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焼肉屋の成否はソフトウェアが握っている

The key to running a successful steakhouse is a "Software"

2015.07.23

Updated by Ryo Shimizu on July 23, 2015, 12:03 pm UTC

 今年の初め頃、私は岩手県一関市にある焼肉屋さん、格之進(かくのしん)で三日間だけ修行をさせて頂くチャンスがありました。

 雪の降る中を新幹線ででかけていって、お店の前の雪かきなども手伝いながら、肉のお勉強をさせていただいたのです。

 格之進の千葉社長はとてもユニークな方で、美味しい肉とは何か、常に考えている肉の求道者とも呼べるような人です。

 格之進は一関市内に三店舗、東京に三店舗と展開する大きなグループで、特に東京の六本木一丁目にある格之進Fは、熟成肉ブームの火付け役として有名です。

 私が千葉社長および格之進のスタッフの皆様から教わったことは数多いのですが、中でも驚いたのは、肉の捌き方です。
 
 千葉さんは素人の私のために、わざわざ半頭の牛を用意してくださり、丁寧にそれぞれの部位の接続と、捌き方を教えて下さいました。
 
 そして一番驚いたのは、「カルビ」という部位はない、ということです。一応、カルビと名のつく部位は肋骨の部分に「バラカルビ」というものがあるのですが、普通に「カルビ」として出されるお肉がどの部位なのかは、なんとお店よって大きく変わるそうなのです。
 
 焼き肉としてレストランに出すときに「ここを上カルビ」「ここは普通のカルビ」「ここは特上カルビ」と決めるのはお店の裁量に任されています。つまり、体中のあちこちの部位をあるお店では「ここまでがカルビで、ここからはランプ」と決めていたりするということです。
 
 その焼肉店が美味しいかどうかは、どこをカルビにするかという判断基準、いわばソフトウェアによって決まるのです。どのお店にも精肉部には「ここは上カルビ」「ここは特上カルビ」などと細かく区分けされた分類表があり、この表さえあれば明日からでも焼肉店を開店できると言われているほど重要なものとなっています。
 
 
 唯一、ごまかしが効かないのは、肉の中でも最も美味しいと言われるヒレの部分とロースの部分。
 
 ヒレ肉が美味しいのはカラダの中心にあり、あまり動かないからだそうです。
 
 実は肉というのは、動かなければ動かないほどサシ(脂)が入ってこなくて美味しいのです。ヒレ肉は背骨の運動につられて緩慢に動くだけなので驚くほどサシがはいらず、綺麗な赤身になるのです。
 
 ロースは、反対にサシが入っていることがむしろ魅力となる部位ですが、実はこのサシも、場所によって融点が異なります。
 
 たとえば実際に肉を捌いてみると、手で触っているだけで溶けてくるロースのような部分の脂と、ガッツリ抑えてもなかなか溶けない肩バラのような部位があるのです。
 
 融点が低いということは、それだけ口どけが柔らかいということで、これがロース肉の美味しさに繋がっているわけです。
 
 ある程度の大きさに捌いたら、今度は余分な脂を削ぎ落とす、いわゆる「磨き」という作業を行います。
 
 この磨きという作業で削ぎ落とされた余分な脂は、あとで溶かして固められてスーパーマーケットなどで配られる立方体の「牛脂」になります。
 
 そして驚くのは牛の肉のほとんどが脂だということです。
 この脂に対する肉(筋肉)の歩留まりの高さから、Aランク、Bランク、Cランクに分けられます。
 
 余分な脂がないほどいいランクというわけです。
 そして、肉にサシが細かく入っていればいるほど等級が高くなります。それがA5牛の意味です。
 
 これ、実はすごい矛盾なんですよね。
 A5牛というのは、要するに歩留まりが高くサシが入っている率が一番高い牛、という意味しかないのです。
 
 ではなぜサシが入った肉が高いのか。
 それは食肉流通に関係します。
 
 かつて精肉店で肉を買うのが当たり前だった頃、精肉店ではいろいろな部位を客層にあわせてバランス良く売っていました。時には調理法のアドバイスも添えて売っていたので、そこにある価値基準は「コストと美味しさ」しかありませんでした。この頃は肉の本質的な美味さを伝えるヒレ肉がとても重宝されていました。ヒレ肉というのは、西洋レストラン風にいえば「フィレ」であり、リブアイステーキやシャトーブリアンもヒレ肉の一部です。
 
 ところがスーパーマーケットが登場し、精肉店の店頭で会話しながら肉を買うのではなく、予めスライスされた肉を売るようになると、途端にサシが綺麗に入った霜降り肉が売れるようになりました。
 
 実際に霜降り肉を食べると、わりと油っこすぎて美味しくないことが多いのですが、肉がまだ珍しかった頃の日本ではこれが珍しがられました。
 
 かくして霜降り肉はブランド化していったのです。
 
 ところで高級な霜降り肉ステーキをスーパーで買って、家で調理してもいまいち美味しくない、と思ったことはないでしょうか。
 
 実は肉は焼き方も大事なのです。
 大きければ大きいほど肉を上手に焼きあげるのは難しくなります。
 
 そこで、素人は差し込むと温度が解る温度計を使って肉の内部の温度を測りながら焼くのがオススメです。
 
 基本的に美味しく焼こうと思ったら、あわてずに時間をかけてじっくり焼くことが大事です。
 できれば弱火で、本当にじっくりじっくり火を通していくのです。
 
 あまりに大きい肉の場合、オリーブオイルとフライパンを使って、熱したオリーブオイルをおたまですくって肉に上からかけるようなやり方も必要です。
 
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 だいたい、内部が60度から70度くらいになったら火が通っていると言っていい状態なので、その状態から少し肉を休ませ、それから一気に食べやすい大きさに切って食べるのが美味しい食べ方です。
 
 この焼き方、食べ方、捌き方、というものは全てソフトウェアと言ってよいでしょう。
 機械ではなく人間の考えたやりかたが美味しさの決め手になっているのです。
 
 この修業を通して、私は大変驚くとともに感心しました。
 
 焼肉屋さんの美味しさの基準が、実は肉質ではなくソフトウェアにあるというのは面白い発見でした。実際、格之進さんでは敢えてA5ランクの牛は使わず、サシが少なめのA4ランクの和牛を使うことが多いそうです。そのほうが美味しい肉が提供できるからだそうです。

 実際、格之進の熟成ヒレ肉は本当にサシがなく焼きあがると綺麗なピンク色をしています。
 
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 サシの入りすぎた肉は熟成に適しておらずクドくなってしまいがちなのですが、ヒレ肉はクドくならず本当の意味での美味しさが熟成によって引き出されています。

 さらに千葉社長は美味しい肉を出すだけでは飽きたらず、牡蠣とのコラボレーションも研究し、ついに格之進Fで牡蠣と熟成肉を楽しめるコースがスタートしたそうです。 

 
 感心するのは、千葉社長自身が相当な肉の捌き手であり、肉の焼き手であるということです。経営者として活躍する傍ら、時には抜群の腕で信じられないような焼き方を披露してくれます。その腕前はシェフ顔負けです。

 
 プログラマーも、経営者自らが最新の技術を常にキャッチアップしなくては話にならない職業ですが、料理人もそれは同じなのだなと強く感じます。

 もしかすると私と千葉社長はこういうところが似ていて、お互いに共鳴するものを感じているのかもしれません。

 IT企業と焼肉屋さん、全く違うようでいて、意外と似ているのかもしれません。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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