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邪悪なものが勝利する世界において

2014.10.21

Updated by yomoyomo on October 21, 2014, 15:00 pm UTC

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Image by Roman RudnickiCC BY

しかし、心を鎮めて考えれば、誰にでも分かることだが、私たちを傷つけ、損なう「邪悪なもの」のほとんどには、ひとかけらの教化的な要素も、懲戒的な要素もない。それらは、何の必然性もなく私たちを訪れ、まるで冗談のように、何の目的もなく、ただ私たちを傷つけ、損なうためだけに私たちを傷つけ、損なうのである。

(内田樹「邪悪なものが存在する」)

少し前に知り合いの女性と久方ぶりに夕食をともにする機会がありました。食事の後に出向いたバーで彼女は、以前自身が体験したネット上の嫌がらせの話をしてくれました。

嫌がらせをしかけてきたのは同業の女性だったのですが、その人とは仕事上も私生活でもほとんど直接の接点はありません。そんな相手からどうして嫌がらせを受けないといけないのか。例えば、仕事でひどい目にあわせたとか、恋人を奪ったといった過去があるならともかく、面識自体ないような相手なのに。

理由があるとすれば、その女性にとっての晴れの場において、意図せず知り合いの女性が、その人以上に注目を集める形になったことを逆恨みしてではないかと彼女は振り返ります。しかし、それにしても知り合いの女性が何かを横取りしたわけではなく、二人は単なる偶然の巡り会わせで同じ場にいただけだったのです。

まったく理不尽な理由で恨みをかい、知り合いの女性はその同業の女性のブログなどで誹謗中傷されることになります。それこそ知り合いの女性が人や動物でも殺してるような書きぶりで、しかもそうした相手から自分が被害を受けていると主張していたそうです。

まったく話があべこべなのですが、実は知り合いの女性はその誹謗中傷にしばらく気付かずにいました。元々その同業の女性のことを意識していないのだから不思議ではないのですが、二人の共通の知人から、あそこの記述はもしかして貴方のことではないか? と聞かれて初めてそれを知り、愕然としたそうです。

このあたりが陰湿かつ巧妙なところで、その同業の女性は具体的に知り合いの女性の人名は出さないが、そのブログの読者で彼女のことを知る人であれば(同業なのだからそれなりにいる)、彼女のことを書いているのが分かる書きぶりだったのです。

そのうち誹謗中傷の度合いもエスカレートするにいたり、知り合いの女性もたまらず相手に抗議をしました。しかし、どうにも埒が明かず、仕方なく弁護士に相談して法的措置を取る段階まで行きましたが、すると相手も知り合いの女性を訴え返してきたというのです。

本当にひどい話で、こうむった精神的ダメージは計り知れませんし、金銭的な出費もばかになりません。最終的には泥仕合を避けるために和解という形で決着がつきましたが、元々一方的に何らいわれのない誹謗中傷をされ続けた側からすれば、ほとんど泣き寝入りに近い結果としか言いようがありません──。

* * * * *

今回は、キャシー・シエラ(Kathy Sierra)の「Why the Trolls Will Always Win(荒らしが常に勝利する理由)」という文章を取り上げます。

この文章は元々キャシー・シエラが自身のブログに別のタイトルで公開した文章を Wired が転載したものですが、彼女は元文章をじきに削除することを予告しているので、Wired のほうをリンクさせてもらいました。上のリンクを踏むと、いきなりむさい男の顔写真の画像を見ることになりますが、その人がキャシー・シエラではありません。

キャシー・シエラの名前を目にして懐かしいと思われる人もいるかもしれません。彼女は『Head Firstデザインパターン』『Head First Java』などオライリーの Head First シリーズ本の共著者として知られたプログラマーにして人気ブロガーでした。彼女のブログの文章を、青木靖さんの翻訳で読んだ人もいるでしょう。

キャシー・シエラの件の文章は、初めてネットで脅迫を受けてから今月(2014年10月)で10周年になるという話から始まります。当時は、誰かも知らない男による単発的なもので大事とは思いませんでした。なぜならその脅迫内容は、彼女の仕事や著書とは何の関係もなかったからです。

しかし、あれは「炭鉱のカナリア」だったと彼女は振り返ります。なぜ彼女に的外れな脅迫が来たのか? それは当時彼女が上記の共著を発表し、その仕事並びに彼女自身に注目が集まり始めた頃だったからです。脅迫者はそれが我慢ならなかったのです。お前の仕事はその注目には値しないのだと。この「注目」と「値する」という言葉がキーポイントだと彼女は強調します。

