北朝鮮もスマートフォン時代に - スマホシフトが加速する理由
Reasons for the increase smartphone users in DPRK
2016.04.06
Updated by Kazuteru Tamura on April 6, 2016, 12:48 pm JST
Reasons for the increase smartphone users in DPRK
2016.04.06
Updated by Kazuteru Tamura on April 6, 2016, 12:48 pm JST
朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)ではスマートフォン利用者が急増している。筆者は2013年と2015年に訪朝してスマートフォンの利用状況を視察した。2013年は訪朝外国人を除くとスマートフォン利用者はほとんど見かけなかったが、2015年はスマートフォン利用者が大幅に増加していた。北朝鮮のスマートフォン事情は変遷しており、今回は北朝鮮でスマートフォン利用者が急増している理由を解説する。
2013年の訪朝時は首都の平壌でさえほとんどスマートフォン利用者は見かけなかった。北朝鮮の移動体通信事業者でサービスブランドをkoryolink (高麗リンク)として展開しているCHEO Technology JV Company (逓オ技術合弁会社:以下、CHEO Technology)の旗艦店でスマートフォンを購入するための手続きを進めている者を1人だけ見かけた程度である。
この時に筆者はCHEO Technologyの旗艦店でArirang AS1201を購入した。Arirang AS1201は金正恩第一書記が現地指導したスマートフォンとして北朝鮮国営メディアが国内外に向けて報道したため知名度は高い。だがスマートフォン利用者そのものをほとんど見かけなかったため、筆者以外にArirang AS1201の利用者を見かけることはなかった。
知名度は高いものの見かける機会が少ないためか、レストランや土産店ではスタッフが興味深そうに筆者のArirang AS1201を見ていた。また、平壌から中国の北京に向かう高麗航空の機内では北朝鮮の青年達に「Arirangを見せてください」と声をかけられたことは2年以上が経過しても鮮明に覚えているが、当時はそれだけ北朝鮮ではスマートフォンが珍しい存在であった。
スマートフォンの急増前は多くの人々がフィーチャーフォンを使用しており、ベーシックフォンに毛が生えた程度のロースペックな機種が多かった。フィーチャーフォンの多くはPyongyangシリーズやRyugyongシリーズなど北朝鮮独自のブランドで、ストレート式や折り畳み式の機種が用意されており、ほとんどの機種を中国のZTE (中興通訊)やHuawei Technologies (華為技術)が製造していた。フィーチャーフォンはPyongyangシリーズが主流となり、ストレート式でZTE製の機種が最も売れていた。
フィーチャーフォンがほとんどであった北朝鮮でもスマートフォンの比率が高まっており、2015年には平壌を歩けば必ずスマートフォン利用者を見かけるくらいに増加した。土産店のスタッフにスマートフォンを見せてほしいと言われた以外はスマートフォンを珍しがるような素振りはなく、それだけスマートフォンが生活に浸透していることが見て取れた。
北朝鮮では2014年から2015年にかけてスマートフォン利用者が急増している。この変化は平壌の街を歩くだけでも実感できた。スマートフォンの利用者は学生から大人まで幅広い年齢層で見かけたが、若年層や中堅層のスマートフォン利用者が目立った。
一般的にスマートフォンの黎明期は流行に敏感な年齢層から普及する傾向にあるが、北朝鮮でもそれは同様である。友人のスマートフォンを見るとスマートフォンを欲しくなることもあるだろう。スマートフォンを利用する学生も多く、両親が我慢して子供に買い与えることもあるという。
撮影スポットや娯楽施設などではスマートフォンのカメラで写真撮影を楽しみ、公共交通機関ではスマートフォンでゲームを楽しむ様子もよく見られた。
