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マクロ経済から見た人工知能の研究開発に取り組むべき課題とは?  ーシンギュラリティ・サロン第13回公開講演会リポートー

2016.05.11

Updated by Yuko Nonoshita on May 11, 2016, 07:30 am JST

人工知能の研究開発に携わる有識者を招いて行われる「シンギュラリティ・サロン」の第13回目となる公開講演会のリポートをお届けする。

今回は駒澤大学経済学部の井上智洋氏を講師に迎え、「第二の大分岐-汎用人工知能は雇用を奪うか?経済成長をもたらすか?人々は遊んで暮らせるか?-」というタイトルで、マクロ経済学者の視点から人工知能や経済や雇用に与える影響についての話が取り上げられた。

井上氏は前回のシンギュラリティサロンに登壇した高橋恒一氏 と「AI社会論研究会」  という、さまざまな分野から有識者を招いた勉強会を自身でも開催している。今後、登場する汎用AIは社会や経済構造をかえる可能性があると考えており、具体的に雇用や経済にどのような影響をもたらすかが解説された。

▼講師の井上智洋氏はマクロ経済学者として人工知能の研究に取り組む人物として知られている。
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「AIが仕事を奪う」をマクロ経済学で説明すると

あらゆる産業に影響を及ぼして、補完的な発明を連鎖的に生じさせる技術のことを汎用目的技術(GPT)といい、最近ではコンピュータやインターネットをGPTとする第3次産業革命がおきている。次に訪れる第4次産業革命では何がGPTになるはまだわからないが、2030年ごろに汎用AIの登場によって起こるのではないかと井上氏は予測している。

それぞれの産業革命では、技術を主導する国が覇権を握るヘゲモニー国家として成長し、対応できない国は取り残されてきた。しかも第4次産業革命は、農業中心から工業中心に世界経済が大きく分岐した時と同じぐらいの変革をもたらす「第二の大分岐」となる可能性があると井上氏は考えている。

最初の産業革命では、「土地」と「労働」をインプットとして生産活動が行われる農業中心の経済が、「資本=機械」と「労働」をインプットとして生産活動が行われる工業中心の経済「コブ=ダグラス型生産経済」に変質した。「資本=機械」は「土地」と違ってアウトプットでもあり、そのようなループ構造が形作られたことによって、最初の大分岐が生じた。

しかし、第四次産業革命によって「労働」が汎用AIやロボットに肩代わりされるようになると、ピケティが純粋ロボット経済とも呼ぶ「AK型生産経済」となり、経済成長率が飛躍的に伸びて「第二の大分岐」が生じるというわけだ。

一方で現時点での日本は、欧米や韓国、中国と比べてAIに関する研究投資額が少なく、特化型AIでは遅れをとっている。第4次産業革命で取り残されないためには、汎用AIの研究や技術開発にいち早く取り組むことが国家としても重要になることが経済学的視点からも言える。

▼産業革命を起こした汎用目的技術(GPT)とヘゲモニー国家
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▼産業革命以前と以後の経済成長構造
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▼汎用AIやロボットが労働を肩代わりするAK型生産経済では資本(K)と技術(A)がそのまま生産量(Y)につながり飛躍的に成長する。
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▼第4次産業革命によって訪れる「第二の大分岐」は井上氏による造語である。
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「技術的失業」の受け皿がなくなることが過去の産業革命との決定的な違い

特化型AIの登場だけでも社会には少なからず影響があり、技術のイノベーションで仕事をうばわれる「技術的失業」が問題化することは、MIT(マサチューセッツ工科大学)の経済学教授エリック・ブリニョルフソン等の著書『機械との競争』にも書かれている。すでにホテルの受付けや携帯電話ショップの窓口をロボットで対応させるなどの動きがはじまっており、オックスフォード大学はスーパーのレジやフロント、保険の販売代理店員などの仕事は10年以内に90%の確率で消えるというデータを発表している。

技術的失業を増やさないためには、他の職に就く「労働移動」をすみやかに行うか、妥当なマクロ経済産業を実施する必要がある。しかし、技術がさらに進化して労働力が汎用AIとロボットに置き換えられると中間層の雇用がさらに大きく破壊され、30年後に働けるのは人口の1割になるというシビアな予測もある。この状況に対応するには経済に対する考え方そのものを大きく変える必要があるかもしれない。

▼井上氏は汎用AIをGPTとした第4次産業革命によって第1次産業革命と同じぐらい大きな経済変革が訪れると予測している。
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▼オックスフォード大学では今後消える仕事についての調査研究結果を発表している。
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「仕事がない」≠「所得がない」世界を実現するには?

経済に対する考え方を変えるとは、言い換えれば「もし汎用AIとロボットに労働のほとんどを奪われた場合、人は所得をどのようにして得るのかを明らかにする」ということだ。シンギュラリティをディストピア社会にしないためには、今までとは異なる「所得の再配分方法」を考える必要がある。

いろいろな方法が考えられ、井上氏はその一例としてベーシックインカム制などの方法を挙げた。また、そうした新しい所得スタイルに合わせた税収を考えたり、格差を生じさせないようにするために、どうすればいいかをもっと議論していきたいとしている。

なお、今回の講演資料はシンギュラリティ・サロンのサイトからダウンロードできる。

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。

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