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ネットにしか居場所がないということ(前編)

The Internet Is Not Therapy

2016.11.29

Updated by yomoyomo on 11月 29, 2016, 16:05 pm JST

自分は誰かとつながりたい。自分は、それこそ、人間に対する優しい感情を失いたくない。(色川武大『狂人日記』)

ウィキペディア編集者エリオット(仮名)の乱心

「シドニー郊外のある火曜日の夜、エリオットは家のコンピュータの前に座り、Wikipedia を編集しながら、彼が苦労して書いた文章をしきりに差し戻す仲間のボランティアと論争していた」

アンドリュー・マクミラン(Andrew McMillen)が、今年 Medium から大手雑誌出版社コンデナストに買収された人気ブログ BackChannel に寄稿した「Wikipedia Is Not Therapy!」は、そんな文章から始まります。

エリオットは平日の夜を、シドニーのオーバーン市の副市長だったお騒がせ政治家サリム・マハラー(Salim Mehajer)のウィキペディアの項目を書くのに費やしていましたが、作業に没頭するにつれ、彼の精神状態は悪化していきます。

2004年に初めてウィキペディアを編集した現在37歳のエリオットは、ほとんど誰よりもこのオンライン百科事典の内部の仕組みを熟知していました。実はこの「エリオット」という名前は仮名なのですが、仮名にしている理由は、この先の文章を読めばお察しいただけると思います。本文でリンクしているページから彼の本名を辿れることに注意いただきたいのですが、たとえここに彼の本名を書いたとしても、この文章を読んでいる人で、その名前にピンとくる人はほとんどいないでしょう。

しかし、ウィキペディアを日常的に利用するネットユーザであれば、彼がかの有名な[要出典][Citation needed])タグを発明した人と聞けば、おっとなるのではないでしょうか。エリオットは他にも「鯨の爆発Exploding whale)」などユニークな記事を書いたことで、ウィキペディア編集者のコミュニティ内でもよく知られた人物でした。

しかし、くだんの火曜日の夜、彼の精神状態は危機にありました。妻と二人の幼い子供達が隣の部屋にいる傍ら、エリオットはいわゆる編集合戦にかかりきりでした。エリオットはお騒がせ政治家サリム・マハラーが交通法規を無視して挙行した結婚式などの話をウィキペディアに書こうとしますが、別のオーストラリア人の編集者(彼もまたコミュニティ内で傑出した人物でした)は、「僕だってそいつのことは好きじゃないけど、ウィキペディアのポリシー上、誰かを好きでないというのが存命人物のページに書く理由にはならない」とエリオットの編集をバイアスがかかっていると問題視して差し戻しました。やがてエリオットと他の編集者のやりとりは取り返しがつかないほどエスカレートし、しまいにはエリオットはサイト管理者に締め出されてしまいます。

エリオットの精神状態の悪さには理由がありました。彼は何ヶ月も職がなく、健康面でも金銭面でも苦境にあり、短気になっていたのです。そのとき彼の妻が、コンピュータの画面に釘付けになっている夫に近づき、子供達をベッドに寝かしつけるのを手伝うようお願いしました。妻の要請に思考を乱され、彼は思わず癇癪を爆発させてしまいます。すぐに彼は怒りを露にしたのを悔いますが、自分が恥ずかしくなり、彼は携帯電話と車の鍵をつかんで家を飛び出して、ヒュンダイ車に飛び乗って走り去ってしまいます。

しばらく車を走らせた後、彼は地元の学校のあたりで停車し、エンジンを切ります。彼は iPhone を取り出し、長いメールをタイプしだしました。その夜遅く「The end」という題名のメールが、数千人もの人がメンバーであるウィキペディアの公開メーリングリストに投稿されました。

そのメールは、「僕は永久にブロックされてしまった。いじめられ、僕は自殺を考えている」という文章から始まり、彼のウィキペディアに対する功績やら、そこから締め出されたいきさつやら、自身の苦境について長々と綴られた後、「そして僕は車の中で自殺を考えている。すべてに失望している。お前らの中には親切な奴などいない。お前らは僕が訴える権利、抗議する能力、そして僕の尊厳を奪いやがった。お前らは他の奴らに僕をバカにさせ、ウィキペディアの重要な使命に貢献できなくした──それを痛切に感じている。僕はやり損なったんだ。これから何をやるか分からない。車を走らせるだろうが、どこに行くか分からない。家族が僕を許してくれるのを願うばかりだ」という悲痛な文章で締められています。