▼Pyongyangシリーズでストレート式のフィーチャーフォン。機種は左がPyongyang F168、右がPyongyang 1103。
▼北朝鮮では折り畳み式のフィーチャーフォンも少なくない。機種はPyongyang T3。
▼北朝鮮のスマートフォンとして北朝鮮のみならず世界的に報じられたArirang AS1201。
▼万寿台の丘は北朝鮮で有名な撮影スポットであるが、2015年の訪朝時はスマートフォンのカメラを使う人々をよく見かけた。2013年の訪朝時と比べるとスマートフォンの急増を肌で感じた。
北朝鮮では前述の通りスマートフォン利用者が急増しているが、その要因のひとつが経済成長と考えられる。韓国統計庁の調査によると北朝鮮経済は2011年から4年連続でプラス成長を遂げているという。国際社会から厳しい経済制裁を受ける中で、成長率は低いながらもプラス成長を続けており、経済制裁の効果を疑問視する声もあるほどである。
CHEO Technologyの筆頭株主であるエジプトのOrascom Telecom Media and Technology Holding (OTMT)は国際社会による経済制裁の影響でCHEO Technologyに関連した金融取引や資材調達に支障があることを明らかにしている。経済制裁の影響を受ける分野があることは確かであるが、少なくとも平壌では高層マンションや娯楽施設の建設が進み、夜は煌びやかにライトアップされるなど困窮しているようには見えない。
平壌は近代化が進んでおり、北朝鮮経済のプラス成長は納得できる。筆者は訪朝時に複数の娯楽施設を訪問したが、学生や子供連れの家族などを中心として楽しそうに遊ぶ人々で溢れており、経済的に余裕のある人々が増えていることを察した。
北朝鮮における携帯電話サービス加入数は300万件を超えており 、人口普及率は10% を突破した。地方部より経済的に発展している平壌では人口普及率もより高いが、統計資料は公開されていない。指導員に聞くと見栄を張ってか平壌ではほぼ全員が持っていると答えたが、実際には携帯電話を持っていない指導員もおり、筆者の感覚としては平壌のみの人口普及率は60%-70%程度と感じた。人口普及率は決して高いと言えないが、経済的に余裕が出てきた人々が携帯電話サービスを利用し、またスマートフォンを購入していくのである。
北朝鮮経済のプラス成長はスマートフォン利用者が増加する要因のひとつであることは確かであるが、地方では平壌と比べて経済状況が厳しい都市もあり、携帯電話サービスの普及も遅れている。北朝鮮全体で経済状況が改善すれば、携帯電話サービス加入数やスマートフォン利用者はさらに増加するはずであり、その他の分野の産業発展にもつながるだろう。今に始まったことではないが、地方の経済状況を改善することは北朝鮮の課題である。
▼平壌の中心部は夜にライトアップされており、賑やかな印象を受けた。
北朝鮮では2013年以前よりスマートフォンが販売されていたが、当初は高価でラインナップが乏しく、携帯電話サービスを利用できるほどの余裕はあっても手が届かないことが多かった。これまで北朝鮮で販売されたスマートフォンはArirangシリーズ、Pyongyangシリーズ、Ryugyongシリーズと北朝鮮独自のブランドを冠したスマートフォンが存在するが、2015年の時点ではArirangシリーズとPyongyangシリーズが主力シリーズである。旗艦製品と位置付けられているArirangシリーズのスマートフォンは比較的高価格であるが、Pyongyangシリーズのスマートフォンは手頃な価格となり、Arirangシリーズのスマートフォンと比べてPyongyangシリーズのスマートフォンはラインナップも充実している。
Arirangシリーズのスマートフォンは価格が4万北朝鮮ウォン前後であるが、Pyongyangシリーズのスマートフォンでは2万北朝鮮ウォン未満の機種も登場しており、中には値下げによって1万北朝鮮ウォン台前半で購入できる機種も存在する。機種によって異なるが、PyongyangシリーズのスマートフォンはArirangシリーズのスマートフォンと比べて4分の1程度の価格で購入できる場合がある。
