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北朝鮮の携帯電話事情(5) - 軍事境界線付近の電波状況

2014.08.05

Updated by Kazuteru Tamura on August 5, 2014, 13:00 pm JST

朝鮮半島は休戦の状態にあり北緯38度線付近の軍事境界線を挟んで、北側の朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)と南側の大韓民国(以下、韓国)に分かれている。軍事境界線は国境線ではなく、実効支配地域を分ける境界線であるが、それを挟んで異なる移動体通信事業者が存在している。

国境線付近や境界線付近の電波管理はシビアな場合が多い。特に休戦中の朝鮮半島における軍事境界線は他の国境線や境界線とは状況が異なっている。そこで、北朝鮮側と韓国側から軍事境界線付近を訪問して軍事境界線付近におけるモバイルネットワークの電波状況を探った。

▼金日成広場に向けて電波を発射しているkoryolinkの基地局アンテナ。北朝鮮国内では至る所でkoryolinkの基地局アンテナを見られる。koryolinkのネットワーク設備は基本的に中国のHuawei Technologies(華為技術)製である。
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北朝鮮側から訪問する

まずは北朝鮮側から軍事境界線付近を訪問し、モバイルネットワークの電波状況を確認することにした。

北朝鮮には移動体通信事業者が1社のみ存在しており、CHEO Technologyがブランド名をkoryolinkとして展開している。北朝鮮側にある軍事境界線付近の都市である開城を平壌から訪問したのであるが、開城はkoryolinkのサービス提供エリアとなっていた。

koryolinkはW-CDMA方式で提供しており、各移動体通信事業者のモバイルネットワークに割り当てられるPLMN番号は外国人用の467-05と北朝鮮国民用の467-06に分けられている。

開城では開城工業団地も含めて大部分が467-06のみでエリア化されており、外国人はモバイルネットワークを利用できない状態であった。しかし、467-06はエリア化されているので、koryolinkの電波が飛んでいることは確かである。

韓国側から見渡せる開城工業団地もエリア化されているが、開城においてもエリア外の場所があることを確認した。軍事境界線上の村である板門店に向かう途中でエリア外となり、板門店でもkoryolinkの電波は入らなかった。ひとまず、koryolinkの場合は開城の大部分はエリア化しているものの、板門店とその付近は電波が入らないようにしていることが明白であった。

改めて板門店で電波の検索をしてもモバイルネットワークは一切検出しなかったが、板門店を訪れていたロシア人が韓国における国際ローミングに関するメッセージを受信していたことを教えてくれた。メッセージの内容を見せてもらうと、確かに韓国における国際ローミングの案内が記載されていた。板門店に入る前に受信したとのことで、開城において韓国のモバイルネットワークを一時的に補足したことになる。

また、北朝鮮で案内や監視を務める指導員によると、軍事境界線付近にある観光地の金剛山で韓国のモバイルネットワークを補足することもあるという。そのため、板門店を除いた軍事境界線付近であれば、北朝鮮側から韓国のモバイルネットワークを補足することは珍しくないようである。

▼koryolinkのPLMN番号は467-05と467-06である。いずれも通信方式は2.1GHz帯(Band I)のW-CDMA方式である。
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韓国側から訪問する

北朝鮮側から軍事境界線付近を訪問した後に、韓国側から軍事境界線付近を訪問して、モバイルネットワークの電波状況を確認した。韓国では軍事境界線付近をの数ヶ所を観光地化して、北朝鮮の一部を一望できる場所まである。

北朝鮮側では軍事境界線付近の都市でもkoryolinkの電波は吹いていたため、北朝鮮が見える場所ではkoryolinkのモバイルネットワークを補足する可能性は高いと考えていた。そこで、北朝鮮の開城工業団地を望める都羅展望台に足を運んで電波を検索すると、予想通りkoryolinkのモバイルネットワークを検出したのである。何度か電波を検索していると検出しないこともあり電波強度は弱いと考えられるが、koryolinkのモバイルネットワークを韓国側で捕捉することもそう難しいことではないだろう。

都羅展望台は観光地化されているため、韓国の移動体通信事業者は3社すべてがエリア化している。都羅展望台の敷地内に基地局が設置されており、電波強度も非常に強い。基地局アンテナを見るとすべてが北朝鮮の反対側を向いており、北朝鮮側には電波が飛ばないように設計していることは確認できた。しかし実際には電波を発射している方向とは反対側にも強い電波が届いており、軍事境界線を越えて北朝鮮に届いている可能性は十分に考えられる。

▼韓国側の都羅展望台付近でkoryolinkのモバイルネットワークを検出した。467-06がkoryolinkのネットワークである。PLMN番号は国番号を示すMCCとモバイルネットワーク番号を示すMNCで構成されており、MCCは北朝鮮の467と韓国の450が並んでいる。本稿で軍事境界線は国境線ではないと記載しているが、北朝鮮と韓国では異なるMCCが付与されている。北朝鮮や韓国に限ったことではなく、中国や香港なども異なるMCCが与えられている。
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▼羅展望台に設置されている韓国の移動体通信事業者の基地局アンテナ。すべての基地局アンテナが北朝鮮の反対側に向けて電波を吹いている。しかし、電波を発射する方向と反対側にも強い電波が届いている。
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ローミングに注意

koryolinkはアウトバウンドやインバウンドともに国際ローミングを提供しておらず、韓国側から国際ローミングの状態になることはないので韓国側から訪問する際は問題ない。しかし、北朝鮮側から訪問する場合は韓国の電波を拾って国際ローミングが適用されてしまう場合がある。

軍事境界線付近にある開城周辺や金剛山などは北朝鮮の有名な観光地があり、訪問する観光客も少なくない。北朝鮮は2013年に外国人による携帯電話の持ち込みを解禁しており、それだけに北朝鮮国内に携帯電話が持ち込まれる機会も多くなるはずである。

国際ローミングは料金が割高になる場合が多いので、意図せず国際ローミングが適用されることがないよう注意が必要である。北朝鮮側から軍事境界線付近を訪問する際は、事前に機内モードに設定するなどの対策をしておく方が無難だろう。ただ、韓国から届く電波は強くないため、遠方捕捉しても通信が確立しない可能性が高いと思われる。

▼軍事境界線付近にある金剛山は北朝鮮の有名な観光地の一つである。北朝鮮で販売されているスマートフォンArirang AS1201には金剛山の壁紙がプリインストールされている。
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電波が軍事境界線を越えることは珍しくない

以上の通り基本的には北朝鮮側も韓国側も軍事境界線を越えて電波が届くことがないよう配慮してエリアを構築していることが分かった。しかし、電波の性質や地形の都合上、信号強度は微弱ながらも電波が軍事境界線を挟んだ反対側に届いてしまうケースが少なくないことも確認できた。

また、板門店は両側の電波が一切入らないことや、軍事境界線付近でも板門店に通じる道路は途中からモバイルネットワークが圏外となることより、板門店とその付近は軍事境界線付近の中でも一層厳しく電波を管理していることが見て取れた。板門店付近は板門店に電波が届かないようにより厳しくエリア設計をしていると考えて問題ないだろう。

▼軍事境界線上にある板門店の施設。北朝鮮や韓国の電波は入らないように設計されていた。
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田村 和輝(たむら・かずてる)

滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。