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インターネットによる中流階級の破壊をマイクロペイメントが救うか

2013.07.23

Updated by yomoyomo on July 23, 2013, 17:02 pm UTC

HELLO
I am the ghost of Troubled Joe
hung by his pretty white neck
some eighteen months ago
The Smiths, "A Rush And A Push And The Land Is Ours"

少し前に、ウェブ連載を持っていないため、何か本を紹介する文章を書きたいと思っても書く場がないと某所で愚痴ったところ、(WirelessWire News プロデューサーの)竹田茂さんからそれならウチで連載やれやとお声をかけていただき、ただいろいろ雑事にかまけてそのままになっていたのですが、失恋したのを機にようやく原稿に取り組む気になったという次第です。

正直気の利いた名前も思いつかないので、連載名は Wired Vision 時代と同じとし(宣伝ですが、この当時の連載をまとめたものを達人出版会より電子書籍で販売しています)、かつてそうだったように特に専門分野を絞ることなくネット周りについて書くことにします。

201307230900.JPGさて、今回はジャロン・ラニアー(Jaron Lanier)の新刊『Who Owns the Future?』を取り上げたいと思います。

ジャロン・ラニアーというと「バーチャルリアリティの父」がその代名詞になっており、かつてこの呼称について作家の円城塔氏が「無神論者の神、みたい」と突っ込んでいましたが、ラニアーがこの分野のパイオニアであることに間違いなく、近年はマイクロソフトの研究所で Kinect に携わっていたはずです。

彼の新刊について知ったのは、The Economist でユーゲニー・モロゾフの『To Save Everything, Click Here』やエリック・シュミットらの『The New Digital Age』と並べて評されているのを見たときで、大雑把にくくればいずれも今後のネット社会のあり方を論じる本と言えますが、さらに輪をかけて大雑把に分類すればシュミットらの本が現状についてポジティブ、モロゾフやラニアーの本はネガティブな論調の本と言えます。

ジャロン・ラニアーが面白いのは、彼自身著名なコンピュータサイエンティストであり、前述の通りバーチャルリアリティというかつての最先端分野のパイオニアでありながら、2000年あたりから、著名な発明家にして『ポスト・ヒューマン誕生』など技術的特異点に関するイケイケな著作で知られるレイ・カーツワイルに対する批判や、Wikipedia をデジタル毛沢東主義と評するなど技術的楽観主義に対する厳しい見方を露にしているところです。

その彼の Web 2.0 周りに対する批判がまとめられたのが前著『人間はガジェットではない』ですが、新刊『Who Owns the Future?』もその延長上にあり、フリー経済、情報の無料化の安易な礼賛に対する辛辣な見方は変わっていません。

このあたりについてはラニアー自身がプロのミュージシャンでもあるのが関係しており、デジタル音楽の違法コピーにより音楽業界が破壊されたという苦い想いがあるのは間違いないでしょう。彼の音楽の違法コピーに対する見方自体はとてもオーソドックスですが、重要なのはラニアーは違法コピーを実際に行うユーザを(真っ先には)批判していないことです。彼の批判の矛先は、一般のネットユーザを「デジタル小作農」としてその情報を容赦なく集め続ける一方で、彼らに対してその情報の対価を支払うことをしない Google や Facebook などの IT 企業に向かいます。

『Who Owns the Future?』においても、見せかけのフリー経済により富の大部分をかっさらってしまう(上記二社に加え、Amazon や Apple など)勝ち組 IT 企業への舌鋒は鋭いものがあり(前作『人間はガジェットではない』について、その批判対象と著者の所属先との関係を疑う声もありましたが、彼は勤務先におもねるようなタマではありませんし、その主張がそれこそ2000年頃からつながっているのは上で述べた通りです)、それらのサービスは Siren Server という言葉に集約されています。ここでの Siren は「サイレン」ではなく、近くを通る船の船員を甘い歌声で誘惑し、船を座礁させてしまうギリシャ神話の「セイレーン」のことでしょう。

