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『デジタル音楽の行方』から10年経って

Ten years after 'The Future of Music'

2015.06.22

Updated by yomoyomo on 6月 22, 2015, 15:50 pm JST

 二〇一五年のある日、あなたはなじみの曲が優しく流れる中で目を覚ます。音楽とともに起きたので気分は上々。バスルームに向かうと、パーソナルメディアマインダが鏡の中のディスプレイに映像を映し出し、あなたはその日の準備をしながらパーソナライズされたニュースを少し見る。シャワー室に入ると、パーソナライズされた音楽プログラムが用意されており、先日ダウンロードした楽曲の新しいライブバージョンが流れ出す。元のバージョンよりずっとよかったので、服を着ながら「テイストメイト」プログラムに、その新しいトラックをプレイリストのローテーションに加えるよう指示する。
 あなたは新型の眼鏡をかけるが、これにはネットワークに接続するオーディオヘッドセットがついており、小型のイヤホンを耳に装着する。スイッチをいれると、友人があなたに作ってくれたミックスが流れ出す。音楽はあなたの意識に流れ込み、それはあなたのものになる。
 家族との朝食の後職場に向かうが、パーソナルメディアマインダが、昨日の朝聞き始めたオーディオブックを聞き終えてしまうか尋ねてくる。あなたはそうすることにし、職場に向かう電車まで歩く間にオーディオブックを聞く。
 日中はヘッドセットやその他の無線デバイスを用い、友人、同僚、ネットワーク友達、つまり「デジタルでつながる仲間達」とネットワーク越しにコミュニケーションを行なう。ヘッドセットは、あなたが大好きなハードロックのコレクションにもつながったままである。その一方で、昔からのお気に入りの曲に加え、いろいろな新曲、新バージョン、そして入れ込んでいる曲のリミックスが流れ続ける。テイストメイトを使い、あなたはプレイリストにアクセスしてプレイリストを交換し、シアトルにいる友人にいくつか曲をお勧めして、それらの曲は友人のローテーションに追加される。音楽は一日を通してあなたの生活の活力になるのだ。

『デジタル音楽の行方』

長々と引用してしまいましたが、上の文章は、David Kusek、Gerd Leonhard『The Future Of Music: Manifesto For The Digital Music Revolution』の拙訳『デジタル音楽の行方』の第一章の冒頭部です。

原著は2005年3月、訳書は2005年12月に刊行されたもので、つまりは上の引用は、2005年の時点からその10年後にあたる2015年の音楽環境を予測したものです。

この手の未来予測の常として、現在の目から見るとどうしてもズレを感じてしまうわけですが、眼鏡型デバイスを推しているあたり、Google Glass が失敗の烙印を押されてなければ印象が変わったかもしれず、またネットを通じてつながる仲間を、新しい音を知るソースとして重視しているのは、原書の執筆時期である2004年当時の SNS を考えれば(Facebook はできたばかり)、目のつけどころは悪くないと訳者として擁護したくなります。

またこの本の第一章には、ユニバーサル・モバイル・デバイス(UMD)という2015年6月1日に発売される(?)未来の機器についての記述があります。UMD とは音楽や映画やゲームや電子書籍といったエンターテイメント、チャットやメールなどのデジタルコミュニケーションといった用途に使えるネットに常時接続した GPS 内蔵の電話であり、個人用デジタルアシスタントであり、音楽/写真/映像ストレージ装置なのにタバコの箱よりも少し大きいくらいのサイズで――ここまで読んで、我々はこの「UMD」を既に手にしていることに気付くわけです。

そう、「スマートフォン」です。

詳しく読んでいくとさすがに先走った記述もあり、現在の「スマートフォン」がそのまま「UMD」とイコールとは言えないのですが、初代 iPhone が発表される2年以上前という執筆時期を考えると、これはなかなかの卓見に思えてきます。