低価格なPyongyangシリーズのスマートフォンはフィーチャーフォンとの価格差が縮小している。フィーチャーフォンには1万北朝鮮ウォン未満の機種も存在するが、1万北朝鮮ウォン台前半の機種が多く、大まかには1万北朝鮮ウォン前後と認識しておけば問題ない。フィーチャーフォンとほぼ同じ価格で購入できるくらいにスマートフォンの低廉化が進んでいるのである。
当然ながら低価格なスマートフォンは高価格なスマートフォンと比べて性能は劣るが、それでもフィーチャーフォンと比べれば高性能であり、タッチパネル対応の大きなディスプレイでゲームなどリッチなコンテンツを楽しめる。スマートフォンとフィーチャーフォンがほぼ同じ価格であれば、多くの人々がスマートフォンを選ぶだろう。
なお、Pyongyangシリーズのスマートフォンは主にZTEのほかは中国のHuizhou TCL Mobile Communication (恵州TCL移動通信)やGionee Communication Equipment (深圳市金立通信設備)などが製造する。Huawei Technologies は自社ブランドを強化する一方でODM供給は縮小しており、北朝鮮向けにスマートフォンの投入は見送っている。
世界的にスマートフォンの普及によりスマートフォンの低廉化が進んでおり、低価格なスマートフォンを北朝鮮向けにローカライズし、北朝鮮でも低価格なスマートフォンとして販売することでスマートフォンが庶民にも手が届きやすいものとなった。スマートフォンの低廉化は北朝鮮におけるスマートフォン利用者の増加に大きく貢献している。その貢献度は経済成長より高いと筆者は考えている。
▼Pyongyangシリーズのスマートフォンやそれと同型のスマートフォン。
▼Pyongyangシリーズのスマートフォンには同シリーズのフィーチャーフォンと同様に平壌の朝鮮語表記である평양のロゴが入る。機種はスマートフォンがPyongyang 2404、フィーチャーフォンがPyongyang T6。
▼ Arirang AS1201の後に登場したArirang AP121。
世界的にフィーチャーフォンの需要が縮小していることでフィーチャーフォン向けのチップセットなど部品の調達が困難となり、フィーチャーフォンそのものが少なくなっている。北朝鮮向けのフィーチャーフォンにはベースとなる機種が存在していたが、ベースとなる機種がなくなれば北朝鮮向けにローカライズして投入することもできない。このような状況でフィーチャーフォンは新機種の投入や低廉化が難しくなることは間違いない。
一方でスマートフォン向けにはより低価格なチップセットも登場しており、さらなる低廉化も見込める。世界的にスマートフォンの低廉化が進んでいるが、その波は北朝鮮にも押し寄せており、スマートフォンの増加は必然的な流れと言える。そのため、北朝鮮では今後もスマートフォンが増加することは確実なのだ。
北朝鮮でスマートフォンが増える中で、koryolinkのポスターにも変化が見られる。ポスターの携帯電話がフィーチャーフォンからスマートフォンに変わった。CHEO Technologyの関係者によると、携帯電話のイメージをフィーチャーフォンからスマートフォンに変えることでスマートフォンの購入意欲を高める狙いがあるという。また、この変化はスマートフォンがステータスとなるような特別なものではなく、生活に密着した一般的なものに変遷していることを象徴するともいう。もはやスマートフォンは北朝鮮でも珍しいものではなく、北朝鮮もスマートフォンの時代を迎えたと言える。
▼2013年以前はkoryolinkのポスターにフィーチャーフォンが描かれていた。
▼ koryolinkのポスターはフィーチャーフォンからスマートフォンに変わった。なお、koryolinkのスローガンは変更なく、「더 높이 더 빨리!(もっと高く、もっと速く!)」である。
▼2014年にArirangシリーズの新機種が登場したが、ポスターに描かれている機種はArirang AS1201である。指導員によるとArirang AS1201は金正恩第一書記が現地指導したスマートフォンとして特別な存在という。
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登録はこちら滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。