その一年後、彼女はブランドや製品の「アンチ」についての文章を書きます。彼女の文章の論旨は、「アンチ」は実はそのブランドや製品自体を嫌っているのではなく、それらに夢中な自分以外の人たちを嫌っているのだというものでした。そのとき彼女が使った、特定のブランド/製品がもてはやされると同時に、一部の人間の憎悪を煽る段階を指す「クールエイド・ポイント(Koolaid Point)」という言葉は(彼女のブログの元文章のタイトルでもあります)、実は人に対する「アンチ」の荒らしや嫌がらせにもあてはまることでした。

ネットで認知される女性にとってもっとも危険なのは、他の人たちの注目が「フォロー」や「いいね」や「リツイート」で可視化されるポイント、「アンチ」の荒らしにしてみれば、オーディエンスが注目に値しない女性に迎合し、「クールエイドを飲んだ」ように見えるときだとキャシー・シエラは書きます。

それが2007年に彼女に起こったことです。当時の経緯は IDEA*IDEA に詳しいですが、ブログのコメント欄の荒らしは、不愉快で猥褻なコラ画像や(家族を含む)殺害やレイプの脅迫にエスカレートしました。彼女は技術系カンファレンスへの登壇をキャンセルし、以降ほぼ公の場に出ることはなくなり、昨年ブログを再開するまでネットに文章をほぼ書くこともなくなりました。荒らしは、彼女の私生活もキャリアも破壊したのです。

この件についてネットの匿名性の問題として片付けるのは手落ちでしょう。キャシー・シエラが売春婦だったという嘘の経歴とともに彼女の社会保障番号(アメリカにおける事実上の国民識別番号)をネットに晒したのは、weev の名前で知られる、素性の知れた著名な「荒らし」だったからです(上で触れた、写真の髭面の男が彼です)。

weev は日本のネットジャーゴン的に言えば「無敵の人」にあたるのかもしれませんが、ワタシの知り合いの女性の事例などを見ても、匿名などでなくても、邪悪としか表現しようのないことができる人間は確実にいるのです。

2008年にはNew York Times に彼のインタビュー記事が掲載されますが、事前にキャシー・シエラが記者から連絡を受けたときの記述は痛切です。自分の社会保障番号を晒した人物が取材対象であることを電話で聞かされ、彼女はへたりこみます。「私は今も危険なんですか?」という問いかけに記者は答えます。「分かりませんが、それはないと思いますよ。彼はもうあなたのことを重要視してないようですし」

その通りでした。もう自分は荒らしたちにとって重要ではない。もはや自分は、荒らしにとって勝利が確定した過去の標的でしかない。もはや、自分は荒らしにとっても「注目」に「値する」存在でない、つまりは他の人たちに「クールエイド」を提供し、荒らしを苛立たせる存在ではなくなっていたのです。

キャシー・シエラは、自身の体験から、「荒らしには反応するな(don't feed the trolls)」というネットでよく言われるアドバイスに疑問を呈します。荒らしに反応しないでいたら、嫌がらせはエスカレートするばかりではないか。

そこで浮かび上がるのは、本当に「クールエイド・ポイント」に達した個人が荒らしのターゲットになったら、放置しても荒らしの勝利、無視しても嫌がらせはエスカレートして荒らしの勝ち、もちろん荒らしにやり返しても、愉快犯的な連中をエスカレートさせ、どのみち荒らしが勝利してしまうという蟻地獄のような構図です。

今回キャシー・シエラが過去の経験について文章を書いたのは、一度生活が破壊された自分とひきかえ、weev はそれについて何の咎も負わなかったじゃないかという割り切れないものがあるからでしょう。

weev こと Andrew Auernheimer は、2010年に AT&T から11〜12万個ものメールアドレスを流出させた騒動により提訴され、2013年に懲役41ヶ月の判決を受けます。これに対して、セキュリティホールを見つけるハッカーやアクティビストが犯罪者にされてしまうことを憂慮する電子フロンティア財団などが協力した結果、weev は米連邦控訴裁判所において無罪を勝ち取ります。結果、彼はちょっとしたインターネットセレブになりました。