ただ、『デジタル音楽の行方』は未来予測の本ではなく、P2P ファイル共有の隆盛以降苦境に陥っていたレコード業界と対照的に、テクノロジーは音楽を前例のない高みに押し上げ続けており、音楽業界自体は活況にあるという認識の下に、ミュージシャンもファンも双方にとって幸福な「音楽の未来」のあるべき姿を説く本です。いきなり「アーティストは全員この本を読むべし。レコード会社の人間は絶対に読んじゃいけません」と宣言するすごい解説をジャーナリストの津田大介さんが書いているのですが、もしかして彼のファンでもお若い方だと、彼がかつて音楽配信メモというブログをやっていたのを知らない人もいたりするのでしょうか。

当時デジタル音楽配信の主流は、(多くが違法な P2P ファイル共有を除けば)2003年にローンチし、日本でも訳書が出る直前の2005年8月にサービスを開始していた iTunes Music Store(現在の iTunes Store)におけるダウンロード配信だったわけですが、『デジタル音楽の行方』はその iPod+iTunes モデルの次に来るものとして、音楽が(先進国における)水のような「ユーティリティ」として安価かつ恒常的に入手でき、リスニング環境を自由に横断して聞けるようになる「水のような音楽」モデルを提唱しています。

それにしてもこの本を訳して10年が経つとは……ワタシは「雑文書き/翻訳者」を肩書きとしていますが、書籍の翻訳を手がけたのは『デジタル音楽の行方』が最後であり、未だに短い文章をちまちま訳しているとはいえ、もはや10年も本を翻訳してないのなら「翻訳者」は名乗ってはいけないのではないかとすら思ったりします。

この本の刊行時には、これはワタシの翻訳者としての存在を決定付ける本になる、要は「売れる!」と本気で思いこんでました。しかし、発売から半年だか経って版元である翔泳社から届いた売り上げ明細を見て、その数字に震え上がり、担当編集者の外山さんに頭が上がらなくなり、足を向けて寝れなくなってしまいました。

『音楽配信はどこへ向かう? アップル、ソニー、グーグルの先へ…ユーザーオリエンテッドな音楽配信ビジネスとは?』

閑話休題。この10年間にも音楽業界について書かれた優れた書籍はありますが、ワタシも読んでいるものでお勧めとしては、2008年から2013年までの雑誌「ミュージックマガジン」の連載をまとめた小野島大氏の『音楽配信はどこへ向かう? アップル、ソニー、グーグルの先へ…ユーザーオリエンテッドな音楽配信ビジネスとは?』が、日本の音楽市場におけるデジタル音楽配信の一進一退というか暗中模索加減を振り返るのに適した本です。

あとウェブリソースでは、榎本幹朗氏が Musicman-NET に連載している「未来は音楽が連れてくる」も、膨大な資料にあたり歴史を紐解く、毎回とても中身の濃い示唆的な文章を読むことができます(既に二冊電子書籍化もされています)。

話を『デジタル音楽の行方』に戻すと、この本が提唱した、水道水のように音楽を享受し、一方でプレミアムな水を欲しければミネラルウォーターを買えるように高音質な音楽も買うことができるという「水のような音楽」は実現したのでしょうか?

『デジタル音楽の行方』の著者たちは、月額にして1、2ドルで水道水のように通常音質の音楽が遍在する未来を予測したことを考えると、それは実現していないというのが答えになります。著者たちの予測が実現しなかったのは、強制ライセンスにより税金のようにして全国民的から広く薄く徴収して資金プールを作り出す代替保証制度を前提としていたためですが、ある程度納得できる値段で多様な環境で好きなだけ音楽を聞ける環境が日本でも今年実現しようとしています。

つまりは定額制のストリーミング音楽配信サービスのことですが、2010年にナップスタージャパンがサービスを終了し、そして今年もソニーの Music Unlimited が終了する一方で、エイベックスとサイバーエージェントが AWA、LINE が LINE MUSIC をリリースし、そして Apple が先日の WWDC で Apple Music の開始を発表しました。また数年前から日本でのサービス開始の準備中であることが告知されている、この分野における世界的なトッププレイヤーである Spotify もあり、ようやく日本でも定額制ストリーミング音楽配信サービスがポピュラーなものになることが見えてきました。

