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秘書は上司をプログラミングする

2013.11.17

Updated by Ryo Shimizu on November 17, 2013, 20:02 pm JST

 サンフランシスコに来ています。
 ようやく、こちらでの日程が終わり、あと数時間したら、今度はボストンのMITに向けてフライトの予定です。

 こちらでは、三つの講演を四日間に渡って行ったほか、毎日のように宿泊場所が変わったり、現地の知人やスタッフと会ったりと、久しぶりに慌ただしい出張になりました。

 私の会社では、こういう時には非常に細かく書き込まれた行程表を渡されます。

行程表

 この行程表には、現地時間と日本時間、複数の参加者が関わる場合には彼らの現地時間と行動予定が細かく書き込まれています。

 この行程表にミスがあると、私は遠い外国で立ち往生することになります。
 

 私は自分が秘書を必要とすることに関して、ひとつの結論というか、諦観を持っています。

 それは、私がなぜ秘書を必要とするのかという、疑問です。

 その答えは、「私はだらしのない人間だから」ということです。
 この出発点を間違えると、少なくとも私にとっては秘書が上手く機能しない、ということが解ってきました。

 そもそもきちんとした完璧な人物には、秘書など必要ありません。

 私の場合、会社を始めた頃は一人だったので、一人で全てのスケジュールややること(ToDo)を管理していたのですが、これはすぐに破綻してしまいました。業を煮やしたクライアントから「秘書を雇わなければ契約を打ち切る」と言われてしまい、泣く泣く高いコストを払って秘書を導入しなければならなくなってしまったのです。

 ですから、立派な経営者の方の中には、秘書を必要としない方も大勢いらっしゃいます。

 私は、予定を良く忘れます。
 その日、誰と会うべきか、その日までにどんな資料を作っておくべきか、何か考えておくべきことはないか、原稿の締切はいつか、意思決定はいつまでに行う必要があるか、といったことについて、全てを把握することかできません。もちろんサラリーマン時代はある程度は自分でこなしていましたが、それでも後半に差し掛かるとそれを全て自分で把握するのは不可能になり、アシスタントの方に予定を管理してもらうようになりました。

 私の考える、秘書に最も求められる能力とは、プログラミング能力です。
 ですから多くの場合、私は自分の秘書やアシスタントに、文系理系関係なく本人がどんなバックグラウンドの持ち主であろうと、一度はプログラミングの教養を求めることがあります。

 なぜなら、プログラミングとは、自分の居ないところで、自分の思い通りに自分以外の存在を動かすことであり、これはまさに、秘書は常に上司に同行するというわけではないので、秘書自身が居ないところ(外国や出張先、出先など)で、上司である私の行動を支配することに他なりません。

 しかも、趣味のコンピュータ・プログラミングならばミスをしてもちょっとしたエラーを返されるだけで済みますが、経営トップのスケジュール(行動予定)をひとたび間違えば、時として会社が致命的なダメージを受けることになります。

 さらに、イレギュラーな事態を予め想定して対処する想像力と対応能力も求められます。

 実は今回、私は風邪をひいてしまったのですが、ちゃんと秘書が渡してくれた出張キットの中に、風邪薬や湿布薬、保湿ティッシュ(海外では入手が難しい)絆創膏など一式が入っていて、そのおかげで私は風邪を悪化させずに行動することかできました。今回のように隙間なく移動がある出張の場合は、風邪などをひくのは命取りになります。

 事前にトラブルを予想し、その対策をできるだけとっておくのが秘書の最も重要な仕事です。経営トップがトラブルに巻き込まれ、帰国不能になったり、出張先で行方不明になった場合、会社の被るダメージは甚大です。二重、三重の予防策を講じておく必要があります。

 だから秘書の責任は重大なのです。

 秘書の起こすエラーで最も最悪かつ解りやすいのはダブルブッキングです。
 二つの予定を同じ時間帯に入れてしまったり、現実的に対応するのが不可能な時間帯(東京での打ち合わせの一時間後に大阪で講演等)を設定したりすることです。

 こうしたミスは致命傷になることが多いので、秘書と上司はスケジュールを何度も読み返します。

 私が常に秘書に求めている原理原則として、新しい予定を入れる場合は一営業日以上の間隔を空ける、というものがあります。

 要するに前日に突然「あしたこれこれの会議を入れました」というのはナシだということです。もちろん、例外はありますが、この例外は、その予定を直ちに入れなければ経営が危機的状況に陥った場合、と予め決めてあります。

