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BBC3の地上波放送中止とオンライン放送への移行がイギリスで大騒ぎになっている件

2014.03.07

Updated by Mayumi Tanimoto on March 7, 2014, 05:04 am JST

BBC が予算不足を解消するために、同局の地上波デジタルチャンネルの一つである BBC3 地上波放送を辞め、同局のオンライン放送である iPlayer のみでの放送に移行するという件がイギリスでは話題になっています。

どこぞの国ではテレビ放送をネットで流すのはうんちゃら、ということで、イギリスの12年以上前の状態で止まってしまっているので、びっくりしますね。

ここでは公共放送だけではなく、民放だってテレビ放送を無償でネットで流すのが当たり前であります。PCでもスマホでもじゃんじゃん見ることが可能です。なぜかというと、電波は公共の資産であり、公共物を使う以上は国民の還元しなければ行けません、という考え方があるからです。そういうわけで、テレビの視聴は国民の権利だと考えられています。

さて、話はそれましたが、この決定に対し、ソーシャルメディアでは「BBC3を救おうぜ!」キャンペーンが展開されています。このキャンペーン、なんと48時間で85,000の署名が集まったり、有名人が参加するなどの成果を上げています。

また、この決定、イギリスの若い人や有名メディア関係者から大反発を食らっています。例えば有名なTVプロデューサーの@AshAtalla さんは

ゴルフ用のセーター着た60歳が超ナイスなクラブに入ってきて、音楽を止めたみたいな感じだよね。となりから流れてくるモーツァルトが良く聞こえる様に。

今日はBBCはもっと白人よりで、もっと年寄り向け、そんでもって、もっと中流階級向けになったってわけ。だってBBC3のオーディエンスはどのチャンネルよりも多様だからさ。

 

数多くのTwitterユーザーもコメントをアップしています。

「BBCにはゴミ番組が多いけどBBC3は最高なのに。何考えててんの?」「あたしこのチャンネルしかみてないのに!」「広告いれればいいじゃん!」「ネットで見れない人はどうすればいいんじゃ!」「ファミリーガイなしでどうやって生きればいいんだ!!」

さてこの様なコメントの背景や、キャンペーンに多数のコメディアンや有名人やアート系の人が参加している背景が、日本にいる方にはちょっと分かりにくいかもしれませんので解説します。

まずBBC3というのは、どういうチャンネルかというと、BBCの地上波デジタル放送の一つで、ネットでも放送されています。放送はよる7時から朝5時まで。ターゲット視聴者は16歳から34歳であり、放送開始は2002年です。チャンネルの創設者は当時若干33歳だったStuart Murphy氏です。Murphy氏は当時イギリスで最も若いチャンネルコントローラーで、その後、民放であるSkyに移籍しました。氏はゲイと公言している事でも有名です。

ターゲットになっている視聴者が若い事からもわかりますが、BBC3というのは基本的にBBCの実験場みたいなチャンネルです。

BBC1やBB2で放送されるのは、主に時代劇とか、シャーロック・ホームズのドラマとか、昭和30年代の助産婦が奮闘しますなドラマとか、超コンサバで移民師ねと思っている年寄りが好みそうなダンス番組(ワタクシは大嫌い)、こんな素敵な田舎生活みたいな「田舎も重視してますよな政治的に正しい番組」、王室がなんたら、みたいな、まあ要するに誰からも文句がでない様な当たり障りのない年取り&PTA向け番組です。日本で言うと、NHKの朝の連続ドラマ小説みたいな感じの番組です。

(ちなみにワタクシは朝の連続ドラマ小説というのは38年の生涯において2回しかみたことがなく、あれを面白いと思っている人類が地球上に存在するのが理解できません。周囲にも誰も見た事がある人がいませんが一体あれ誰が見てるんですかね)

さらにユニークなのは90%のコンテンツがイギリス製であり、70%は同局のオリジナル、ということです。イギリスの民放だと、アメリカの番組が結構放送されていたりしますが、BBC3にはこだわりがあるんです。

BBC3では、まあ要するに一言で言うと、若くて、田舎とか牛とか酪農とか王室とかアフタヌーンティーとか骨董品が死ぬほど大嫌いで(ワタクシ)、ケバブとかクラブとかメタルとかパンクが好きな人向けの、ちょっと尖ったチャンネルなんです。

ですので、BBC1やBB2で放送するのにはちょっとヤバいお笑い番組やドラマ、ブラックなアニメ(ファミリーガイなど)を、試験放送として流しているというわけです。そもそも、年寄りは地上派デジタルの使い方が分からないので(チャンネルが多すぎる)BBC3の存在すら知らなかったりするんです。(いいことですね。みたら抗議の電話が殺到するでしょうから)

BBC3はそういうチャンネルなので、まだ著名ではないお笑いドラマ作家やコメディアンの登竜門みたいな感じになっているわけです。

例えば、イギリスで爆発的に流行った Little Britain という超政治的に正しくない危険すぎるお笑い番組は、このチャンネル出身です。ワタクシこの番組を初めてみたのはスコットランドいた時ですね。(家人が住んでいた)ワタクシが放送を発見し、家人と見始めたんですけど、その内容の凄まじさには最初はぶったまげました。

