アメリカ ロッキー山脈 イメージ

空から見るアメリカ内陸部と「わるいのはあいつらだ」の論理

人と技術と情報の境界面を探る #001

2017.04.10

Updated by Shinya Matsuura on 4月 10, 2017, 07:00 am JST

アメリカは、東海岸と西海岸に別れて産業や研究拠点が立地している。このため取材などで訪れると、大陸横断の航空便に乗ることになる。

東海岸と西海岸の時差は3時間だ。ロサンゼルス・ニューヨーク便ならば、飛行時間は5時間半ほど。つまり時差の約2倍の時間をかけて、旅客機は2つの海岸線を結んでいる。飛行中、下に見えるのは、アメリカ大陸の自然、そして、内陸部の暮らしだ。雄大なロッキー山脈の風景だったり、荒れ地をどこまでも一本の道路が延びていたり、延々とトウモロコシの畑が続いていたりーー時には高度1万mを飛ぶ旅客機のはるか下方を、小さな自家用機が飛んでいたりもする。そして、時折、街が見える。本当に小さな街が、道路にへばりつくようにして点在している。

ここにも人が住んでいるーーそんな街を見下ろすたびに、私はそう思った。自分の知らない誰かが、この下で生まれ育ち、生活している。東海岸でロケットの打ち上げを取材し、西海岸で最新テクノロジーの研究状況を見聞する。それらはアメリカをアメリカたらしめている大きな特徴ではあるが、アメリカのすべてではない。いつも大陸横断便で飛び越している、そのはるか下に広がる大地に、自分の知らないアメリカがある。
 
 
ぽつぽつと断続的に、メディアを通じてアメリカ内陸部の情報は、耳に入ってきていた。湾岸戦争、ソマリア派兵、イラク空爆、ハイチ派兵、ボスニア・ヘルツェゴビナ爆撃、スーダン、アフガニスタン、コソボ、ソマリア、そしてイラク戦争。アメリカが軍事作戦行動を行うたびに、アメリカ内陸部の様子が日本のメディアに登場したからである。作戦に従事する兵士の中には、少なからぬ内陸部出身者がいたのだった。

聞こえてくる話は、東海岸や西海岸の都市部での見聞とは大分違っていた。大抵の街には高校までしかない。そして地元にいるかぎり、高収入は望めない。アメリカの大学の授業料は高い。軍には高卒志願者に除隊後、学資を支給する制度がある。街から脱出して学びたければ、軍に入って一定期間の軍務に服し、除隊後に大学で学ぶのは早道だ。そうやって軍を利用して街を出ようとした若者が、海外に派遣され、そして負傷して帰郷する。

アメリカは義手、義足などの人体補綴技術に関しては世界最高の技術を持っている。19世紀の南北戦争で多数の手足を失った兵が発生したことから研究が始まり、アメリカが戦争をするたびに技術が発達した結果だ。だが、どんなに技術が進んでも、戦場で失った体の一部を取り戻せるわけではない。そして体もさりながら、精神に付けられた傷は簡単に癒すことはできないーー。

入ってくる情報を蓄積しつつ、私は「これは実際に見聞しなくては」と思い続けてきた。アメリカの内陸部には東海岸とも西海岸とも違った世界がある。それらをトータルでみないとアメリカの全体像を把握したことにはならないだろう。いつかここをきちんと見聞してみたいと、長年思ってきた。誰か旅の相棒を誘い、レンタカーを使い、行き当たりばったりで宿を探しながら北米大陸を横断する。そうすれば、自分の知らないアメリカの別の側面が見えてくるだろう。ぜひともやらねば、と思いつつ、気が付くと何十年も経ってしまった。
 
 
ドナルド・トランプが米大統領選に立候補した時、おそらく彼の当選を予測した者はごく少数だったろう。だが、私は彼が共和党内の予備選挙を勝ち抜いて、共和党候補となった時点で、「これはひょっとすると」と思い始めた。

念頭にあったのは、大陸横断便から眺めた、北米大陸内陸の様子だった。荒れ地に伸びる国道沿いにちんまりと固まる小さな街にだって有権者はいる。そして、米大統領選挙の勝敗決定方式は独特だ。各州毎に選挙人を選び、その選挙人がワシントンD.C.に赴いて投票を行うという古の形式がそのまま残っている。選挙人の獲得人数で大統領が決まるわけだ。しかも全米50州のうち48州は「勝者総取り(Winner-take-all)」という、一票でも多かった方に、すべての選挙人を配分する方式を採用している。つまり、全体で見ると得票総数が少ない側が大統領選の勝者となり得る。

選挙代理人の数が多い内陸部の州に「自分達は報われていない、置いてけぼりにされている」という怨念が鬱積していやしないか。

トランプの基本的思考は「おまえたちは悪くない。悪いのは“あいつ”だ。あいつらさえいなくなれば、おまえたちは報われる」というものだ。“あいつ”のところには、自分達以外のすべての者が入る。スペイン語をしゃべり英語をしゃべらない者達、メキシコを経由して米国に流入する不法移民、よく分からない理屈で二酸化炭素排出規制をかけたり、オバマケアなどという奇妙で不愉快な制度を作るインテリたちーー大して頭を使わなくても、その理屈は理解できる。非常に分かりやすい。分かりやすく、危険だ。
 
 
2016年6月にイギリスが国民投票で、EUからの離脱支持派が多数を占めたことで、私の懸念はますます膨らんだ。ここでも「自分の不遇は、自分ではない“あいつら”が悪い」という論理が勝利を収めた。イギリスでは“あいつら”とは、EU経由で流入してくる移民・難民のことだった。

だめだ、その論理では問題は解決しない。どこかでこの流れを止めないとーーもちろんそんな力は私にはない。

2016年11月、私の危惧は的中し、ドナルド・トランプは第45代アメリカ合衆国大統領に当選した。そこから後に起きたことは語るまでもないだろう。そして事態は現在も進行しつつある。

これが21世紀か。20世紀に望んでいた21世紀とは随分違うではないか。では、21世紀を自分はどうしたいのか。どうすればいいのか。何か手はあるのか。それともないのか。
 
 
この連載では、社会の形、ありようを、科学と技術と人文の両方から考察していこうと思っている。話題はあちらに飛び、こちらに飛ぶことになるだろう。が、基本として「自分はどんな社会を望むのか」という問いは一貫するように心がけたい。
 連載のタイトルは、2008年から2015年にかけて日経BP社の「PC Online」で行った連載から引き継いだ(現在は、日経ITProでそのすべてを読むことができる)。

 そう、物事は2つの異なる性質の知識がぶつかり合う、境界面が一番面白いのだ。

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松浦晋也(まつうら・しんや)

「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。

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