八子 知礼(やこ・とものり)

シスコシステムズ シスココンサルティングサービス 八子知礼氏(後編):IoT時代のナンバーワンを目指すために、日本は本気でチャレンジャーに戻る必要がある

日本のIoTを変える99人【File.003】

2015.10.16

Updated by 特集:日本のIoTを変える99人 on 10月 16, 2015, 06:30 am JST

日本では、ICT導入が進んで身動きがとれない製造業よりも、別分野でIoTの活用を進める方が良いという考え方もある。IoT化が進むことで、産業・社会・生活はどのように変わるのか。前編に続き、シスコシステムズ合同会社 シスコ コンサルティング サービスの八子知礼氏に語っていただいた。

八子 知礼(やこ・とものり)

八子 知礼(やこ・とものり)
松下電工株式会社にて通信機器の企画開発や新規サービス事業の立ち上げに従事した後、外資コンサル、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員パートナーを経てシスココンサルティングサービスのシニアパートナーに着任。通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、顧客/商品/マーケティング戦略、バリューチェーン再編等を多数経験。MCPC、IT スキル研究フォーラム、新世代M2Mコンソーシアムでの委員、理事などを歴任、現在はCUPA(クラウド利用促進機構)運営委員・アドバイザー、日本英語教育検定協会理事、mRuby普及促進協議会アドバイザーを務める。著書に「図解クラウド早わかり」「モバイルクラウド」(いずれも中経出版)がある。

新しいことに挑戦するマインドが退化した日本企業

日本はさまざまな市場で一度トップになってしまったので、リスク回避思考がはたらいて、「率先して挑戦するよりは、先行者が試行してその分野や技術がこなれるまで待ってから取り入れる方が良い」という発想が強いのではないか、とプロジェクト現場での議論や提案活動からも感じます。新しいことに対して貪欲なつもりかもしれませんが、情報を収集するだけ収集して一向に実行に移そうとせず、批判的に、斜に構えて眺めているように見うけられることに度々遭遇します。

データの蓄積に関する考え方がまさにそうです。アメリカの場合は「今はまだ儲からないけど、将来これがお金になるんだから溜めておこう、そのための基盤整備をしよう」と割り切った考え方でまず始めようとしますが、日本では「儲かることがはっきりしてからやればいい」と一向に腰をあげないか、やりたい現場と効果を先に説明しろという経営との間で担当者が困っているといったことが多々あります。また、実際に腰を上げてデータ蓄積手段を検討して、データを溜め始めても、使えるようになるにはそこからさらに短くて数ヶ月、普通に考えれば1年かそれ以上の時間がかかります。ですので、とにかく早く始めなければいつまで経ってもデータなんて溜まりっこないし、活用は更に先になるわけです。こうしたことからも、特に大企業にとっては新しいことにチャレンジするマインドが昔と比べてだいぶ退化してしまったのではないかと危惧しています。

アメリカも昔は「Just in Time」をトヨタから学んだと言われていますし、「制約理論によるバリューチェーン上のボトルネック発見」といった、それまでアメリカにはなかった考え方を、日本企業をベンチマークすることでフレームワークとして再構築して取り入れ、強くなってきました。米国から始まったCRM(顧客志向マネジメント)の考え方も日本が大量消費型社会になる前は当たり前のことだったと言えるでしょう。

今の日本は80年代に世界一になって目指すべきモノを失った結果、その地位から転落した。次に目指すべきことを未だ見いだせないままこの20年ほどを過ごしてきてしまった企業も多いのではないでしょうか。その意味では再びめざすべきことを見据え、チャレンジャーに戻らないと再び這い上がれないのではなかろうかと思っています。もちろん、企業内にも、個人としてさまざまなことに挑戦している人はいますが、会社全体としてチャレンジしている企業は「イノベーションに取り組め!」と表向きには言っていても、実態としてはさほど多くないようにも見受けられます。それでも、スマートコンストラクション推進本部で建築現場でのドローン活用を進めるコマツ、2020年までに工場の制御に使う電源やスイッチなど全ての部品にセンサーを入れて工場全体をIoT化することを決めたオムロンなど、少しずつ再び世界一を狙おうとするような事例は出始めています。