著者が考える Siren Server は、大企業だけでなく、一般の人たち向けに素晴らしく便利なサービスを作り上げ、その結果として有料の案内広告(classified ads)の息の根を止め、地方新聞のビジネスモデルを揺るがした Craigslist も含まれますが、『Who Owns the Future?』では経済的効率との引き換えに個々人の価値は矮小化され、結果として中流階級の労働者の職が、転地先の職が生み出されないままただ奪われることで、中流階級自体が崩壊してしまう危惧を説いており、エリク・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーの『機械との競争』を引き合いに出すまでもなく、ワタシを含む中流階級に属する労働者が抱える不安を突くものです。

それに対して著者が提示する解決策は、個人のクリエイティブな貢献に対して微細であるが簡単に報酬を支払えるマイクロペイメントシステムの構築です(著者は nanopayment という言葉を使っていますが、本文ではこちらに統一します)。これは、個々人は自分が生み出したクリエイティブな価値に正当な対価が払われるべきだという著者の主張の具現化ですが、これは著者も認める通り、テッド・ネルソンによるリンクが双方向なオリジナルのハイパーテキスト構想に近いものがあります。

しかし......だとすると、ラニアーのマイクロペイメントシステムの実現も難しいだろうな、と思ってしまうのも確かです。現実には、テッド・ネルソンのザナドゥ計画は長年ロクな成果を上げることができない一方で、彼から見れば不完全極まりないティム・バーナーズ=リーの World Wide Web が文字通り世界的に成功した現実があるわけで、正直ネルソンの名前が引き合いに出される時点で実現性を危惧してしまう、は書きすぎでしょうか。

もちろんこの点についても著者はその難しさを認めていますが、個人的に興味深かったのは、議論の方向性、射程範囲はかなり違うものの、ビジネスモデルとしての広告は壊れているとみなしているところ、現在もてはやされる「ビッグデータ」に対するアンチ視点(前作の邦題をもじるなら、本書の主張の一部は『人間はデータではない』とも言えそうです)、そして何より企業でなく消費者である個人こそが情報の主導権を握るべきという点について本書の議論はドク・サールズの『インテンション・エコノミー』と共振しているように思えるところです。

Nieman Journalism Lab のインタビューにおいて、インタビュアーは「皆がフリーランサーになったら、我々は皆びっくりするくらい理不尽な価格を支払うことになる」という本書の引用をしつつも、しかし本書の内容は個人が独立したフリーランス経済の話ではないかという質問をし、ラニアーもそれを肯定しています。本書における中流階級を支える個人間のマイクロペイメントシステムという提案は、昨今の安易なノマド論(フリーランス論)よりも示唆的な議論に思えます。

Washington Post にユーゲニー・モロゾフによる『Who Owns the Future?』の書評が掲載されており、同時期に刊行された新刊『To Save Everything, Click Here』において「技術解決主義の愚かさ」を主張するモロゾフには本書の提案も技術解決主義の一種に見えたのか、ラニアーの提案するマイクロペイメントシステムも、自動走行車が実現してタクシードライバーが駆逐されるような自動化が一線を越えたら役には立たないのではないかという疑問(これも『機械との競争』も思わせます)、何より現在のウェブサービスがラニアーの提案するマイクロペイメントシステムを実現する形に生まれ変わるというのが信じられないという二点を挙げ、批判しています。

確かにマイクロペイメントシステムの試みは死屍累々の歴史と言ってよく、クレイ・シャーキーが2000年に書いた反論を未だ克服できていないのかもしれません。そういえば少し前に読んだランダル・ストロス『Yコンビネーター』にも、メディアサイト向けのマイクロペイメントシステムの開発をもくろむも、結局は早期に撤退してしまった参加スタートアップが登場しますが、同じく『Yコンビネーター』には、目の前に転がっていながら、その困難さを無意識に感じ取り気付かなかった問題を取り上げることこそ素晴らしいというポール・グレアムの信条も記されています(ポール・グレアム論法)。そうした意味で、それこそテッド・ネルソンのザナドゥ計画に対するティム・バーナーズ=リーの World Wide Web にあたる、ラニアーの提案より不完全だが現実的なアプローチによるマイクロペイメントの実現が新たなパラダイムの契機になる見込みは大いにあると思います。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。