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Harri Holma(ハリー・ホルマ)氏

「5G」ってようやく標準化が始まったってホント? 5Gの疑問をノキア研究員に直撃

2015.12.01

Updated by Naohisa Iwamoto on December 1, 2015, 16:32 pm JST Sponsored by NOKIA

現行のモバイル通信サービスの主力を担うLTE、LTEを高度化したLTE-Advancedに続く移動体通信システム「5G」の標準化の議論が始まりました。「あれ、5Gという言葉はすでによく耳にするけれど、標準化作業はまだだったの?」という人も多いのではないでしょうか。5Gは各国の通信事業者が2020年の商用化を目指しています。そのために必要な標準化は、2015年末を迎える現時点でどのように進んでいるのでしょうか。LTEから現在の5Gに至るまで技術開発と標準化活動に関わっているフィンランド ノキアネットワークスの無線システムパフォーマンス特別研究員 ハリー・ホルマ氏に、現状と今後の展望を尋ねました。

Harri Holma(ハリー・ホルマ)氏

──5Gの話題はすでに多く目にしています。一方で、5Gの標準化はようやく始まったところだという話も聞きます。これは本当のことですか。

ホルマ氏:本当です。移動体通信システムの国際標準化プロジェクトである3GPP(Third Generation Partnership Project)では、LTE/LTE-Advancedを高度化させる仕様を含めたリリース12の標準化作業を2015年3月に終えました。逆に言うと、リリース12までは、「5G」の議論を行っていませんでした。2015年9月の3GPP会合から、リリース13の議論が始まり、ここで初めて正式に5Gの議論が始まったのです。リリース13は2016年3月に標準化作業を終える計画です。

──3GPP リリース13では、5Gについてどのような議論が行われていますか。リリース13で5Gの標準化が終わるのですか。

ホルマ氏:3GPPでは、標準化作業の進め方として、「スタディーアイテム」「ワークアイテム」という要件を定義して議論を行います。スタディーアイテムは、技術的なソリューションの検討、ワークアイテムは詳細な技術要件の検討と考えればいいでしょう。

リリース13は、ワイヤレスの要件や技術的な要件として5G標準化のワークアイテムに何を取り上げるかの大枠を決める場です。続くリリース14でスタディーアイテムの議論を行い、リリース15で詳細な技術に関するワークアイテムの議論を行います。5Gの詳細な技術要件を定めるリリース15は2018年末までに作業を終える計画で、こうすることで2020年の5G商用化に標準化作業を間に合わせることができると考えています。

──すると2018年までにすべての標準化が終わらないと、2020年の商用化に遅れが生じたりするのでしょうか。5Gの標準化は、2018年までにすべて終えることができるのですか。

ホルマ氏:実際のところ、話はそう簡単には進みません。5Gでは様々なユースケースが考えられています。現在のLTEを大幅に上回る最大10Gbpsといったピークデータレートの実現はもちろん、場所を問わずに100Mbpsなどの通信が可能になるような普遍性も求められます。IoTの進展により莫大な数の通信デバイスがネットワークにつながるようになると、省エネや効率化が求められますし、クルマの自動運転などでは低遅延、高信頼性のネットワークが必要です。こうしたユースケースにすべて対応できるネットワークを作ることが、5Gの1つの目標になります。

しかし、高速化、低消費電力化、低遅延化といった様々な要件は1つの技術ですべて解決できるものではありません。実際に、5Gの標準化では複数の「フェーズ」によって段階的に多くのユースケースに対応していくという考え方がなされています。2018年末に標準化作業を終える計画のリリース15は、5Gの「フェーズ1」になるという考え方です。2020年に5Gが商用化された時点でも、それは5Gのフェーズ1ということです。

フェーズの考え方は、3GPPで正式な合意が得られているわけではありません。しかし、参加する通信事業者やベンダーなどの共通理解になっているので、段階的に標準化を進めることは間違いないでしょう。フェーズ1が2018年末、続くフェーズ2が2019年に標準化される計画です。

──フェーズ1では5Gのどのようなユースケースに対応する機能を標準化すると考えられますか。

ホルマ氏:フェーズ1では、5Gのユースケースのうち、一部の限定したものに対する議論を行うことになるでしょう。それは、モバイルブロードバンドの高速化、大容量化に関する議論です。その他のユースケースに対応するための大量デバイス対策や低遅延化といった要件はフェーズ1では出てこないでしょう。

もう1つ、フェーズ1の議論について特徴的な点を紹介します。それは、現行のLTEの技術的なコンポーネントを活用していく可能性が高いことです。5Gとしてすべてを新調するのではなく、LTEやLTE-Advancedの延長線上で活用できる技術を使い、高速なデータ通信や密度の高い場所での通信の確保を実現していく考え方です。プロトコルやコアネットワークの一部をLTEと共通化して使うことも考えられます。このように、複数のフェーズによる標準化というスタンスを採ることで、5Gを2020年に商用化させることが現実的になります。