 これは私の行動がマイクロプロセッサの動作に似ていることから説明できます。

 インテルCore i7を始めとする多くのコンピュータアーキテクチャでは、パイプライン処理という方式で高速に命令を処理しています。

 秘書が作ったスケジュールというのは、メモリーに書き込まれたプログラムのようなものです。

 パイプライン処理では、メモリーに書かれたプログラムを逐次実行していくわけですが、その際、メモリーからの読み出しが遅いのでかなり先のプログラムまで予め読み込みを行ってしまいます。これをプリフェッチと言います。

 ところが途中でプリフェッチした内容が書き変わるとすると、パイプラインは初期化され、またゼロからパイプラインを読み込まなければなりません。これは意外に大きなロスです。

 例えば私は常に二日後の予定を見ながら、「この日は夕方が空いてるな、じゃあその時点でこういう作業をしよう」とか、「明日は午前中が空いてるから、午前中にあの企画を仕上げてしまおう」というように、おおよそ二営業日前からスケジュール表に入らないクリエイティブな仕事をいつやるのかイメージし始めます。

 人間が頭を働かせてから、そのモードに切り替わるまでには実はずいぶんと時間がかかります。

 いろいろなことを思い出したり、心の準備を整えたりといったことをしなければなりません。

 ところが前日にいきなり「この時間が空いていたのでここに会議を入れました」と言われてしまうと、そうしてやってきた心の準備が全て無駄になってしまいます。

 それも緊急時には仕方がないですが、たいていの場合は「三ヶ月後の忘年会の相談」とか、少なくとも二営業日遅れても問題のない予定のことが多いです。

 予定された空き時間はアイドル(遊び)時間ではなく、より創造的なことに頭脳を使うチャンスとして使っているわけで、そのあたりを勘違いして予定をとにかく詰め込むようにしてしまうと、結局、私は創造性を奪われ、近視眼的な経営判断しかできなくなってしまいます。

 秘書は経営者の行動をプログラミングする存在だとすれば、経営者は自らをプログラミングするために秘書を使う、とでも言えばいいのでしょうか。

 もちろん頭や時間の使い方は人それぞれですから、可能な限り予定を詰め込むタイプの経営者もいらっしゃると思います。

 あくまで私の場合ですが、私自身は自らの創造性を最大限に発揮するためには、会議や打ち合わせ以外の空き時間をどれだけ確保できるかということの方が、それ以外のことに割く時間より遥かに重要だと考えているのです。

 私の周囲のスタッフは慣れっ子ですが、私が本当に創造性を発揮しているときは、「なにか面白いことないかなあ」という台詞が出ます。

 私にとって「なにか面白いこと」というのは新しい事業計画であり、ビジネスのアイデアです。または、そのきっかけになるような新しい体験や遊びです。

 たとえ休日や空き時間があったとしても、その時間をプライベートに割り当てることは殆どありません。それは私にとって貴重な創造性を発揮する時間を浪費してしまうことなのです。

 経営者に休日がないというのは、本質的にはこのような意味なのではないかと思います。決して休む暇がないというわけではなく、休む暇さえ惜しくなってしまうという哀しき性(サガ)のことなのです。

 とはいえ、実のところ、私は秘書や秘書に準じるアシスタントと長期的に上手く行く関係を構築したことがほとんどありません。

 今の秘書とはうまく続いている方だと思いますが、それでもやっと一年ちょっとが経過したに過ぎません。

 今の秘書とは今までの秘書と違う接しかたを試しています。
 まず、秘書にプログラミング能力を求めたこと、それと、私自身が秘書をプログラミングすることを意識的にやったことです。

 それまでの秘書は、ある程度事務経験を積んだ方が多く、他社で重役秘書として活躍していた方もいらっしゃいました。夫々の方の持っている"常識"と私の持っている"常識"のずれが、致命的な勘違いを生んだり、私が過度に期待したりしてうまくいきませんでした。

 今の秘書は新卒ではありませんが、ほとんど新卒に近い状態で入って来て、総務で一年半ほど鍛えられた後に私のところに秘書として推薦されてきました。

 その際、「新人だから能力に過剰な期待をせず育てるつもりで接すること」という但し書き付きでやってきたことが、結果的に関係を上手く構築するヒントになっているような気がします。

 結局、仕事のやり方は人それぞれなので、自分の仕事のやり方にあった秘書というのは、自分で育ててカスタマイズ(または、この連載風に言えばプログラミング)するのが一番の近道だったのではないか、と最近は思っています。

 結果的に、彼女はこれまでの誰よりも私にとって理想的な秘書として振る舞ってくれています。これは大変頼もしいことです。

 秘書の仕事は上司のプログラミングである、という世界観はもしかすると私の独特なもので、普通はそんなふうに考えて仕事はしないのかもしれません。

 とはいえ、私にとっては、私の考え方を理解してくれるように勤め、私の求めるスキルを磨いてくれる人を育てるのが、今のところは合っているようです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。