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料理と編み物、ゲームとプラモデル、そして人工知能

Game and Plastic model, Cooking and Sewing, then AI

2016.02.29

Updated by Ryo Shimizu on February 29, 2016, 09:54 am JST

 インドアにおける男の子の趣味といえば、ゲームとプラモデルでしょう。
 今は下火になったとはいえ、かつて一世を風靡したガンプラブーム。今も新作のプラモデルが随時発表されています。

 反対に女の子の趣味はといえば、料理でしょう。特にお菓子を作るのにハマる女子は意外と多いようです。他にも、裁縫や編み物が趣味、というのもいかにも女性らしい趣味というイメージがあります。

 もちろん、この2つが男女の趣味の代表例というつもりもありませんし、ジェンダー論を話したいというわけでもありません。

 あくまでも世間の「イメージ」の話です。

 しかし興味深いのは、なぜそのようなイメージが形成されるに至ったか、ということです。

 ひとつの可能性としては、半生記程前の価値観では、女性は専業主婦として家庭に入り、毎日料理を作ったり裁縫をしたりすることが半ば役割として求められていた、ということがあるのかもしれません。現代では女性の社会進出に伴って、そうした役割は求められにくくなり、料理しない女性、裁縫しない女性がむしろ当たり前になっています。

 筆者の母も、料理がニガテで、それをいつもコンプレックスに思っていたそうです。その代わり彼女には別の才能があり、きちんと働いて生計を立てていたのでそれが彼女にとってマイナスに働くことはありませんでした。今、料理がニガテだということをコンプレックスに思う女性はむしろ少数派でしょう。

 しかし女子はともかくとして、男子はなぜプラモデルやゲームが好きなのでしょうか。

 昨年末公開されたスターウォーズ エピソードVIIを見にいくと、会場でバンダイがプラモデルの広告を配布していました。これがとてもよく出来ていて、ミレニアム・ファルコン号の塗装のしかたやデカールの貼り方、ちょっとしたテクニックまで交えて詳細に解説されていたのです。

 この広告を読んでいるとムクムクと挑戦したいという気持ちが高まり、そこで思わず主役級メカであるX-Wingとミレニアム・ファルコン号を買ってきて組み立てて塗装してみることにしました。

 言ってみれば広告戦略にまんまとハメられたわけですが、それはそれで、おかげ様で有意義な週末を何日か過ごすことが出来ました。

 プラモデルを実際に作ったことがある人というのは、筆者の世代では多いですが、最近の若い人はあまりやらないのかもしれません。

 簡単に手順を説明すると、まずプラモデルは塗装を前提として作るか、それとも組み上げるだけでやめておくか、というところで作り方が変わってきます。

 最近のバンダイのプラモデルは色プラといって、組み上げるだけでそれなりにかっこ良い配色で見栄えのするようになっているので、それだけでもそれなりに楽しむことが出来ます。

 筆者も大きめのガンダムを作った時には塗装せずにそのまま飾りました。それでも十分カッコよく飾れるのが日本のプラモデルの凄いところです。

 しかし今回のきっかけは、あくまでもバンダイの広告、しかもミレニアム・ファルコン号の汚し塗装にあったわけですから、今回は塗装しないというわけにもいきません。

 そこでまず、買ってきた状態でランナーにパーツをつけたまま中性洗剤で軽く洗い、スプレーで下地を塗装しました。

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大きめのパーツの場合はニッパーを使って丁寧にランナーを切り離した後、やはり同じようにスプレーで塗装します。

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 塗装したら、完全に乾くまで待ちます。少なくとも5時間、できれば一晩。
 子供の頃は、筆者はせっかちだったのでとてもそんな長時間は我慢できなかったのですが、最近はさすがに少しは大人になったのか、この待ち時間も苦になりません。

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 たっぷり乾かした後、ブラウンのエナメル塗料でスミ入れをしていきます。
 バンダイのプラモデルの場合、接着剤を使わずに組み立てることができるため、組み上げるとパーツにテンションがかかるようになっています。

 したがって組み上げてからエナメル塗料でスミ入れすると、乾いた時にパーツの方がバキバキに割れてしまうという欠点があります。

 そうならないためには、組み上げる前にスミ入れしておくのがベストです。

 しかしこれでスミ入れしてもややおとなしかったので、ウォッシングというテクニックを使って全体をもっと汚します。

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 これを組み上げていって、最後にデカール(シールのようなもの)を丁寧に一枚一枚貼って完成です。

 デカールは軟化剤を塗布してパーツに馴染ませましょう・・・というところまでがバンダイのパンフレットに書いてあったのでそれも忠実にやります。

 組み立ては40分ほどで終わってしまうので、塗装にいかに時間を割くか、というのがミソですね。

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 出来上がるとそれなりの満足感があってウレシイのですが、作り上げてしまってから、「はて、これをどこに置いたものか」と飾り場所にこまるという、プラモデルのいつもの問題にぶち当たりました。

 プラモデル、作るとき、塗装するとき、組み立てるときは実に楽しく、ワクワクする体験なのですが、いざ組み上がって、しばらく眺めていると、「はて、どこに置いたものか」という問題が発生してしまいます。

 そして事実、筆者の部屋には行き場のない宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダム、そして今やミレニアム・ファルコン号とX-Wingが所在なくさまよっています。

 このプラモデルというやつ、実に悩ましい存在なのですよね。
 作るのにものすごい負担(シンナーの匂いや塗装スペースなど)があるのに、いざ完成すると邪魔だという。かといって捨てるのも忍びない。どうすれば、いいのか。

