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表計算と経営者の話

2014.02.14

Updated by Ryo Shimizu on 2月 14, 2014, 17:08 pm JST

 先日、ひょんなことから、昔の知り合いと会い、少し話しをしてみることになりました。

 彼女は一度転職したあと、そこから別の会社に転職し、いままた転職を考えているのだと言います。
 私は驚きました。

 彼女が以前の会社を退職したのは、わずか一年前だったからです。
 その間に二度も転職を経験したというのです。

 いったいどうしてそんなことになったのか、話を詳しく聞いてみると、ああなるほど、ということが解りました。


 

 一つ目の会社は、社員数名のスタートアップ企業でした。
 社長が強力なコネを持っており、次々と大きな仕事が来て、年々売り上げが増加していたそうです。

 だったら何の問題もないじゃないか、と思われそうですが、この社長、決定的にお金の勘定が苦手だったようです。
 たとえば1000万円の仕事が来たら、500万円で外注を雇い、500万円で新車を買ったり、意味のない海外旅行にでかけたりしてしまうのだそうです。

 その結果、売上げは上がっても、お金はどんどん無くなって行きます。なぜなら外注費と売上げの差分をまるごと無駄遣いしていて、給料その他のことは全く考えていないからです。

 その結果、年に何億という売上げがあるにも関わらず、会社の預金講座には常に数十万円しかないという異常な経営状態が続いているそうです。

 普通ならすぐに潰れるのですが、なまじ見た目の売上げがあるため、まだお金を貸してくれる(貸してしまう)人が居るらしく、なかなか潰れません。借金だけが膨らんで行く構図です。

 そういう状況がいやですぐにまた転職をしたそうなのですが、次の転職先はさらに問題で、やはり社長を含め社員数名の会社だったのですが、社長が全く働こうとせず、社員全員が退職願いを届けるという事態に発展したそうです。

 よく、会社を経営すると、5年以内に50%、10年以内に90%以上の会社が潰れる、という噂を聞くことがあります。
 私はどうしてそんなことになるのだろう、やはり起業というのは厳しいのだな、と思っていたのですが、どうも実際にやってみると様子が違うことに気付いてきました。

 私の友人、知人でもこの10年の間に会社を興して、そして残念ながら潰してしまった人が何人も居ます。
 その理由の多くは、とても初歩的なことなのです。

 あるとき、IT系ベンチャーを起業して三年ほど経った私の友人が、「会社がやばいから相談に乗ってくれ」と言ってきました。
 私は彼の会社に行き、「現金はどのくらいあって、月々の収入と支出はどんなバランスになってるの?」と聞きました。

 すると驚くことに、彼はそれらを全て紙のノートにメモしていました。
 しかも、全てがメモされているわけではなく、うろ覚えの情報や、あやふやな情報は全て頭の中に入っていました。下手をすると請求書を出し忘れていて本来貰えるべきお金も回収していないこともわかりました。

 「え、どういうこと?経営計画を書いたエクセル(表計算)のデータはないの?資金繰り表とか」

 というと、「そういうのは全部税理士に任せてるからここにはない」と言うのです。

 いやいや、資金繰りというのは税理士に任せてはいけない部分です。
 もちろん、資金繰りがわからなければ税理士さんもアドバイスのしようがないので、税理士さんが資金繰りを見ているというのはわかります。しかし、自分で資金繰りを管理しなければ、結局どんな仕事をいつまでにどれくらいやればちゃんと給料が払えて黒字が出せるのかわからないということになります。最悪なのは、売上げが上がり、利益も見えているのに手元に現金がなくなって倒産してしまうという、黒字倒産という事態も考えられます。

 こんなことは、財務部門のスタッフがいないスタートアップ企業であっても、手元の表計算ソフトで計算すればすぐにわかることです。むしろスタートアップ企業だからこそ、お金の流れを自分で把握しなければ、大胆な計画を立てることも難しくなってしまいます。

 そして会社を早いうちに潰してしまう経営者の大半というのは、この表計算をうまく使いこなせていないパターンがあまりに多いのです。むしろ彼らは意図的にそうしたことを明確にすることを避けているとも言えます。

 というのも、会社の財務状況や将来の利益計画を予測し、把握するというのはおそろしくストレスのかかることなのです。

 どんな規模の会社でも、この先何年も、仕事をしなくて平気なほどの現預金(内部留保)を持っているなんてことはあり得ません。
 ファミコンブーム絶頂期の任天堂は、「10年は何もしなくても生きて行けるほどの預金がある」と言われていましたが、逆に言えば任天堂ほどの大成功を収めても、現預金として使えるのはその程度なのです。

