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産業 ロボット

変わりつつある労働法における「ロボット」の位置づけ

2016.01.05

Updated by ロボット法研究会 on January 5, 2016, 06:10 am JST

ロボットと労働法の問題は、古くて新しい問題である。 日本の労働人口の約49%が、技術的には人工知能やロボット等により代替できるようになる可能性が高い(「労働人口の49%、AI・ロボで代替可能に 野村総研」日本経済新聞 2015/12/2)という推計が最近注目を集めたが、工場などでは既にロボットの導入が進んでいる。

労働法における産業用ロボットの取り扱い

日本の工場においてはかなり長い産業用ロボット利用の歴史があり、1970年には第一回産業用ロボット展が東京で開催され、翌年には産業用ロボット懇談会(現在の一般社団法人日本ロボット工業会の前身)が設立された。その後、1980年は「ロボット普及元年」と呼ばれた。

このようなロボット利用の過程では、凄惨な事故も発生し、1981年に起こった産業用ロボットによる労災死亡事故は、「ロボット殺人事件」等とも呼ばれ、マスメディアでも取り上げられた。

このような産業用ロボットの労働安全への深い関わりに鑑み、1983年(昭和58年)には、産業用ロボットへの規制を整備・強化するための労働安全衛生規則改正が行われ、危険の防止のための措置、特別教育等の規定が置かれた(同規則36条31号、150条の3、150条の4、150条の5、151条ほか)。

近年では、産業用ロボットを安全柵の中に置くのではなく、労働者とロボットが作業空間を共有し、共存、協調作業を行うことの必要性が高まり、規制緩和を行う通達等も出されている(平成 25年12月24日付基発1224第2号通達ほか)。その意味で、産業用ロボットと労働法の問題は、長い歴史のある問題である。

ロボット技術の発展が労働法に投げかける新たな問題

もっとも、この意味での「ロボットと労働法」は、いわば労働法の一分野であった。つまり、産業用ロボットの操作等は、労働安全衛生法及び同規則の枠組みの下で、労災等の防止のために安全対策や特別教育等を行うべきものとして列挙される様々な業務の1つに過ぎない。産業用ロボットの操作等は、いわば「危険な機械を使った業務」の1つとして認知されたということに過ぎないのであって、労働法の規定が拡充されたとは言えても、「ロボット法」という新たな法分野を切り開いたとは到底言えなかったのである。

しかし、近時、ロボット技術の発達により、これまでとは異質のロボットが労働現場に関与するようになり、その動きは将来更なる進展を見せると予想される。

  • 介護の現場でパワードスーツを装着した労働者が入浴介護等の重労働を行う
  • 工場や工事現場等に監視カメラ付きドローンを飛ばして労働者の業務状況を管理する
  • 労働者の使う機械等が、各労働者が指示どおりの動作を行っているかを確認し、問題があれば使用者等に通報する
  • いわゆるテレエグジスタンスの技術を利用して、体は自宅にいながら、会社にいるロボットを通じて、自分が会社にいるのと実質的に同様に勤務を行う
  • 高度に発達した遠隔操作ロボットを、危険な現場から遠く離れた安全な場所から操作したり、自律運転する遠隔ロボットの操作状況を集中管理したりする

等々は、もはやSFの世界の話ではなく、現在既に一部で行われていたり、近い将来(少なくとも一部の分野において)実用化されることがほぼ確実な状況と言える。

このような、ロボット技術の発達は、例えば以下のような問題を投げかけているように思われる。

  • 従来の「産業用ロボット」を念頭に置いて労災防止のための規制をするという現在の労働法の枠組みは果たして十分だろうか。「生活支援ロボット」等の様々な新型ロボットを含んだ包括的な枠組みを再検討する必要があるのではないか。
  • 単に「安全」なロボットであればそれだけで十分なのではなく、例えば従業員のプライバシーの保護の必要性との調和等という観点等を踏まえた「安心」なロボットでなければいけないのではないか。
  • これまで「事業場(事業所)」を基準とし、例えば管理者等を配置させてきた労働法の規制のあり方は、今後テレエグジスタンスが普及するに従い、再考を求められるのではないか。
  • ドローンや機械により、これまで以上に厳格な労務管理がなされることは、使用者の側から見れば一定の必要性が認められるものの、その厳格性の程度が度を過ぎれば、いわば「パノプティコン」(ベンサムが提唱した集中管理型の監獄。フーコーの紹介により有名になった。)のような問題が生じ得るのではないか(なお、このような現象を、ロボット法学会設立準備会の小林正啓弁護士は、「洗練された奴隷制」と称して批判している。)
  • 遠隔操作等による危険な労働環境からの物理的な脱出は労働者をより安全にするのだろうか、それとも、新たなリスクや労働法上の問題を投げかけるのだろうか。

等々。

遠隔操作ロボットと労働の安全衛生

一例として、このうちの、遠隔操作について若干検討してみたい。

人間の心身にリスクをもたらす危険な業務について、人間並みの労働力を持つ遠隔操作ロボットの実用化が進んでいる(どこまで進んでいるかは分野によるが、例えば建設機械の分野では近時かなりの進展が見られる)。

労働法上、遠隔操作についての明文規定も見られる。例えば、女性労働基準規則1条2号は、女性労働者が従事することが禁止される坑内労働の内容として「動力により行われる鉱物等の掘削又は掘採の業務」を規定した上で、その括弧書きで明示的に「遠隔操作を除く」と規定している。これは、遠隔操作技術の進展を踏まえた規定と言える。

現時点では、全ての労働法関係の規定について、このような遠隔操作に関する明文規定が設けられる状況にはなっていない(その他の遠隔操作に関する明文規定として労働安全衛生法施行令6条19号、20号、21条8号、22条4号、5号、労働安全衛生規則150条の2等も参照)。しかし、将来的には、(男女を問わず)一定以上の危険業務への従事を原則として禁止し、特段の理由がない限りロボット等を利用した遠隔操作を行わなければならないとする時代が来るかもしれない。また、呼吸器や皮膚等に悪影響を与える労働現場においては既に保護具の支給が義務付けられているところ(労働安全衛生規則593条以下参照)、今後のロボット技術の発達の状況によっては、心身にリスクをもたらす現場においては、いわば「保護具」として、そのリスクを減少させるようなロボットの支給が義務付けられるべきではないかといった議論もあり得るだろう。

以上のようなロボットの利用による安全性の向上とは真逆の問題も存在する。(遠隔操作には様々な種類があるものの)センサーによる知覚結果をモニター等に映して行う遠隔操作は、直接自分の五感で感じながら直接操作を行うこれまでの業務とは異なっており、労働者に新たな精神的負担を与えることがある。そうすると、肉体的労災のリスクが減ったとしても、精神的労災(平成23年12月26日付基発1226第1号通達参照)のリスクが増える等のデメリットもあるかもしれない。

ロボット技術の発達は、労働法についても、これまであまり論じられてこなかったような新たな問題を投げかけている。確かに、このような新たな問題に対しても、これまでの議論の延長線上で議論するというアプローチもあり得るだろう。もっとも、プライバシーの問題等、これまでの労災対策といった観点とはかなり異質な問題も存在するように思われる。もしかすると、「ロボット法とは何か」という議論を詰めた上で、その知見を労働法分野にフィードバックする形で検討することにより、これらの新しい問題についての、よりよい考察が可能かもしれない。

文・松尾剛行(弁護士)

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情報ネットワーク法学会の分科会として、人とロボットが共生する社会を実現するための制度上の課題を研究しています。本稿は、ロボット法に関心のある有志によるものです。