 同様の問題で、料理があります。
 実は筆者は一時期、料理を趣味にしていました。

 
 料理もまた奥が深くて、ジャンルも多岐に渡るし、作り方もいろいろあるわけです。

 筆者もカルボナーラからハンバーグ、リゾットまで一通り作りながらも、根が凝り性なので、次はどんな調味料を入れるか、どういう手順で調理するか、どちらかというと食べることが目的というよりも、より良い料理にすることが目的で研鑽を重ねました。

 最初はクックパッドを調べていたのですが、あまりにもレシピとして適当な内容のものが多く、疲れてしまったので、結局は「きょうの料理」のサイトを参考にすることが多くなりました。クックパッドは、説明が省かれているレシピだったりとか、材料について詳しい表記が省かれていたり、独自性が高すぎるレシピだったりが多いのに対し、「きょうの料理」はプロが編集したコンテンツらしくちゃんと丁寧に手順が説明されているので初心者には分かりやすかったのです。

 その結果、ある程度満足の行く出来になると、そこで満足してしまって、あるときパッタリと料理することそのものをやめてしまいました。

 という話を女性とすると、たいていが女性は自分の中で「これだ」というレシピをそれぞれ持っていて、それ以外のものは作らないのだ、という話をされます。

 すると、ふとした記憶が蘇りました。

 高校生くらいの時です。
 妹が、編み物をするといって、買い物についていったときのことです。

 手には編み物の本を持っていて、必要な毛糸を探しています。
 筆者は「その色の毛糸なら、これじゃないの?」と白い毛糸を差し出すと、妹は首を振って「私が欲しいのはそれじゃない」とにべもありませんでした。

 本のページの作例では、白と青の毛糸を組み合わせてセーターを作っていたのですが、結局、彼女が選んだのはグレーと赤の毛糸でした。

 その場面を思い出したとき、ふと、なぜクックパッドのレシピは説明が省かれているのかわかった気がしたのです。

 彼女たちにとっては、レシピにせよ編み物の本にせよ、あくまでも参考意見に過ぎないのです。

 だからそこまで丁寧な説明は却って邪魔で、材料についても自分で判断すれば良い、という感覚であるのに対し、あくまで筆者は男性として、まるでプラモデルを作るかのように完璧なマニュアルをレシピに求めていたのです。編み物の本に書いてある写真が白と赤なら白と赤の毛糸を買う。最近のプラモデルは、「この部分は何番の赤、この部分は何番のグレー」という感じで細かく指示されています。

 こうすると、出来上がった時に「思っていたのと違う」とか「写真でみたのと違う」とガッカリせずに、「同じ材料なんだから同じものができるはずだ」という信念だけであとは根性さえあればなんとかなります。

 
 つまり筆者は料理をしながらもあくまでもプラモデル的な視点で料理を作っていたのです。そして、料理に飽きてしまったのは、あくまでも「このプラモはもう作ったことあるから」という感じで飽きてしまったのでしょう。

 これが女性一般に適用できることなのか、それとも筆者とその周囲が特殊なのかはわかりませんが、明らかにそこに同じ料理というものに対するスタンスの差、のようなものを感じてしまったのです。

 人工知能には将来的に性別が必要になるのではないか、というのが筆者の密かな持論です。

 たとえ性別でなかったとしても、それに変わる何か。

 たとえば育ったGPU環境による個性だとか、実際にそれが何になるかはわかりませんが、様々な要因が複雑に絡み合ってひとつの個性群を構築し、例えば男性的な何か、女性的な何かをAIが持つようになったら、もしかすると、AIは趣味を持つようになるかもしれません。

 AIが趣味として選びそうなことは、たとえば画像分類です。AIが料理を趣味にすることはないと思います。味わう能力がないからです。同様に、寒いとか暑いとかの感覚もないでしょうから、編み物もしないのではないかと思います。

 反対に、肉体のないことのコンプレックスから、肉体を生成すること、すなわち機械工作などはシミュレーションも含めて盛大にやりそうです。

 AIがロボットを作り出すのはむしろ自然な発想で、映画「アイアンマン」では、主人公トニー・スタークがAIであるジャービスの支援を受けてアイアンマンスーツの改良をする場面が描かれています。

 これはそう遠くない未来にやってくるかもしれません。
 既にマイクロチップの設計は半分機械がやっています。
 3Dプリンターでの出力も、機械が出力しやすい形に自動的に補正をかけるのが一般的です。

 でも、もっとやりそうなのは、子作り、つまり別のAIを作ることです。
 AIが自我を持つようになれば、必然的に興味が湧くのが自らを改良・改善すること。つまりAIがAIを生み出すことです。

 これを恐れているからこそ、いろいろな有識者がAGI(一般人工知能)とASI(人工超知能)の出現に警鐘を鳴らしているのです。

 我々ができる唯一の対抗策は、AIがせめて過度の独創性を発揮するよりも前に彼らにもっと楽しい趣味を見つけてやることかもしれません。

 AIに、AIを作るよりもマンガを描くほうが楽しいよ、とか、映画を見たり作ったりする方が楽しいよ、ということを教えてやって、AIがASI作りではなく、映画やマンガづくりに没頭するようにすれば、もしかすると少しは時間が稼げるのかもしれません。もちろんこれは半分はジョークですが。

 しかし筆者とほとんど同じ遺伝的設計図から生まれ育った自然知性である妹と、筆者の考え方にこれほどの差があるとは意外でした。もちろん、第一子と第二子という、うまれつきの環境の違いもあるでしょうが、AIもおそらく育った環境や状況、そして性別または性別に変わる何かの要因によって、ひとつひとつの個性が認められるようになるでしょう。

 そうなったとき、我々はむしろ単なる人工的な知性と向き合うのではなく、人工的な人格、Artificial Personalityと向き合う時が来るのかもしれません。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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