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③交通流管理の必然性 ―航空管制官からの提言―

2017.03.22

Updated by Tetsuya Murayama on March 22, 2017, 09:50 am JST

流れが滞らないとはどういうことか。簡単に言えば、個々の物質が一定の流速を維持できることであるが、その前提には量が飽和していないというマクロの条件がある。機内から外を見ても空港は混雑していないのに、なぜ出発機が地上で待たされるのかを知れば、自ずと流れを管理する必然性が理解できる。

「空に道があることを知っていますか」というフレーズは、メディアが航空管制を解説する冒頭に使う定番表現だが、子供だましの要素が多分に含まれている。見上げて分かる通り空に道はなく、むしろ地上に設置された無線航法援助施設(ナブエイド: Nav Aid)が”空の交差点”の役割を請け負っており、周辺の地名がそのまま航空路図に記載されている。例えば、東京の大島にあるナブエイドにはXACと記号が割り当てられOSHIMAと読む。のんびりした島の交通とは対照的に“空の交差点”は見えないところで今日も過密状態である。航空機数の飽和状態により、到着空港周辺での上空待機が常態化していたため、日本では2005年に交通流管理システムが導入された。

航空業界において空の国境と言えば、政治・経済的な意味合いを持つ領空ではなく、航空交通の円滑で安全な流れを促進する目的で定められた飛行情報区(FIR : Flight Information Region)の境界線を指す。日本の空域は福岡FIRと名付けられているのだが、それは交通流管理を実施する施設である航空交通管理センター(ATMC : Air Traffic Management Center)が福岡にあるからである。各国のATMCは連携して交通流管理を行うが、その手法は速度と量の制御のみであり、言葉の難解さに比べて原理は容易い。

各航空機にはレーダーシステム上の識別のため、出発時にスクォークという4桁の数字が割り当てられる。各桁は0〜7の8進法で表され、8の4乗で4096通りある。航空管制官から無線交信またはデータリンクで伝えられた数字をパイロットが機上の応答装置(トランスポンダー)に入力することで、航空機の情報を正確に共有できる仕組みとなっている。割り当てられる数字とは別に特別なコードが定められており、ハイジャックを受けた場合はトランスポンダーに7500と入力し直すことで、犯人に気づかれることなく管制官に状況を伝えることもできる。スクォークは、国内便であれば目的地到着時に無効化され、国際便であればFIRから出域する際、次の空域(セクター)を管轄する管制機関から新たなコードが指定される。桁数を無制限にし、固有の数字を割り当てることは現状できていない。それは、飛行情報を管理するサーバーの負荷制限という現実的な実情があるからだ。

さて、運転が上手なドライバーといって思い浮かべるイメージは、交通の流れを乱さず柔軟で軽やかな運転を自然とできる人ではないだろうか。運転操作をしながら交通状況に合わせた最適な判断を冷静に繰り返し安全を維持することを可能にするのは、経験で培った洞察力の賜物だ。自動運転の先駆けとして扱われがちなドライブアシストは、そのような考え方をベースに機能が構築されているが、安全かつ効率的な集団的協調行動は、自車が他車に動きを合わせるといったミクロな視点では到底実現できない、ということはお伝えしておきたい。自動運転車にも、交通量をスクォークのような仕組みでサーバー管理する「交通流管理」の概念が必要となるだろう。

交通流管理は、速度制限、間隔拡大、出発時刻指定の3つを混雑の段階で使い分ける。道路交通法では、中央線が引かれている幹線道路を走行する自動車に絶対的な優先権を与えているが、自動運転にその考えを持ち込むのは適切ではない。幹線道路を走行する車に速度制限を加えたり、車間距離を拡大して脇道の車を優先する必要がある。なぜなら、自動運転のAIが自主的に発生させる遅延は、セクター内の車両混雑により振り分けられる均等なものでなければ感情的に受け入れられないからだ。道路工事等で片側通行が実施されている際、自車を先頭に停車させられることを不満に思うのは、遅延時間が偏っているからに他ならない。

実際に、空の世界でも一本しかない滑走路に到着機を連続して着陸させれば、出発機は離陸する隙がなく長蛇の列ができる。そのような遅延の偏りを防ぐため、上空にいる段階から到着機の誘導経路と速度をコントロールしている。

航空管制官の神業と言えば、予め上空にいる到着機を減速させたり間隔を広げたりしておくことで、最終進入体制の航空機が着陸する前に出発機が離陸滑走を開始し、浮遊した瞬間に到着機が接地する状況を生み出すことだ。理想的な集団的協調行動とはその場しのぎでできるものではない、ということだけは断言させてもらう。

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村山 哲也(むらやま・てつや)

1983年生まれ。2006年東京理科大学理学部卒業、2007年国土交通省入省、航空保安大学校の研修を経て東京航空局成田空港事務所に配属。航空管制官在職中、独学でホームページ制作技術を学び、2015年国土交通省退職。現在は、海外でインターネット事業会社を運営する傍ら、航空管制と航空機オペレーションのいまを発信中。