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モバイルヘルス2011報告(後編):人体通信とバイオセンサー

2011.09.02

Updated by Yuko Nonoshita on September 2, 2011, 11:30 am JST

8月27日に東京品川のコクヨホールにて、ITヘルスケア学会「移動体通信端末の医療応用に関する分科会」主宰で開催された開催されたシンポジウム『モバイルヘルス2011』を3回に分けてご紹介する。今回は最後となる後編として「人体通信とバイオセンサー」をお送りする。医療・ヘルスケア分野では、業界以外の専門技術との連携も進められており、まるでSFのような技術が実用化されようとしている。

触れるだけで体温や心電図が計測できる人体通信

▼調査によると心不全は座る行為で起こりやすく、イスや便座で検査できれば救命につなげられる可能性もあるそうだ
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人体通信という人の体を体内にある電気や電波を利用してワイヤレスにデータを送受信する技術がある。株式会社アンプレットの根日屋英之氏は、この人体通信技術を医療分野と融合する研究を、東京大学医学部附属病院の22世紀医療センターと協力して数年前から行っている。目指しているのは、日常生活で意識することなく、血圧や脈拍などの健康データを毎日定期的に計測できるようにすること。当初は、人工補助心臓に有線でつながっている重症の心不全患者が、イスや便座に腰掛けるなど自然なアクションで体調をモニタリングできるようにするのが目的だった。収集するデータのサイズは小さいため、人とセンサーの間を人体通信でワイヤレスで可能になる。

人体通信の方式は大きく3つある。1.人体と直接ふれてつなぐ「電流方式人体通信」、2.オーラのように人体から放出されている電波を使う「電界方式人体通信」、3.超音波を使う「弾性波方式」で、他には肉伝導がある。東大病院では電流方式人体通信を使って、薬瓶の上に手をかざすと手元にある端末に名前などが表示されるシステムを開発している。実用化は簡単だが利便性を高めるため、端末を腕時計型にするなどの研究を進めている。電界方式人体通信については、イスや車いすに座るだけで生体モニタリングできるシステムを実験している、周囲のノイズを拾ったり、近くにいる人の生体データも拾ってしまうなど、まだまだ課題が残るところだが、実用化が進めば、ベッドに寝ている患者に看護師が触れるだけで検診ができるようになる。

▼検査の道具を使わなくても触れるだけで検診ができる時代がやってるくるかもしれない
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医療現場以外の応用も平行して進められており、たとえば車のハンドルを握っただけで脈拍を測って、スピードのコントロールしたり心停止などの不慮の事故で速やかに車を自動停止して、事故を防ぐといった研究もある。心電図については波長に個性があって、IDとしても使える可能性があり、それによって医療ミスや誤診を防ぐなどにも使えるかもしれないとしている。

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生物の持つ高度な機能を応用するバイオセンサー

▼生物が持つ機能を応用したバイオセンサーはすでに実用化が始まっている
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生物の持つ独自の生体機能や酵素などをセンサーに応用するバイオセンサーは医療にも応用しやすく、またサイズが小さいことからモバイル端末と連携も可能性が高いとされている。バイオセンサーの研究を行っている大阪大学大学院工学研究科応用物理学教室の民谷栄一教授によると、生物のバイオセンサーは優秀で、バイオ由来の素子の実用化も進んでいるという。たとえば、患者自身が使える血糖値センサーや妊娠診断などがあり、センシングの対象も応用分やもどんどん拡がっている。身近なところでは、健康管理や食の安全、環境のモニタリングも可能になるという。ナノテクを応用したバイオセンサー技術はすでに多数登場し、研究も進んでいる。小さく人体に直接触れても安全性が高いので、コンタクトレンズ型や口に入れておくようなセンサーも開発されているそうだ。

医療での応用例として紹介されたがんや糖尿の診断チップは、小型印刷電極を使ったバイオセンサーで、コインより小さいサイズでありながら、遺伝子やたんぱく質の検査にも使える高機能のものもある。印刷して量産、使い捨てできるのがポイントで、コストを下げれば食べ物の検査などにも手軽に使えるようになり、調理の現場でサルモネラ菌の有無が判定できるといった可能性も出てくる。インフルエンザウィルスの検出を迅速に行うキットの実用化が進められているが、携帯性が高く、バックに入れてどこでも持っていけるのが特徴だ。

▼バイオセンサーは印刷電極チップとして大量生産が可能なことから実用範囲が拡がると期待されている
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バイオセンサーは手軽だが扱えるデータ容量は少ないため、センシングの考え方としては、何か異常があった場合にアラートを鳴らすというような使い方になる。そのため、体のあちこちにセンサーが付けられていても気付かず、日常生活に影響しないことが大切となる。検査と意識せず、歩きながらでも検査できるので、データもより実生活に近い状態で得られるのもポイントだ。さらにそうして得られた情報をスマートフォンなどに送受信できれば、体調管理もしやすくなる。軽度の糖尿病を改善するぐらいの効果は期待されており、近いうちに様々な情報を管理できるようになるかもしれないとしている。

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新しい医療技術に合わせたガイドラインの整備が不可欠

こうした医療とICTの融合が進む中で忘れてならないのが法律の存在だ。前述のバイオセンサーの場合は薬事法の医療機器の問題がからみ、ISOの規制対象になる可能性もある。また、薬事法の解釈がからむなど複雑化する場合もあり、医療関連を得意とするフェアネス法律事務所からは一つの見解として、今後の議論や法律の適用などに現場も注目してほしいとアドバイスしている。たとえば、新しい診療行為が導入された場合、そこでの法律は今まであるものから適用されるが、事故があった場合など判断をすぐに行うことは難しく、結論も一つとは限らない。状況に合わせて新しく立法を行ったり、業界からの通達を待つこともできるが、時間がかかる上に解決法にならない場合も出てくる。

大切なのは、医者や研究者、専門家、市民が集まってガイドラインを作成するための議論を行うこと。同じ意見を持つ人だけ集まると極端な方向に話が進むので、意見はいろいろあったほうが良く、それも無理に一つにまとめる必要はない。むしろ状況に合わせてどんどん進化して淘汰できるような仕組みにするのが望ましいとしている。ガイドラインが出来てから法律を解釈し、適切な方向へ向かっていくことが大切になる。

こうしたガイドラインの議論もインターネットなどを使って公開し、参加できやすくなれば、より良い方向へ向かう可能性が出てくる。本イベントを主催するITヘルスケア学会からも、関連する様々な業界に向けて多くの情報や意見を提案していくとしており、今後の活動にも注目したいところである。

【関連URL】
モバイルヘルスシンポジウム

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。