この番組には、現代のイギリスをかなり正確に描写した危険すぎるキャラクターが登場します。

ー リコーダーをふきまくりな電波なスコットランドの宿のオッサン
ー アッパラパーで万引き常習犯のシングルマザー
ー 本当は歩けるのに車椅子にのって生活しヘルパーに世話させてる怠惰なオッサン
ー そこいら中にゲイがいるのに「オレは村で一人のゲイ」と言い張るゲイ
ー タイから嫁を輸入するダメダメな独男
ー ガイジンが大嫌いで超人種差別主義者の大学事務員
ー やたらと嘔吐するPTA系のおばさま

番組の内容も過激で、延々と嘔吐シーンの連続とか、人種差別用語連続とか、そんな感じです。日本で放映したら大変な事になるでしょう。

この番組で大人気になったマット・ルーカスとデヴィッド・ウォリアムスは、その後イギリスを代表する超人気コメディアンとなりました。

その次に、BBC3は音楽ファンにとってはなくてはならないチャンネルです。このチャンネル、なんとですね、週末とか夏休み、冬休みになると、BBC貯蔵していたお宝音楽映像を大量に流すんです。BBCなので映像が素晴らしく、しかもプロの解説付き、でも変なDJも変な芸能人も一切でてこないという、はっきり言ってMTVより数倍質の高い番組を大量に流して下さいます。

流れるのは、70年代から80年代のパンク、ハードロック、メタル、ロックが中心で、まさにオッサンホイホイなチャンネルなのであります。

そして定期的に、凄まじく質が高く、内容の濃い音楽ドキュメンタリーを流します。例えば「ヘビーメタルの歴史」「アメリカンロックの経緯」「プログレッシブロックの歴史」「モータウンの時代」「ブリティッシュロックによるアメリカの侵略」など。

オッサンの皆さん、どうですか、ヨダレがでませんか。考えられます?NHKがこういう番組を流すって。

「ヘビーメタルの歴史」の場合、登場するのはトニー・アイオミ、オジー、ジーン・シモンズ、ブルース・ディッキンソン、ロブ・ハルフォード、イアン・ギラン、トミー・リー、リッチー・サンボラ等々であります。なんと豪華な番組でしょうか。ワタクシはこういう放送があるとテレビの前で正座してみてるんですけどね。そういうのがさらっとながれるんです、さらっと。

番組のリサーチや解説には超有名音楽評論家や学者が関わっているので「ちょっとこれ以上は無理なんじゃないか」という凄まじく高品質なドキュメンタリーになっているわけです。日本で例えると、NHKスペシャルにかけるお金や人材を使って、「ヘビーメタルの歴史」を作る感じです。

さらに、BBC3は、物凄くニッチですが、大変興味深いドキュメンタリーも流しています。例えば「レゲーと南アフリカの暴力」「音楽フェスティバルと性」「性転換手術」「タイのレディーボーイ」など、マニアックかつニッチなものが流れます。どっかの公共放送みたいに、延々と介護が大変で師ぬわ、耳が聞こえない奇跡の作曲家がいるけど本当は聞こえてましたごめんなさい、ビットコイン買うといいよ、みたいな鬱になるモノは流れないんですよ。レゲー聞きながら路上で銃を射撃してる人とか、性転換手術の実況中継がとか流れるんですよ。

というわけで、ワタクシは「BBC3を救おうぜ!」キャンペーンに署名したのでした。有償チャンネルになっても見たいと思うほどですから。

追記:
以下は、TVプロデューサーの@AshAtalla さんがコメントで示唆している「より白く、より年寄りで、より中流階級」な人々の説明です。

イギリスの白人男性中高年&老人というのは、郊外や田舎に住んでおり、ゴルフが大好きです。服装はゴルフウェア(えんじ色や緑色のダサいセーターとスラックス)やツイードなど、昭和30年代的で、思想も趣味も大変保守的です。テクノやクラブ音楽やメタルやパンクは大嫌いで、大好きなのはクラッシック音楽。セックスピストルズやクラッシュを憎んでいます。外国人やオルタナティブな文化やミリフェスも嫌いで、タイ料理やケバブが大嫌いです。ネットやコンピューターやゲームは人間を低能にすると固く信じていますが、自分はネットが使えませんので、BBC iPlayer の存在を知りません。なお、東ロンドンのヒップな場所とか、クラブには行った事がありません。

そういう人々の多くは中流階級で、クリケットやラグビーを愛し、大きな庭付きのデタッチド(一軒家)やセミデタッチド(家が二軒繋がった長屋)に住んでいて、公営住宅をつぶしてしまえと叫んでいたりします。一年中長靴を履いており、巨大な犬を飼っています。そして、どう見ても軍用ジープにしか見えないレンジローバーというダサい高級車で郊外のパブに乗り付けて、ローストビーフとか揚げた芋に肉の煮汁をかけてズブズブになったモノを食べる事を生き甲斐としています。寿司は野蛮な食べ物だと思い込んでいます。PTA活動や慈善事業やロータリークラブが大好きで、自慢は高額なゴルフ会員権を持っている事です。冬になると何百万円もする海外クルーズに出かけて社交ダンスを楽しみます。なお、好きな新聞はタイムス、テレグラフ、デイリーメールで、要するに、ワタクシが出会うと大げんかになる人々です。

なお、残念ながら日本に住んでいる人々の多くは、日本でかつて出版されてきた「イギリス通」なる人々が書いた「イギリスはおハイソ」と嘘をつきまくっている本のために、こういう人達が典型的なイギリス人だと信じ込んでいますが、ロンドンの人口の半分は外国生まれの外国人であり、若い人はローストビーフよりもタイ料理やカレーが好きで、田舎は大嫌いなのです。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。