ウィキペディアはセラピーではない

ご存知の通り、ウィキペディア英語版は世界でもっとも人気のあるウェブサイトの一つです。登録ユーザは2800万人、アクティヴな編集者の数だけでも2016年6月時点で約6万8千人にのぼり、それは小都市の人口に匹敵します。それだけの人数がいれば、編集合戦も日常的に起こるでしょうし、編集合戦の末に記述内容が次第に中立になりつつあるという研究結果の話を聞くと、それは必ずしも悪いことばかりではないようです。そして、面白いことに今ではウィキディア上で喧嘩をするのは人間だけではなかったりします

問題なのは、それだけの人数の編集者がいれば、その中にはメンタル面の変調や疾患を抱える人も当然含まれることです。しかし、ウィキペディアの編集という文字を通したコミュニケーションでは、自己申告でもない限り、メンタル面で苦しむユーザを特定するのは容易ではありません。「インターネットでは、あなたが犬か誰も分からない(On the Internet, nobody knows you're a dog)」というのは20年以上前から言われる有名なフレーズですが、インターネットでは、あなたが黒い犬を飼っているかも容易には分からないのです。

この話題と関連して、ウィキペディアのオフィシャルな方針やガイドラインではないものの、ウィキペディア関係者によく知られたエッセイに「ウィキペディアはセラピーではない(Wikipedia is not therapy)」があります。

アンドリュー・マクミランの文章のタイトルがこれから取られているのは言うまでもありませんが、編集者の姿勢に問題があれば、その人のウィキペディア編集への参加が制限ないし拒否される可能性があることを注意喚起する文章です。およそ10年前に最初に書かれたこのエッセイには現在、「ウィキペディアがセラピーでないからといって、メンタル面の不調を抱えた編集者がウィキペディアに建設的な貢献ができないとか、他の編集者と協働作業できないとか言いたいのではないし、障害を持つ編集者が、その障害だけを理由にウィキペディアから排除されてはならない」という、おそらくはポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)に配慮した予防線も張られていますが、ウィキペディアは百科事典であり、個人ではなく公共の利益のために存在するわけだから、メンタル面、感情面で不安定な人は、ウィキペディアをセラピーに利用して百科事典としての質を落とすのではなく、どこかよそで時間を使ってくれという含意があるのは確かでしょう。

あるウィキペディア編集者は、多くの人がこの「ウィキペディアはセラピーではない」というエッセイを権威があるように無造作に振り回していると指摘します。興味深いのは、その理由を彼はウィキペディアの編集に多分にロールプレイングゲームの要素があることを挙げていることです。具体的には、ウィキぺディアは役割を果たして承認を競うゲームであり、そのゲームに勝つには、秀逸な記事に選ばれるようなページの作成者になることだというのです。

風呂場からエジプト革命を支援した元ひきこもり男の述懐

かくして「ウィキペディアはセラピーではない」というエッセイはウィキペディア編集者の多くに受け入れられているわけですが、ウィキペディアの質向上のために編集者が信頼性の高い有料のリソースにアクセスするのを支援する The Wikipedia Library を立ち上げたジェイク・オロウィッツは、「Journey of a Wikipedian」という文章で、それに異議を唱えています。

2010年の秋のこと、ジェイク・オロウィッツの父親は、自宅の屋根裏にあるバスルームのドアを開けてギョッとします。そこで彼が目にしたのは、バスタブにつかったままノートパソコンを操作する息子のジェイクの姿でした。日本にもお風呂でプログラミングをする風呂グラマとして知られる人もいますが、ジェイクの場合、そういう楽しいものではなかったようです。

ジェイクは当時を振り返り、風呂場の他には自宅に、というかこの国に広げても自分が快適で安全だと感じる場所がなかったと述懐します。つまり、かなり精神状態がよくない、いわゆる引き篭もりに近い状態だったわけですが、「父はそのことを知らなかった。彼の目には、なみなみお湯がはられたお風呂の端でパソコンを無我夢中にいじる、真っ裸の、明らかに心ここにあらずな、どこかおかしい27歳の息子の姿が映るだけだった。父はまた、その息子がエジプト革命の指揮を支援していることも知らなかった」とジェイクは書きます。