日本のIoTは製造業以外の分野から始めた方が良いかもしれない

Industrie 4.0は製造業にフォーカスしていますが、小売流通、物流、家電などの家庭内、ダムや都市の公共インフラにも応用できます。センサーネットワークを設置する場所次第で、どこでも活用の可能性は広がるのです。Industrial Internet Consortiumはまさにそのような形で業界を絞っていない多様性を内包して進んでいます。

日本の公共インフラの多くは1960年代に建造されていますから、もう50年経ち、建て替えの時期にきています。しかし、当時と同じ発想で作り直すほどもう国が豊かではありませんし、なにより今から25〜30年ほどで人口が1億人を切るかもしれないという時代に現時点と同じインフラが維持できるわけでも無いと考えます。センサーネットワークを活用して管理し、適切にメンテナンスすれば、50年の寿命を延ばし、優先度の高いところから建て替えしていくといった対処ができます。また、建物内での動線管理のために人の動きをモニタリングすることで、高齢化社会に備えて建物の構造をバリアフリー、ストレスフリーな環境に最適化するというような使い方もあるでしょう。

グローバルには製造業から始まったIoTですが,日本の場合、製造業はFA化が進んでいて現場業務や設備を変えにくいという事情があれば、逆に前述の様なインフラ管理、健康・医療、家庭など別分野の現場から適用したほうが良いという考え方もまた一方では存在しうるでしょう。

小売店頭にいくと、IoTについては製造業以上に既に取り組んでしまっているので目新しさがないと思われているように感じます。イオングループやIYホールディングスなどの大手、伊勢丹などの百貨店などの大手はO2Oの取り組みをしていますが、言わばこれも広義でとらえればIoTの一環とも言えるわけです。西友はウォルマートグループの傘下になって、電波で書き換える電子プライスタグの導入は完了しており、これもある意味IoTを実現しているとも言えるでしょう。

ただ、従業員の稼働管理をモバイルで実現したり、店内をモバイルアプリで誘導したり、それらを通じて把握できたデータを分析して店員や什器、商品配置の最適化などまで実現するには未だ至っていないのではないでしょうか。ここに、既に導入されているソリューションで実現出来ている環境と今現在IoTで目指そうとしている世界観のギャップがあります。

ここ10年ほど、経済が停滞した中で必要なICT投資はやりきった、という感じが業界に蔓延していましたが、ここにきて欧米が提唱している「デジタライゼーション(バリューチェーン全体をデジタル上でも実現すること)」がにわかに検討の俎上に載り始めているのを感じます。とはいえ要求水準はとても高く、「安くておもしろくて斬新で儲かる仕組みがあればやりたい」とはおっしゃるんですけどね。

八子 知礼(やこ・とものり)

一方、コンシューマーから見ると、確かに「モノにセンサーがついただけ」では直接メリットを享受できませんから、それだけだとなかなか興味は湧かないでしょう。でも、モノと連動して画像や音声などが届いたり、自分が意識していないモバイルのデータと店頭のデータをミックスして届けられるようなサービスであればどうでしょうか。モノとモノをつなぐだけはなく、データとデータ、モノとデータ、モノとつながっていた人を繋ぐという、我々シスコが提唱するIoE(Internet of Everything)でもっといろいろな全てのモノゴトを繋いで新たな顧客エクスペリエンスを提供できるのにと思います。

店に入った時に味気ない機械音声で「いらっしゃいませ」と言われるだけではなく、店に入る前に商品がそれを買った時のメリットと一緒にレコメンドされて、店内のどこにあるのかまで案内してくれるような体験も可能になるでしょう。大型のショッピングモールなら、目的地までナビゲーションしてくれるだけでも、案内板を見ながら移動しなくてよくなりますよね。お店にたどり着いても、今度は探しているものに行き当たるまでお店の人に聞かなくてはいけない現状では、顧客のエクスペリエンスが場所や手段、移動した途端に繋がっておらず途絶えてしまっています。これを全て繋げて新しい価値を生み出していくことが必要になるわけです。

