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「HTML」この4文字が通信業界で話題になるのは、i-modeが始まり、cHTMLとWAPとの間で戦いが繰り広げられた2000年前後以来のことではないだろうか。あれから10年、独自の進化を遂げたフィーチャーフォンが普及する日本のみならず、世界中でスマートフォンが利用されるようになり、フルスペックのHTMLコンテンツが無線網で利用されることは一般的なこととなった。

アップルがFlashを搭載しないという決断が、スマートフォン向けコンテンツ制作の現場にHTML5採用を促す大きな要因となったことは間違いない。しかし、HTML5は単に「すべてのスマホで利用可能なコンテンツを作れる技術仕様」として捉えるならば、それは本質を大きく読み違えることとなる。HTML5は、「ウェブというレイヤの担う役割を拡大させる」という点で、あらゆるIT業界のステークホルダーに対し、ビジネスモデルの変革を迫る爆弾であると認識すべきだろう。

HTML5の原型は、WHATWG(Web Hypertext Application Technology Working Group)によって提唱されたWebapplication 1.0とWebforms2.0という規格である。これらの規格名からもわかるように、HTML5の最大の特徴はウェブを静的なドキュメントの共有インフラから、アプリケーションの実行環境へと進化させるという点である。フィーチャーフォンにもアプリ、つまりJavaやBREWで動作するインタラクティブコンテンツは存在したが、基本的にソースをダウンロードし、端末で実行するものであった。ところが、ウェブアプリケーションは、コードの実行も、データの生成も、すべてウェブサーバの中で完結する。処理されたデータはリアルタイムでプッシュされてくる上に、オフライン時の処理はいったんブラウザの記憶領域に保存され、オンラインになったタイミングでサーバとのトランザクションがはじまるのである。

ウェブというインフラがアプリケーションの実行環境になったということは、インタラクティブなサービスを提供するのにネイティブOSへの依存度が低下するということである。これは、クラウドコンピューティングというコンセプトに親和性が高い一方で、ネイティブOSというレイヤを競争力の源泉としてきたプレイヤーにとっては痛手となる。2000年代後半は、クラウドが一般化する過程の中で、ネイティブOS(を擁するソフトウェア企業=マイクロソフト)とウェブ(へのゲートウェイたるウェブブラウザ開発企業=グーグルなど)との間で、熾烈な主導権闘いが行われてきたのである。

そしてこの戦いに思わぬ形で巻き込まれてしまったのがアドビといえるだろう。ウェブアプリケーションの実行環境というHTML5のコンセプトは、下位レイヤのネイティブOSの役目をウェブに奪ってくることを主眼に置いていた。ところが、スティーブ・ジョブズのiOSのブラウザからFlashを排除するという宣言により、戦線は上位のレイヤにまで拡大した。つまり、ウェブレイヤ(ないしはブラウザ単体の役割)を拡大することにより、アドオンというレイヤを排除する形となったのである。その結果HTML5の浸透は、主な収益源は異なるレイヤに求めているとはいえ、自社開発のブラウザを擁するグーグル、アップルが自らのビジネスモデルを強化させる結果となっている。ただし、今のところはであるが。

今のところ、としたのはこの二社がスマートフォンのOS、そしてアプリケーションマーケットを抑えていることが競争力の源泉となっている点があるからである。ウェブアプリケーションで実現できる内容が増えてくれば、アプリマーケットを回避して、ブラウザ経由で直接サービスを提供するということも可能となる。このような正面突破戦術をとったのがFacebookである。Facebookはもともとスマホ/タブレット向けにアプリを提供してきたが、2011年10月にウェブサイトを全面更新し、ブラウザ経由でインタラクティブなUXを利用できるようにした。FacebookはZyngaとともにWorld Wide Web Consortium(W3C)に新規入会してウェブ標準への関与を深めるとともに、決済など自社独自のサービス提供領域を拡張しようとしている。

ここまで見てきた通りHTML5の登場は、ウェブというレイヤの役割を拡張させることで、ネットワークインフラを基盤にして構築されたエコシステムの構造を変革する主導権争いという意味合いを持つ。HTML5の策定プロセスは現状道半ばであり、HTML5ならびにウェブ標準策定プロセスへの関与を通じてエコシステムの再構築に影響をおよぼすことが、情報通信ビジネスでプレゼンスを維持する唯一の方法なのである。

2012 通信業界のキーワード

 
文・深見 嘉明(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、SFC研究所次世代Web応用技術ラボ(AWA Lab.)メンバー)

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