いま知りたい「忘れられる権利」の概要と論点整理
テーマ4:「忘れられる権利の理想と現実」
2014.10.14
Updated by 特集:プライバシーとパーソナルデータ編集部 on October 14, 2014, 12:00 pm JST
テーマ4:「忘れられる権利の理想と現実」
2014.10.14
Updated by 特集:プライバシーとパーソナルデータ編集部 on October 14, 2014, 12:00 pm JST
情報通信技術の発展により、我々の「パーソナルなデータ」が様々な場所において履歴として残り、時として実社会の本人に影響を及ぼすほどの事態を生み出している。このため、日本に限らず、国際的にもインターネットやスマートフォンを前提としたプライバシー法制が見直される最中にあるが、その中での重要キーワードである「忘れられる権利」について、概要と基本的な論点の整理を当記事で行う。
インターネットの発達により、Webには私たちの記録がほぼ永久に消えずに残るようになっている(あらゆる事柄がホームページ上に記録され、その情報は消え去ることなく、永年にわたって衆目にさらされ続け、検索エンジンによって、極めて古い情報を誰でも掘り起こすことが可能になっている等)ことから、適切な期間を経た後に、記録に留められるべき正当な条件を持たない過去の個人にまつわる情報がWeb上に残っている場合、これを完全に削除することを、個人の権利の一つとして提唱したもの。
2012年1月25日に、欧州委員会副委員長ビビアン・レディングが「本人の忘れられる権利(the right to be forgotten)」の必要性(個人の情報をどう取り扱うか、その権利は個人がもつべきだということ)を説き、基本的人権の保障としてのプライバシー保護に関する新たな規制(個人データの処理及びそのデータの自由な流通に係る個人の保護に関する規則提案、以下、EUデータ保護規制案)を提案した。発表の背景には、旧EUデータ保護指令(個人データの処理及び当該データの自由な流通に係る個人の保護に関する指令)が採択された1995年当時は、EUにおけるインターネット利用者は全体の1%未満であったが、昨今のインターネットの進展により、個人情報保護問題に対処できなくなった点が挙げられる。提案には、個人からの正当な要請があれば、検索サービス等のサイトの管理者は対象の情報を削除しなければならない点、その求めに応じない場合、50万ユーロ(約5000万円)の罰金を科す点などが盛り込まれた。
「忘れられる権利」については、提案以前にも2011年11月にフランスの女性がグーグルに対し「過去の写真の消去」を請求し勝訴したケースがある。また最近では、2014年5月13日、欧州連合司法裁判所が、人には「忘れられる権利」があると判断し、グーグルにリンクの削除を命じる判決を出した。これはスペイン人の男性が1998年に社会保障費の滞納から、その男性が所有する不動産が競売にかけられた(すでに解決済)事が報じられた記事が検索エンジンの検索結果のトップに出てしまうというものである。欧州連合司法裁判所の判断は、このような情報は過去のものであり、現在も表示されることは不適切だとして、記事へのリンクの削除を命じた(記事そのものはWeb上に残っている)。この判決の後(5月30日)に、グーグルは欧州連合司法裁判所の判断に則した削除要請フォームをEU圏の利用者にのみ提供した(設置後の削除要請は12000件を超えた)。
なお、2013年に可決されたEUの「データ保護規則案」では、「忘れられる権利」は「削除を要求する権利」とされ、2015年中は成立予定である。
EUは個人情報の保護を重視した政策を推進する一方で、米国はこれとは異なる方向で政策を推進している。具体的には、2012年に公開された「プライバシー権利章典」において、「Do Not Track」(行動ターゲッティング広告から追跡されることを拒む仕組み)などを用意し、消費者が自由にプライバシー保護を選択できるように環境整備を行う事でサービスの利便性や経済活性化も担保する方式を採っている。
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日本では、2012年12月女性を盗撮したとして京都府迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕され、執行猶予付き有罪判決を受けた男性が、ヤフーのサイトで検索すると、男性の逮捕から判決までの記述が表示されることについて、名誉棄損とプライバシー侵害として、損害賠償ならびに表示差し止め請求を京都地裁へ提訴した。
これに対し、京都地裁は2014年8月7日に請求を棄却した。京都地裁の判断は、検索によって表示されるのはリンク先に留まっており名誉棄損の要件を満たしていない点、また犯した犯罪行為が社会的な関心が高い点、更に、逮捕から1年半しか経過していない点など公共の利害に関するもののみであり、プライバシー侵害(不法行為)は認めていない。
前記EUの訴訟も、日本の事例も、検索エンジンを提供する事業者が提訴された点では共通である。しかし、欧州連合司法裁判所が、検索エンジンの社会的影響力の大きさから、情報の提供が適法であったとしても、リンクの削除をすべきと判断したのに対し、日本では、検索エンジンの社会的影響力の大きさを考慮した判断にはならなかった。この背景には、日本ではEUのような法定される要素が現状ではなく、憲法で規定されていた表現の自由とのバランスを取ることを優先したという見方もある。
忘れられる権利についての論点で代表的な観点は以下の2点である。
1.忘れられる権利の範囲について
罪を犯し刑務所に入った人物が、その刑期を終え、出所する場合に、忘れられる権利が適用されるのか、また、その対象が公人(政治家等)の場合、国民の知る権利から忘れられる権利が認められるのかという適用範囲に関する議論。
2.忘れられる権利を実行する事業者のコストについて
忘れられる権利は、個人一人ひとりの声に対処するものであり、それに対応するための労力や費用がかかり、事業者のイノベーションを阻害してしまう(過去のデータをビッグデータとして利用することで、事業者のイノベーションが促進されることができなくなる等)のではないかという議論。
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カナダ・オンタリオ州プライバシー・コミッショナーであるアン・カブキアン博士が2009年にまとめ、2010年に国際会議で提案した「プライバシー・バイ・デザイン」という概念は、個人情報を用いる事業者は、使うことが予想される段階-すなわち、ビジネスの設計段階から-プライバシーへの配慮を織り込み、情報システムばかりでなく、ビジネスプロセス全般での対応が必要だという考え方である。
この概念は、前述EUデータ保護規則案を初め、各国の個人情報政策を推進する際の主要な考え方のひとつになっている。
日本でも、2016年1月より発行される「社会保障と税番号」制度を導入するにあたり、国や行政機関、地方公共団体に対して、特定個人情報保護評価が求められている。これはプライバシー・バイ・デザインの考え方を導入した手法の一つであり、当該番号を使う前に、その事務プロセスや情報システムについて、リスク分析を行い、必要となる対処を準備するために行われている。
事業者においても、このような考え方を取り入れ、事前にプライバシー侵害と言われるような事象が発生しないような措置を講じておくことが肝要である。
プライバシーは、主観的なものである。ある人にとって年収は隠しておきたいものであるが、別な人にとっては開示したい場合もある。このように、それぞれの個人情報について、個々人の主観的な考え方がある。
そのような個別なものを、全て法律で規制したり、または事業者が対応していくには難しい面が多い。特に、日本の場合、現時点では忘れられる権利に関して直接的に規定する法律がなく、前述のような周辺法による解釈でしか対応ができない。
よって、インターネットを利用する市民の立場として、SNS等で取った写真を何も考えずにアップロードをすることや、不要に他人を中傷するようなつぶやきを行うことなど、一つ一つの所作について、よく考えて行動する必要があるのではないか。
〈文:一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)坂下哲也〉
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