リアルタイムのクラウド上でのマッチングが重要な意味を持つ

今、大企業と小企業では、やりたいことも、できることも違っています。大企業は大企業のジレンマで、今までのビジネスを壊すような新しいビジネスモデルには踏み出せない一方で、小企業はこれまでの積み上げがないので、どんどん仕組みを変えられます。

グローバルでは、uberやAirBNBなど、需要者と供給者をクラウド上でマッチングしてあげるモデルが勝ち組を形成しています。今後は大企業でもそのようなことに取り組むか、そのようなビジネスができる場やプラットフォーム、資金を提供して、いろいろな企業にその上に乗っかってもらって一緒に新しいサービスを創りあげてもらうような柔軟なことができるところが生き残れるでしょう。

それは、情報、リソース、人材をシェアするモデルになるかもしれません。しかし、それに取り組めるかどうかで、ビジネスの発展性が変わりと考えています。結局それは、グローバルで勝ち組が標榜しているエコシステム形成型ビジネス、オンラインとオフラインの完全一致を目指すO2O型ビジネスモデル、前述の様に需要と供給をクラウド上でマッチングするクラウドエクスチェンジといったビジネスモデルに修練されているのではないでしょうか。

需要側の情報を集めるのはITでカバーできます。供給側の情報はIoTテクノロジーで吸い上げなくては存在しません。需要側の情報と供給側から集約した情報をクラウド上でリアルタイミングにマッチングしていくことが重要な意味を持つようになるでしょう。

マッチングはITの世界にとどまりません。クラウド上で人の労働力をマッチングすればクラウドソーシングだし、お金をマッチングすればクラウドファンディングで資金調達が可能になります。今まで地道にいろいろな人と時間をかけて交渉していたことが、グローバルワイドに瞬時にクラウド上でできるようになっていますし、そうなるのが望ましいのではないかと考えています。

クラウド上でのマッチングは、全てが明らかになることでもあります。シェアすることが望ましいと考えられていながらも、本当はシェアしたくない情報がシェアされることへの懸念は深まるでしょう。IoTの時代にはそのことがとても懸念されていることもまた事実です。

そこで「必要以上に隠してもしょうがないじゃない」と言ってしまうと、暴論だとして受け入れられなくなってしまうかもしれませんが、人間の情報処理能力は今の世の中についていけなくなりつつあるのに、自分が隠そうとしている情報がどこからも漏れていないと言い切れる人は世の中にはなかなかいないのではないでしょうか。ならば前述の様なシェアする事で価値がフィードバックされる世界を目指すか、どこかで割り切れるような情報管理の落としどころや手間のかからない、意識しなくて良いセキュリティや管理のあり方がそのうち議論され,実現されてくれば良いのにと、個人的には思います。

もう一度夢を見るために大切なこと

最後になりますが、日本はもう一度、IoTの時代に背中を押されて「ナンバーワンになる」夢を見てもいいんじゃないかと思います。そのためには小さなことからでも良いので、とにかく早く新しいことに取り組むことが大事だと考えています。今の日本の大手企業は、いろいろなことがほんとに遅すぎると感じています。小さければ大した失敗にもならないのに、自分たちにはやれないと思い込んでいるのか、失敗したらどうしようと思っているのか、なにもやらない方が出世できるからなのか、なかなか動かない。何も新しいことに挑戦しないで夢ばかり見て、なにもしないで楽して儲けたいって言われても、そんなうまい話はないですよね、と。

IoTによって、またデジタライゼーションによって自動化がどんどん進んだ結果、機械やコンピューターとの競争で人間が居場所を奪われる、という議論がありますよね。でも私は、機械にできることは機械にやらせておいて、コンピューターと人間が競争しなくてもすむような世界や新しいビジネスを目指す方が良いと思っています。人と機械の役割はあらためて言うまでもなく違うはずなので。

とにかく今は、もう一度夢を見るために、日本にとって諸外国にも誇れるきめ細やかなモノとサービスが融合するビジネスを創り出すために、このIoTのムーブメントを上手く活用してやれることからやりましょう、それだけです。

八子 知礼(やこ・とものり)

 

構成:板垣朝子

WirelessWire Weekly

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