性の高い太陽電池が必要になります。シリコン系にしろ量子ドット太陽電池にしろ耐久性は高く、壊れるのは電極やシーリングくらいですから。

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量子ドットによって、レーザー発振の低消費電力化も進む

──太陽電池以外での量子ドットの応用について教えていただけますか?

量子ドットの応用分野は大きく分けて3つあります。

1つは、ここまでお話しした太陽電池を始めとするエネルギー分野です。もう1つが量子コンピュータですが、これはまだどうなるかよくわかりません。

一番実用化が進んでいるのはレーザーで、通信用レーザーについては昨年辺りから製品が市場に出始めています。量子ドットを利用することで、閾値電流を下げられますし、温度が上がってもほとんど閾値が変わりません。つまり、従来よりも大幅に省エネになるということです。将来、全ての半導体レーザーが量子ドットレーザーに置き換わる時代が来ると確信しています。

今後、コンピュータの分野では光通信が広く使われるようになっていくはずですが、レーザー発振の電力消費を減らせれば、冷却の電力も減らせますし、全体の省エネにつながるでしょう。通信用以外にも、加工用の高出力レーザーの低消費電力化も行えます。

今回発表したのは太陽電池についてですが、中間バンドの技術はレーザーなどの分野にもフィードバックされていくでしょう。

──荒川教授が量子ドットを発表されたのが1982年。それから30年近くかかって、太陽電池での実用化にまた一歩近づきました。

量子ドットなんてものが本当にできるのか、昔はみんな怪しんでいましたね(笑)。

エネルギーというのはテーマとして骨太感がありますから、こうした分野で貢献できるというのは研究者としてうれしく思います。

201107251600-9.jpg荒川 泰彦(あらかわ やすひこ)
1980年東京大学大学院修了。同年東京大学講師、1981年同助教授、1993年同教授。現在、東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構長、東京大学生産技術研究教授。日本学術会議会員(21,22期)やInternational Commission for Optics(ICO)の副会長等を務めると共に、政府系審議会委員等を歴任。紫綬褒章、江崎玲於奈賞、藤原賞、Welker賞、IEEE David Sarnoff賞、OSA Nick Holonyak, Jr賞をはじめ、多くの賞を受賞している。

通信と電力

文・山路 達也(編集者・ライター)

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