それでいいのかとキャシー・シエラは訴えます。技術系コミュニティに属する女性に対して侮蔑的な言動や脅迫を行ってきた男を擁護することは、女性たちに対する脅迫をも擁護することに結果的につながらないか、と。つい最近もゲーム業界において、インディーズゲームの開発者の女性が、自身のゲームについてニュースサイトから高い評価を得るためにその編集者と寝たと元恋人を称する男性に誹謗中傷を流されて攻撃を受け、また同じ時期にゲームに登場する女性がいかにして性の対象として描かれているかを論じたフェミニスト批評家がやはり一部の攻撃対象となったことで、ゲーム業界やゲーム系メディアを揺るがす激論となった Gamergate 騒動があったばかりです。

日本の理系コミュニティにおいて性差別が疑われる事例に対し、こんなの欧米ではありえないと自信満々に断じる出羽の守を目にしますが、個人情報をネットに晒される doxxing の被害にあったキャシー・シエラや Gamergate 論争の関係者の女性たちを見ると、欧米でも事例があるから日本における性差別の問題が不問になるわけでないのは当然としても、そういうのちょっと恥ずかしくないのか、わざと都合の悪い話は知らん振りなのかとその神経を疑いたくなります。

閑話休題。ワタシが今回キャシー・シエラの文章を取り上げたのは、ネット上で攻撃を受け始めて今月で10年になるという最初の記述に個人的な記憶を呼び起こされたからです。偶然にもワタシも同じ頃からネットを介して嫌がらせを受けたのですが、今思い出しても不快な記憶です。その関係で(一時的にせよ)壊れた人間関係も複数あり、その後遺症は現在までワタシの中で残っています。

その不快な経験から何かしら教訓を得たということはありません。ただ一つ言えることは、本当に困ったときに、ほとんど誰も助けてはくれないということです。こう書くと何か恨めしげに聞こえるかもしれませんが必ずしもそうではありません。ネット上の嫌がらせに苦慮したとき、自分が何に困っていて、何がイヤなのかを表明することは、それ自体がセキュリティホールになり、自分を攻撃したい人間にとってもそれは貴重な情報だったりします。こういう自縛の構図、何かやり返そうにもそれが相手のエサにしかならない構図の話はキャシー・シエラの文章にも書かれており(例えば、掲示板などの削除要請をしたら、その削除要請をしたこと自体がやましさの証拠とみなされ、攻撃に正当性が付加されてしまうなど)、苦々しくも懐かしい気持ちで読みました。

当時はこの上なく嫌な思いをさせられたと思ったものですが、キャシー・シエラや知り合いの女性の話を聞くと、上には上がいると暗澹たる気持ちにさせられます。しかし、文章の最後の訴えで、その矛先が自分にも向いていることに気付いていささかうろたえました。

ワタシは電子フロンティア財団に寄付もしている人間であり、weev を自由の身にすることに関して間接的に協力したのかもしれません。weev がキャシー・シエラに対してやったことで何の咎も負っていないのはおかしいと思います。しかし、weev がコンピューター詐欺と濫用防止法で41ヶ月もの判決を受けるのが妥当でないと思えば、それには反対せざるをえません。非常に皮肉なことに、今回取り上げた Wired に転載されたキャシー・シエラの文章の末尾には、この文章を読んだ人へのおすすめの文章(これはその時々で変わるようです)に、「You May Not Like Weev, But Your Online Freedom Depends on His Appeal(あなたは weev を好きでないかもしれないが、あなたのネットの自由は彼の訴えにかかっている)」が表示されました。少し大げさに聞こえますが、基本的にはそういうことです。

コンピューター詐欺と濫用防止法は、かの Aaron Swartz が罪を問われた法律でもあります。ネットの自由の闘士 Aaron Swartz ならそれは不当な起訴だが、クソ野郎の weev ならそのピント外れの法律で収監されてもいい気味だ、とはなるべきではないのです(密かにそう思う気持ちを禁じえないのは仕方ないとして)。

しかし......こうやってくどくどと書いていて、問題はそこではないだろうと思うのも確かです。キャシー・シエラの訴えには、weev の存在にどうしても感じる「邪悪」さを容認できるかということも含まれるでしょう。彼女は当然ながら女性差別の文脈でとらえていますが、知り合いの女性の話やワタシ自身の経験からしても、その「邪悪」さは同姓に対しても向けられる、ある意味普遍的なものにすら思えます。

そして、その「邪悪」なものが勝利する現実に対して、それを是正する何かしらの術があるかと言われると、ワタシには何もないというのが正直なところです。せめて自分自身がその「邪悪」の側に陥らないよう自分を戒めることがせいぜいなのです。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。