ここまで読んで、革命? と首をひねられた方もいるでしょうが、ジェイクはふざけているのではありません。およそ30年に及ぶ独裁政権を維持したムバラク大統領を打倒すべく2011年のはじめに起きたエジプト革命の英語版ウィキペディアページにおいて、当時友人とほとんど連絡を絶っていた、自身の20代を失われた10年だったとまで振り返るジェイクは、彼も含め5人の編集者によって24時間体制で張り付き、最新情報を拡充し続け、反政府運動の当事者たちにとっても信頼性の高い、重要な情報源として革命を支えたのです。彼にとってウィキペディアは、彼と世界をつなぐ唯一の窓だったのです。

その自身の経験を踏まえてジェイクは、「ウィキペディアはセラピーではないといわれる。百科事典を書く真面目な場であって、誰かの精神障害を解決するところじゃないというわけだ。でも、僕はそれは間違っていると思う。ウィキペディアに僕が入力する言葉や貢献の価値以外、誰も僕のことを知らなかったし、僕が当時躁病だったか、恐怖症だったか、妄想状態だったか、ヒステリックだったかなんてどうでもよいことだ」と書きます。

そしてジェイクは、「ウィキペディアはソーシャルネットワークではないともいわれるが、それもやはり間違っている」とも書きます。そこで彼が挙げるのは、ウィキペディアの編集を始めて8年経つ間に会った何百人もの同じ情熱を共有する人の存在です。自分がその人たちと出会い、ウィキペディア関係の講演を行う過程で引き篭もり状態から脱し、現在も全般性不安障害を抱えたままウィキメディア財団に雇用され、Wikipedia Library を手がけられるのは、かつては自らの生の実感を得られる唯一の場であったウィキペディアがあったからだという想いが彼にはあるのでしょう。

ウィキペディア編集者としての死と生活者としての再生

そのジェイクにとって、エリオットのメーリングリストへの投稿は他人事には思えませんでした。即座に彼はエリオットに Facebook で連絡を取ろうとし、すぐに彼の携帯番号を見つけ、支えになるような留守電を残します。エリオットのメンタルヘルス上の問題も編集合戦の顛末も知りませんでしたが、自分だって彼のようになったかもしれないし、かつての自分がそうだったように暗闇を抜け出てほしいと願ったのです。

エリオットの妻は、結婚式のときにベストマンも務めたエリオットの20年来の親友のアンディ・チャンに連絡し、彼もシドニー郊外を車を走らせてエリオットを捜索します。その夜アンディは二度エリオットのヒュンダイ車に遭遇しますが、カーチェースをやらかした末に見失い、アンディは仕方なく午前2時に、疲弊して心配を抱えたまま家路につきました。

あてもなく夜に走り回った挙句、結局エリオットは自宅に帰ってきます。翌朝、ベッドで寝ているところに警察がエリオットの安否を確かめにやってきます。実は警察は昨夜、エリオットが家を飛び出した後にもやってきたのですが、とにかく眠りたいエリオットに対し、警察は近くの病院に検査に出向くよう要請します。当初エリオットも彼の妻もそれに抵抗しますが、警官の飽くまで礼儀正しい態度に、エリオットは彼をこれ以上困らせてはいけないと我に返り、要請に従います。

事件から二月ほど経ち、アンドリュー・マクミランの取材を受ける頃には、エリオットも落ち着きを取り戻し、ユーモアを交えてあの夜を振り返る余裕がありました。実は事件の3日後に IT 管理者の職が見つかり、彼の生活は快方に向かったのです。「ウィキペディアが自分にとっての臨界点だった」とエリオットは振り返り、「あれが原因というわけではないが、ウィキペディアは今もそういう効果を持っているいるのかもという懸念がある」と認めます。

エリオットは、自分以外のウィキペディア編集者や管理者に対して敵意はないと言います。エリオットをあの夜暴走に駆り立てたストレス要因を、彼らが知りえなかったことは彼も分かっています。「自分には確かに不安神経症の問題があるが、思うに多分、注意力欠如障害が原因なんだろう」と彼は分析しますが、彼はメンタル面の治療を受けており、何より今は友人と家族と強い絆を結んでいます。

それでも彼は、自分と同じようなことをやらかした編集者にウィキペディアのコミュニティがどのように対応したらよいのかよく分からないと認めます。彼は事件のことを恥じてはいないが、それがもたらす汚名のことは承知しています。彼は IP アドレスで無期限にブロックされており、もはや彼はウィキペディアに編集者として関わることはできません。

(後編に続きます)

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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