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自動化は我々をバカにする? ニコラス・カーの新刊が再び突く現代人の不安

2014.10.01

Updated by yomoyomo on October 1, 2014, 11:00 am JST

201410011200-1.jpg今回は、前々回前回と文章を紹介させてもらったニコラス・カーの出たばかりの新刊『The Glass Cage: Automation and Us』を取り上げたいと思います。

この本は、カーの前作『The Shallows』(邦訳『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』)の続編というか対になる本と言えます。前作が、The Atlantic に掲載され大きな論議を呼んだ Is Google Making Us Stupid?(Googleは我々をバカにする?)を発展させた内容だったように、本作もやはり The Atlantic に掲載された The Great Forgetting(大いなる忘却)を起点としており、やはり前作と同じくぶちあげたテーゼを最新の脳科学や神経心理学などの研究データで裏づけしていく形の本になります。

前作は、インターネットは本を熟読し深い思索を行う人間の能力を退化させているという、情報が氾濫する日常を送る我々の不安を突く内容でしたが、今回カーがテーマにするのは広義の「自動化(Automation)」で、本のキャッチコピーを作るなら、Verge に載った書評ではないですが、「自動化は我々をバカにする?」になりそうです。

The Great Forgetting でまず話題になるのは、乗客乗員49名が全員死亡した2009年2月のコンチネンタル航空3407便墜落事故と、やはり乗客乗員228名が全員死亡した2009年6月のエールフランス447便墜落事故です。この二つの航空事故には共通点があり、それは飛行機の自動操縦が機能しなくなり、手動操縦に切り替わった後の乗員の操作ミスが事故の原因であるところです。

その上でカーが語るのは、飛行機の操縦が、もはや機長の舵取りというよりコンピュータの自動操縦にとってかわられつつある現状です。そこでは人間の乗員の仕事は(大げさではなく)コンピュータオペレータに近いものになっているというのです。

そしてカーは、自動化が幅を利かせるのは飛行機の操縦という特殊な分野に留まらず、医療、株取引、建築など我々の生活に深く浸透していると話を広げ、スマートフォンのおかげで日常のルーチンの実行をソフトウェアに依存する現代人自体、自動化とは切っても切れない関係があるのだと読者に矛先を向けます。

ここまでくると新刊の『The Glass Cage』というタイトルの意味が分かります。現在の飛行機における、操縦に必要な情報がディスプレイ上にデジタル表示される操縦室は「グラスコックピット」と言われます。この表現は、現在では飛行機だけでなく鉄道や自動車にも使われているそうですが、現代人は皆「グラスコックピット」にいるようなものだとカーは言いたいわけです。日常生活における多くを実は「自動化」に頼っているが、それでうまくいっているうちはいいだろう。しかし、あるとき不意にその「自動化」から舵取りを人の手に渡されたら、実は我々は(墜落事故の乗員がそうだったように)やり方を忘れてしまっており、対処できないのではないか。そうならば、我々は「ガラスの檻」に囚われていると言えるのではないか――という具合です。

カー先生は前作に続いて本作でも、人間は生活の便利さと引き換えに重要な能力を失いつつあるのではないか、という我々の潜在的な不安を突いてきます。人類はどんどん頭が悪くなっているなんて話もありますが、ともかくこの「自動化」というテーマが時宜を得ていることは確かで、今年のテック系の話題で自動化と聞いて連想するのは、Google の自動運転車です。

古賀洋吉氏の「シリコンバレーの車とITについてよく聞かれる話」を読むと、そんな簡単なものではなく、自動運転車の実用化にはまだ距離があると冷静になれますが、もちろんカーの新刊はこの自動運転車も射程内に入っており、抜かりはありません。

『The Glass Cage』の刊行にあわせてぼちぼち書評が公開されだしましたが、個人的に面白かったのは、LA Times に掲載された Maria Bustillos の書評です。

この書評は、のっけからカーのことを「情報時代の最高意気地なし責任者(the Information Age's chief scaredy-cats)」とかパラノイア呼ばわりするところから始まり、『The Glass Cage』の主張を、ロボットは人間のあらゆる仕事を奪いつつある、そして我々人間は複雑な知的作業さえもコンピュータの自動化に依存しすぎたため、ものの考え方を忘れつつあるという二点とみなし、その両方について激しく批判しています。

特に後者については、カーは自動化の弊害ばかりを書きたてるが、例えば彼が真っ先にあげる飛行機操縦の自動化のおかげで、欧米における航空事故の数がはっきり減ったことを著者自身認めており、著者が他に挙げる例についても結局彼は危険性を大げさに言い立てているだけじゃないか、とカーの主張を真っ向から否定しています。

この書評については、すかさず Forbes において Evan Selinger がそれはカーの主張を単純化しすぎで書きすぎだとツッコミを入れており、前回の文章で取り上げた Alan Jacobs も同様の意見です。

『The Glass Cage』は、前作同様、あるいはそれ以上に賛否両論呼ぶものと思われます。おそらくは Maria Bustillos と同じく、カーの人間観、技術観は悲観的すぎると見る人も多いでしょう。

本書も他の新刊本と同様に、著名人の推薦の言葉が寄せられていますが、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の著者ジョナサン・サフラン・フォアや「フロー体験」に関する著書で知られるミハイ・チクセントミハイなどにまじり、クレイ・シャーキーとケヴィン・ケリーが推薦の言葉を書いているのがワタシの目を惹きました。

確かにクレイ・シャーキーもケヴィン・ケリーも、ニコラス・カーとブログなどで言及し合う関係ではありますが、論調的には同調よりは対立することが多く、もう少し正確に書けばシャーキーやケリーの文章をカーが批評的と揶揄の間のラインで取り上げることが多く、二人とも素直にカーの新刊を賞賛する人選ではありません。

ここからはワタシの下衆の勘ぐりになりますが、二人とも出版社(あるいはカー自身?)から推薦の言葉の依頼があったときは単純に喜べないところがあったかもしれません。ただ、意見は時に対立するものの、マイケル・アーリントンがかつて書いたように、カーは嫌い甲斐のある奴だが、とにかく文章がべらぼうに、無茶苦茶巧い好敵手と二人はみているのではないでしょうか。

さて、本国アメリカで刊行されたばかりの『The Glass Cage』ですが、前作と同じく青土社から邦訳が出ることが著者によって告知されており、年明けには出るのではないかと予想します。個人的には、その邦訳に前作のような知性を疑いたくなる邦題がつかないことを願うばかりです。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。