今年のうちに見ておきたい講演その他(その1):スノーデンと民主主義と自由の未来
2013.12.21
Updated by yomoyomo on December 21, 2013, 00:06 am JST
2013.12.21
Updated by yomoyomo on December 21, 2013, 00:06 am JST
今年も残すところわずかとなり、2013年をふりかえる的な記事も増えていますが、2013年「今年の人」を選ぶとすれば、与えた世界的なインパクトという点で外せないのは、アメリカ国家安全保障局(NSA)による PRISM プログラムを暴露したエドワード・スノーデン(Edward Snowden)でしょう。
彼が告発した NSA の個人情報収集活動については、先日も連邦判事が NSA の電話メタデータ一括収集は憲法違反である疑いが強いと宣言するなど未だ波紋を呼んでいますが、個人的に面白いと思ったのはエベン・モグレン(Eben Moglen)コロンビア大学教授による全4回の連続講演 Eben Moglen: Snowden and the Future です。
ワタシがモグレンのことを知ったのはフリーソフトウェア財団(FSF)の関係で、彼は長年にわたり FSF の法律顧問を務め、リチャード・ストールマンとともに GNU General Public License v3 の起草にあたり主導的な役割を果たすなどフリーソフトウェア界における法律面の有力なバックボーンであり続けました。
その GNU GPL v3 正式版公開後モグレンは FSF の理事職から身を引きますが、2005年に自ら設立した非営利のフリーソフトウェア/オープンソース開発者に法的サービスを提供する Software Freedom Law Center(SFLC) のトップを現在も務めており、フリーソフトウェア界隈と縁が切れたわけではありません。ただ、昔彼の文章を訳したことがあるワタシも正直彼のことは忘れかけていました。
それは FSF 理事職辞任から間もない2007年の OSCON における彼の態度が酷かったという印象が強く、もう終わった人ではないかと勝手にみなしたところがあったからです。
しかし、エドワード・スノーデンの一件はモグレンに大変な刺激を与えたようで、はじめから専用ウェブサイトを設け、講演の模様を動画、音声、文字起こしを複数フォーマットで迅速に公開する親切設計に彼の気合の入りようを感じます。
第1回講演 Westward the course of Empire の冒頭で、エドワード・スノーデン、Wikileaks のジュリアン・アサンジ、そしてブラッドリー・マニング改めチェルシー・マニング(ギズモードの記事を読むと、マニングの性同一性障害が逮捕につながる一因だったことが分かります)の3人の名前を挙げていくところなどやはりそうだろうなと思わせるのですが、そこからローマ帝国と現在のアメリカとの比較の話になり面食らいました。
講演タイトルにスノーデンの名前はありますが、モグレンはスノーデンのリークの是非みたいなことは一切問題にしておらず、リークを基にした報道によって明らかになったことを前提とし、その上で自由や民主主義のあり方を論じています。
やはり法学教授のガチな講演はワタシのようなボンクラにはなかなか難しいところもあり、一連の講演は再配布については CC-BY-ND 4.0 のライセンスが指定されていますが、翻訳については(自由に翻訳を公開できる) CC-BY-SA 4.0 ライセンスが指定されており、誰かこれを翻訳する有志がでてくることをヘタレにも期待してしまいました。
個人的にこれはと思ったのは、第2回講演 Oh, Freedom と第3回講演 The Union, May it Be Preserved において、我々が「プライバシー」と呼ぶものには、具体的にはメッセージの内容を秘密なままにする「秘匿性(secrecy)」、たとえメッセージの内容が公開されても送信者を特定しない「匿名性(anonymity)」、そしてその「秘匿性」や「匿名性」を侵犯する権力に縛られることなく自由に人生の重大事を決断できる「自立性(autonomy)」という三つの意味があること、そしてこれら三つの要素から構成されるプライバシーこそ我々が「民主主義」、「秩序ある自由」、「自治」と呼ぶものの前提条件になるとモグレンが説いているところです。
これはワタシが以前書いた「社会的価値としてのプライバシー(前編、後編)」の話にもつながります。是非ブルース・シュナイアーあたりに講演についての感想を聞いてみたいところだと思っていたら、先週早速 Software Freedom Law Center がシュナイアーを招き、モグレンとの対談 Snowden, the NSA, and Free Software が実現していました。
この話題を日本に住む我々に引き寄せて考える場合、今月成立し公布された特定秘密保護法のことが真っ先に浮かぶわけですが、ワタシ個人は安全保障に関する重要情報の秘匿に関する法律は必要と考えており、それに関する法案には反対ではありません。が、政府や与党関係者の発言を聞く限りその運用がかなり危なっかしそうで、特定秘密保護法の早期成立にはとてもではないが賛成できなかったわけですが。
さて、エドワード・スノーデンに関する話題ではもう一人重要人物がおり、それはスノーデンから入手した機密情報を英ガーディアン紙で報じたグレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald)です。
グリーンウォルドは、以前から評価が高いジャーナリストですが、今回の一件でさらに名を上げ、ガーディアンを離れ eBay 創業者ピエール・オミディアが立ち上げるニュースベンチャーに参加することを表明しています。
そしてグリーンウォルドは、来年春に『No Place to Hide: Edward Snowden, the NSA, and the U.S. Surveillance State』というズバリ本件についての本の刊行を予定しており、その内容にはスノーデンが何を持ち出したのか実はよくよくわかっていない米国政府も注目するところでしょう(これは冗談です)。
彼の古巣のガーディアンは編集長が英議会の公聴会で議員からの激しい質問攻めにあい、「われわれは愛国者だ」と抗弁を余儀なくされましたが、印象的だったのはこのニュースを伝える英国のジャーナリズムのガーディアンに対する冷淡な姿勢です。
NSA の個人情報収集活動について積極的に講演や執筆を行っているブルース・シュナイアーも、それについての論説を含む新刊『Carry On: Sound Advice from Schneier on Security』を出す一方で、2006年に自身の会社が買収されて以来属してきた BT(ブリティッシュ・テレコム)を今年いっぱいで離れることが報じられています。BT もシュナイアーも否定していますが、それに彼の執筆活動が影響しているのは想像に難くありません(余談ですが、「社会的価値としてのプライバシー」で紹介した彼の『Liars and Outliers』は、『信頼と裏切りの社会』としてもうすぐ邦訳が出ます)。
そういえばグレン・グリーンウォルドも、パートナーが英当局に身柄を拘束されるというトラブルに巻き込まれていますが、国家権力に対してジャーナリズムが立ち向かうのは並大抵の困難でないのは間違いないでしょう。スノーデン以前のリークジャーナリズムといえば、モグレンも真っ先に名前を挙げていた Wikileaks 創始者のジュリアン・アサンジですが、昨年夏に英国のエクアドル大使館に逃げ込んで以来半ば幽閉状態で、今年はベネディクト・カンバーバッチがアサンジを演じた映画『The Fifth Estate』が大コケしたぐらいしかニュースがなく、Wikileaks も死に体かと思いきや突如 TPP に関する内部文書を公開して良い仕事をしています(その1、その2)。
そういえば今年の夏にはアサンジとリチャード・ストールマンの会見が実現し、アサンジとストールマンとスノーデンの3ショットが話題になりましたが、ブルース・スターリングが「エクアドルの書斎 ー あるいは、三年後の爆弾工房」で宣言するように「全面的な救いのなさに苦しむ世界で、彼らは主導権を握った」と言えるのでしょうか。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。