ナップスタージャパンにしろ Music Unlimited にしろユーザであり、そのサービス終了に嘆き悲しんだワタシ的にはありがたい流れです。AWA は Spotify を意識した UI/UX で、LINE MUSIC は iPhone のミュージックアプリを意識してる感じとのことですが、現状日本において先行する2サービスのいずれにも個人的には食指が伸びなかったりします。

その理由は前者はスマートフォンアプリの前提が理由になっていること、後者は(当然ながら)LINE アプリと密接な関係にあることが、一身上の都合により LINE を利用していない奇特な人間には都合が悪いというのがあります。

ワタシ自身が最も音楽を聴くのは、自室におけるパソコンでの作業中ということになり、そこで聴けるのが一番大事なのです(外出時は、iTunes にリッピングしたライブラリのシャッフル再生で事足りる)。そして主に洋楽リスナーであり、アルバム単位で聴くことが多く――と書いていて、自分自身の嗜好性が音楽愛好者としてマイナーに属することに気付かされます。

なので、自分の都合や好みに合わないからといって、先行する日本の定額制ストリーミング音楽配信サービスにケチをつけるようなことは書くべきではありません。ワタシ自身は、自分の嗜好性からしても、今月末に開始される Apple Music か、今年中には日本でもサービス開始されるであろう Spotify が一番適しているのでしょう。

――と書いていたら、某有料メルマガで、日本のレーベルが最終的に拒否したため Spotify の日本でのローンチはなさそう、という記述を目にして驚きました。電通デジタル・ホールディングスの出資話もあり、これは間違いないだろうと思っていたのですが……もしその通りなら、ワタシの場合、とりあえずは Apple に囲い込まれるしかなさそうです。サービス料金もどうやら Music Unlimited と同じくらいで済みそうで、それなら文句はありません。

Apple Music については西田宗千佳氏のレポートジェイ・コウガミ氏の記事が詳しいですが、単なる定額制ストリーミング音楽配信サービスではなく、特にキュレーション型のプレイリスト、ローカライズ+キュレーションされたプレイリストがどこまで成功するかに興味があります(一方で、Apple が伝統的に苦手とする SNS 的機能については一切期待しておらず、むしろ余計なことさえしてくれなければ御の字です)。

正直に書くと、ワタシは10年前に『デジタル音楽の行方』を訳していた頃のようには音楽リスナーとして情熱を持っていません。少し前に最新ヒット曲を聴かなくなるのは30代半ばという調査結果が話題になりましたが、ワタシ自身にもそれは当てはまったようです。

そうした意味で、上記のプレイリスト機能、また今既に LINE MUSIC が訴求している音楽を気軽にネット上でシェアする機能により自分の音楽の聴き方をいくらか変えてくれたら、と期待する気持ちがあります。冒頭で引用した『デジタル音楽の行方』における未来予想図と現状での差異として大きいのは、「テイストメイト」プログラムの力不足であり、それを Apple Music がどの程度埋めてくれるのかというのにも興味があります(日本では Pandora が利用できないだけなおさら)。

「クラウド型iTunes」というのは『音楽配信はどこへ向かう? アップル、ソニー、グーグルの先へ…ユーザーオリエンテッドな音楽配信ビジネスとは?』でも2010年には望まれていた話で、それは後に iTunes in the Cloud 機能で実現するわけですが、所有する音楽を所有者の端末で自由に聴けるというのはある意味当たり前の話になり、それが実現したら次に望まれるのは聴き放題の音楽配信サービスです。それが日本でも本格的に利用されるまでは5年、『デジタル音楽の行方』から10年かかったということになります。

一方で『デジタル音楽の行方』における「水のような音楽」モデルの両輪の片方であるプレミアム版、高音質の音楽については、SACD などの次世代 CD 規格は成功しなかったものの、ハイレゾリューションオーディオ(ハイレゾ音源)が担いつつあると書いてよいでしょう。要は役者は揃ったわけです。しかし、音楽業界の苦境がそれらのサービスで解決されるわけではなく、テイラー・スウィフトなどに代表されるようにストリーミング配信を拒否するミュージシャンも少なからずいます。ピート・タウンゼンドの有名な言葉ではありませんが、それらは苦悩を解決してくれるわけではなく、苦悩を抱えたまま我々を踊らせ続けるのでしょう。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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