──5Gの標準化では技術的にどのような点が最初の課題として議論されていますか。

Harri Holma(ハリー・ホルマ)氏

ホルマ氏:5Gでは、高いデータレートの通信を可能にするために、様々な技術を活用していきます。その1つが、周波数帯の拡張です。広い周波数帯を使えば高いデータレートの通信が可能になります。しかし、現在までにモバイル通信で利用している周波数帯には、広い周波数帯をまとめて確保する場所がありません。

そこで、現在はモバイル通信に使っていない高い周波数を利用することが1つのアイデアとして考えられています。具体的には、現状ではモバイル通信に割り当てられていない6GHz以上の周波数帯の活用です。30GHzまでのセンチメートル波帯、30GHz以上90GHz程度までのミリメートル波帯がターゲットです。しかし、これらの周波数帯はこれまでの利用実績がないため、電波の振る舞い自体が良くわかっていません。そこで、ノキアでは大学などと共同で、高い周波数帯におけるチャネルモデルの構築を進めています。

実際には、5Gのフェーズ1では6GHz未満の帯域を利用して5G商用化を進めることになるでしょう。しかしその先のフェーズ2以降では、高い周波数帯を5Gに取り込むことが目標になっているため、こうした研究開発を進めておく必要があります。

──5Gの標準化では、LTE、LTE-Advancedまでのこれまでの標準化と違う点がありますか。

ホルマ氏:LTE-Advancedまでの標準化では、データレートの高速化や周波数利用効率の向上といった目標があり、これに対応する重要な技術としてはOFDMAやCDMAといった変調の技術が中心でした。ところが、5Gでは大きな変化があります。それは、要素技術だけでなくアーキテクチャそのものを検討しなければならないということです。

5Gではデータレートの高速化や周波数の効率化だけでなく、消費電力を最低限にするエネルギーの効率化、低遅延の実現が求められます。さらに運用面では、高い周波数帯を利用することになると電波の飛ぶ距離が短くなり、スモールセルの基地局が大量に配置されることになります。大量のスモールセルに対して人手をかけずに管理するための仕組みも必要です。これらは、ネットワークのアーキテクチャそのものに関係する部分であり、変調などの無線技術に加えて議論する必要があるのです。

高速なデータ通信を実現するだけでなく、消費電力を減らし、エネルギーの効率化を図るための技術、センチメートル波やミリメートル波といった高い周波数を使うための技術を含めて、どのような技術的なソリューションを採用するかの概要がスタディーアイテムで議論されます。

3GPPについて、知っておいていただきたいことは、3GPPはオープンな組織だということです。3GPPへの投稿はすべてWebサイトで公開されていますし、誰でも3GPPに参加することが可能です。密室で議論して決まっていく標準ではなく、誰でもコメントすることが可能なオープンな場で議論されているということは5Gにとって重要なことです。

──3GPPでの標準化と並んで5G商用化に重要なステップとして、WRC(世界無線通信会議)による周波数帯の割当があると思います。WRCの状況はどのようなものですか。

ホルマ氏:WRCは直近では2015年11月に開催され、その次は2019年の開催です。このWRCの開催のタイミングは、2020年に商用化を目指す5Gにとって重要なことになります。2019年のWRCの周波数帯割当を待ってから5G商用化の作業をスタートさせたのでは、時期すでに遅しとなってしまうのです。

そこで、WRC 2015では、6GHz未満の低い周波数帯において、新しい周波数の利用について議論を進めます。モバイルコミュニケーションの用途に対して、6GHz未満の新しい周波数帯域を割り当てていくことになるでしょう。これは3GPPの5Gの議論のフェーズ1として考えられている高いデータレートのサービスの実現と歩調を合わせたものです。

6GHz以上の高い周波数帯の5Gへの割当は、2019年のWRCで議論されることになります。5Gによる多くのユースケースに対応するフェーズ2以降の対応は、周波数帯の割当でも次のステップになります。2015年のWRCで6GHz帯未満の周波数帯域を5Gに割り当てることで、3GPPで考えるフェーズ1の5Gサービスを2020年に商用化することが
可能になります。そして、2020年以降にはセンチメートル波やミリメートル波を使った新しいユースケースに対応する5Gサービスが順次提供されていきます。

Harri Holma(ハリー・ホルマ)氏

──ノキアが5Gの標準化や今後の商用化に向けて取り組んでいる内容を教えて下さい。

ホルマ氏:ノキアは3G、LTEの時代から、移動体通信システムの標準化に貢献してきました。今回の5Gでも強い立場にあると自負していますし、実際に3GPPへの投稿も最も多い企業の1つです。

そうした中で、現段階では5Gのコンセプトを作成するとともに、様々な技術の開発を進めています。ニューヨーク大学をはじめとする大学との共同研究や、NTTドコモなどの世界の重要なポジションにある企業との協業を通じて、多くの知見を得ています。そして3GPPおよび国際標準化団体であるITU-R(国際電気通信連合 無線通信部門)による5Gの要件特定化や定義付けに貢献しています。2020年の商用化に向けて、ノキアは総力を挙げて5Gの標準化、実用化への取り組みを進めています。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。