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iPadと「破壊的イノベーションからの脅威」について - Asymco

2011.09.05

Updated by on September 5, 2011, 17:04 pm JST

価格や機能その他の点でローエンドの「破壊的イノベーション」(disruption)が自分(たち)の扱う製品やサービスに脅威を与えるというのは、どんなビジネスパーソンにとっても心配のタネだろう。破壊的イノベーションは、経済成長のもっとも重要な源泉のひとつであり、これまでに莫大な富を生み出してきた。

たとえば、アップル(Apple)はミニコンピュータ(ミニコン)の全盛時に、それらとは比べものにならないほど安い価格でパソコンを発売し、ミニコンの市場を破壊したイノベーターだった。トヨタも市場参入時には、複数の「安価」なクルマを提供していた。ピクサー(Pixar)は、それまでの(人間が出演する)アクション映画に比べてはるかに少ない予算で製作したアニメーションを大ヒットさせた。グーグル(Google)は十分使い物になるレベルの機能を持った生産性ソフトを無料で提供している。そして、マイクロソフト(Microsoft)はローエンドの企業向けソフトウェアを破格の値段で提供し、その基盤の上に同社のビジネス全体を築いた。[注]

こうした新規参入者はいずれも大きな利益を手にしたが、そのなかには市場で既得権を手にしていた競合相手が犠牲になった例も多かった。破壊的イノベーションが現れた市場は全体のパイも拡大するが、同時に多くの価値(value)が先行する競合相手から新規参入者の手に移る。

そうした理由から、iPadのような新しい(ジャンルの)製品について、ローエンドの破壊的イノベーションに対する弱さを詳しく調べようとする動きがあっても、とくに意外なことではない。Forbesのブライアン・コウフィールド(Brian Caufield)記者はそのブログ記事「Why The Undead $99 TouchPad Might Portend The iPad's Doom>」のなかで「99ドルのタブレット端末が及ぼし得る影響を考えると、アップルのiPadには未来があるのか」と疑問を呈しているが、これもそうした動きのひとつといえる。

ただし、ここで本当に考えなくてはならないのは、アマゾンのような企業から出てくる可能性のある超低価格のタブレットのことではない。ハードウェア提供に付随するコンテンツの販売やユーザーの行動データの活用で、アマゾンなら最終的に利益を出せるという点がよく言われるが、そうしたビジネスモデルはすでにゲーム端末の分野では当たり前で、結局のところ「ひげ剃りをただで配り、替え刃で儲ける」という古典的なやり方の一例にすぎない。

「アマゾンのような企業はなぜタブレットをこうした売り方で提供しないのか」。この疑問への答えは、単純に「そろばん勘定が合わない」からでなはい。単に損益の問題なら、たとえ現時点は無理でも、いつかうまく合うになるかもしれない。

上記の疑問に対する本当の答えは、「iPadにはまだ改善の余地がたくさんあるから」というものだ。

破壊的イノベーションが市場にインパクトを与えるのは、その市場で「過剰な製品開発」が進んでいる時である。低価格や便利さ、カスタマイズ性など、新たな切り口で戦うことは、支配的な製品の性能が競争の進行にともなって十分すぎるレベルにまで達した時にこそ意味がある。ローエンドのイノベーションが市場を破壊した例をすべて調べてみれば、先行した競合相手がより高付加価値の市場に目を向け続け、主流の顧客からの要求や期待を超えるレベルになってもさらに製品の機能を向上させ続けていたことがわかるだろう。

iPadに競合製品が付け入るための弱みが生じるには、まずiPad自体の性能が主流ユーザーのニーズをはるかに超えるレベルになっていなくてはならない。そこで次に問題になるのは、現在のiPadがどんなニーズに応えているかという点。もしそのニーズが読書(電子書籍リーダー)としてのものなら、すでに十分以上のレベルにあるといえるかもしれない。また「ノートPCの代替マシン」ということであれば、まだ十分とはほど遠いことは間違いない。いまのところ、iPadに対する不満でもっとも多いのは「ひ弱すぎる」というもので、「過剰な機能がついて全体が肥大化している」「どんな問題の解決に役立つのかわからないほどとても複雑なソリューションが含まれる」などといった点は買い手の懸念事項になってはいない。

このことから、現在のiPadに「付けいるだけの弱み」があるかどうかは簡単にわかる。コンピュータを使って処理する主なタスクを片付けるには、いまのiPadは痛々しいほど不十分だからだ。

そして、消費者はこれからもより高い機能を求め続け、新しいモデルが出るたびにためらいなく買い換えを続けることになる。この息つく暇もないアップグレードのパターンは、ある製品が買い手にとって意味のある機能改善の曲線を駆け上がっていることを示すものといえる。

そこで、iPadの新しいモデルが出た際に「うわべだけだけの変更」「スペック過剰」「バッテリーの持ちがよすぎる」「画面サイズが大きすぎる」「内蔵メモリー量もプロセッサの動作スピードも無線通信速度も必要以上」と買い手が思うようになるまでは、iPadはローエンドからの脅威に怯える必要はないといえる。

[注]
破壊的イノベーションで大成功を収めたその他の著名な例としては、ウォルマート(Wal-Mart)、GEキャピタル(GE Capital)、トイザらス(Toys 'r Us)、サン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)、デル(Dell)、現代自動車(Hyundai)、MySQL、アマゾン(Amazon)、ビザ(Visa)、エンブラエル(Embraer : ブラジルの航空機メーカー)、イートレード(E-trade)、メイシーズ(Macy's)、サーキット・シティ(Circuit City)、ホーム・デポ(Home Depot)、ヤフー・トラベル(Yahoo Travel)などがある。

[訳者注]
ホレス・デディウ氏がハーバード・ビジネス・スクール在学時に、『イノベーションのジレンマ』("Innovator's Dilemma")を著書にもつレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授の教えを受けていたことを踏まえ、ここでは"disruption"に「破壊的イノベーション」という訳語をあてた。

(執筆:Horace Dediu / 抄訳:三国大洋)

【原文】
The case for the iPad's future

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