2011年7月、米ベライゾンワイヤレスが、スマートフォン向けの定額制データ通信プランを廃止し、従量課金制に移行した。競合のAT&Tもすでに定額制をギブアップしており、米国ではスマートフォンの定額制は事実上崩壊した格好である。
ベライゾンの新しいプランは、2GBまでは月額30ドル、5GBまでは50ドル、10GBまでは80ドルで、それぞれ10GBを超えるごとにさらに10ドルが加算される。同プランの導入当初、AT&Tは2GBで25ドル、Tモバイルは2GBで40ドルと設定されており、このあたりが相場ということになる。
単純に考えれば、利用者からの反発も招きかねない施策だが、それに踏み切らざるを得なかったのは、ベライゾン自身も認めるように従量制導入が「今後のトラフィック上昇に備えた当面の抑制策」となるからだ。すなわち、そうでもしないと彼らのインフラでは通信需要を捌ききれない、ということである。
なにしろ従量制では、利用者はネット利用に自覚的にならざるを得ない。闇雲に大きな添付ファイルの送受信は避けるようになるし、空き時間に動画を眺めてぼんやり過ごす、という使い方もできない。となると自ずと、「つなぎっぱなし」という状況にはなりにくくなる。通信事業者の狙いは、まずはそこにあるだろう。
一方、従量制導入の際には、LTEへの移行費用を利用者に一部転嫁しているのではないか、との声も(日米両方で)挙がった。ただ、通信事業者にとって規格選定と設備投資は、正しく雌雄を分ける生命線であり、またその寿命や償却期間を考えれば、資本管理そのものである。そう考えれば、設備投資のために目先の収支を調整するということは、ファイナンス上の副次的な効果はさておき、現実には考えにくい。
従量制導入による便益も、なくはない。定額制という「どんぶり勘定」から、パケット単価の精査等が必要となる従量制の導入により、より細かな料金プランやマーケティング施策の強化に資する可能性がある。実際、端末やサービスとバンドルした料金プランは、すでにあちこちで顕在化しはじめている。
気になるのは、日本への波及である。上記のような説明だと、日米に状況の差はほとんどないように読める。となれば、スマートフォンの普及が拡大する日本においても、従量制導入は不可避のように思える。
ただ、そう単純な話ではない。まずもって日本では家庭でのブロードバンド環境が普及していることもあり、「通信は定額」という消費者の意識が米国以上に浸透している。こうした中での従量制導入が容易でないことは、NTTドコモのLTEサービス"Xi"が今秋、従量制から定額キャップ制(一定利用以上で帯域制限を設ける)の料金プランに変更したことからもうかがえる。
また、米国に比べてインフラの品質が総じて高い日本の通信事業者には、まだトラフィックの拡大に耐えられる余力があるとも言える。もちろん都市部における基地局の容量不足、つまり端末利用(=需要)が基地局1基に対して収容できる接続数(=供給)を上回っている状況だが、とはいえすぐにパンクするというわけではない。
また日本の通信事業者は、パケット定額制に(ある意味で)あぐらをかいてきたため、パケット単価の見直し等を行っておらず、現状のままで従量制導入を進めるわけにはいかない。となるとデータARPU全体にどのような影響が及ぶか、綿密なシミュレーションが必要だろう。
こうした状況を踏まえつつ、Wi-Fiオフロード環境の整備を通信事業者が進めていることを考えると、日本では当面「定額キャップ制+Wi-Fiオフロード」による、利用者負担増加の小さな料金プランで、モバイル・ブロードバンド利用環境と顧客満足の調整を進めていくように思える。
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登録はこちら株式会社企(くわだて)代表。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)在学中からインターネットビジネスの企画設計を手がける。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、次世代技術推進、国内外の政策調査・推進プロジェクトに従事。2007年1月に独立し、戦略立案・事業設計を中心としたコンサルティングや、経営戦略・資本政策・ M&Aなどのアドバイス、また政府系プロジェクトの支援等を提供している。