 原則的に会社というのは資本を回転させなければ生きて行くことが出来ません。
 回転というのは、手元にある現金(資本)を、社員や外注先に投下して、彼らが価値のある製品開発や価値創造を行い、その価値を外部の顧客から頂くことで、投資を回収する、というサイクルのことです。

 この資本の回転があるからこそ、企業は銀行や株式市場から資金を調達し、それを回転させることで金利を払うことができるのです。

 ところが会社を潰す社長の発想というのは、どうしてもキャッシュフローに寄りがちです。
 とにかく現金があれば安心できるので、アンバランスなほどの現金を手元に欲しがります。

 たとえば、1000万円を借り入れ等で調達できるとしたら、月々20万円の経費(給与+税金や社会保険等)で雇える社員を5人雇って、「これで10ヶ月は安心できる」と考えます。

 資本を回転させるためではなく、自分が安心するために会社の規模や手持ち資金を決めてしまいます。
 10ヶ月ぶんの資金が手元にあろうが、10ヶ月なにもしなかったら、金利はおろか元本も払えないので、安心もなにもないのですが、ついこのように考えてしまうのです。

 経営のプレッシャーというのはそれほどまでに強く、私も経営者を何年もやっていますが、最初の数年間はほとんど気の休まる瞬間がありませんでした。

 心は荒んで行き、生活も荒れて来るので、人間としても尊敬されないようになり、社内では平気で社長の陰口が叩かれるようになります。味方であるはずの社員にまで嫌われたら、社長をやっている人間は一体全体何のために自分はここまでのプレッシャーを背負っているのかわからなくなり、ついまた部下に当たってしまいます。すると、数少ない、忠誠心溢れる部下の心も、やがては離れて行ってしまいます。

 仲違いした部下を喪った社長は、実は内心酷く傷ついているのですが、自分は借金や出資のリスクを負っているのでそう簡単に辞めるわけにもいきません。すぐに次の社員を募集し、なんとか補充します。

 だいたい社歴が5年以上経っても社員数が20名未満の会社は、業種にもよりますが社長がなんらかのプレッシャーを抱えているケースが多く、その問題が経営面に波及しているように思います。

 個人のデザイン事務所など、よほど社長個人の才能に依拠するような特殊な事情がない限り、資本をきちんと回転させていれば基本的に売り上げも利益も伸びて行くはずなので、その成長を維持するために社員が自動的に増えて行きます。

 本当はそういうことのないよう、表計算ソフトで事前に「いついつまでにこれだけの仕事が必要で、そうした仕事はこれだけの予算内でやる必要があって、年間でこれだけの利益を確保する」ということを常に追いかけていればそうした問題は起こらないわけですが、こればっかりは精神的な問題なのでロジックだけでは語れない部分があります。とはいえ、事前にきちんと把握しておけば、最悪の事態は避けられることが多いのに、表計算ソフトに向き合うことを嫌がっていると、気がついた時には手遅れになっています。

 表計算ソフトは、かつて「簡易プログラミングソフト」と呼ばれていました。
 実は表計算ソフトが発明される前は、家計簿なら家計簿、事業計画なら事業計画、といった具合に、それぞれの目的に応じた専用のソフトをプログラミングして計算や予測を行っていたのです。

 私の父も、工場で働いていたのですが、ボイラーへの燃料投入と発電効率や熱収支の計算などをするプログラムをBASICで書いてはグラフに出力する、みたいなことをずっとやっていました。

 ところが表計算ソフトが普及したことで、数値的な予測を立てるのに特別なプログラミング能力が不要になり、人々はそれがプログラミングであると意識することなく計画を立てたり、シミュレーションしたりすることが出来るようになりました。

 会社の規模が一定以上になるとさすがに手元の表計算ソフトだけで全ての収支を管理するのは不可能になり、データベースを駆使した財務管理システムが必要になりますが、私は今でも将来の事業計画を立てる時、表計算ソフトを活用します。

 表計算ソフトによる作表は立派なプログラミングの一分野と言って良いものなのですが、そうとは知らずに活用されている方もまた多く居て、そこがまた表計算ソフトがプログラミングへの敷居を下げている一因かもしれないな、と思ったりするのです。

 最後に、こじつけに思われるかもしれませんが、実際、周囲を見回してみると、プログラマー経験のある経営者の会社は、規模があまり大きくならなくても、とりあえずは潰れない、という会社が多いように見えます。今思えば倒産してしまった会社は、皆、経営者にプログラミング経験がありませんでした。

 少なくとも、計画的に物事を考え、常に予測と実態の差を意識しながら経営する、ということに関してはプログラマーの冷静な目が経営に活用されるケースはあるように思えます。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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