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知的情報処理の最前線:量子アニーリングが日本に戻るとき

Quantum annealing comes back to Japan

2017.06.27

Updated by Masayuki Ohzeki on June 27, 2017, 08:00 am JST

2017年6月26日より4日間Adiabatic Quantum Computing Conference 2017 (AQC2017)Tという国際会議が東京リクルート本社で開催されている。この会議が開かれている様子がNHK newsにて取り上げられるという盛り上がりぶりだ。

量子力学という原子や分子などの微小なスケールでの特徴的な動きのルールを利用した画期的な計算方法、それが量子コンピュータである。量子力学自体難しい概念であろう。初学者に向けて手を替え品を替え伝える方法を考えるがなかなか難しい。端的に言って複数の可能性の検討を得意とする計算手法である。

その量子コンピュータの実現方法の一つとして、当初想定されていた方式、ゲート方式とは異なる伏兵として突如注目を浴びたのが量子アニーリングである。ゲート方式では量子力学に従うあらゆる現象を表現することのできる万能量子計算を実行することができる。どんなことが未来に起こるか、シミュレーションを行うことが原理的にはできる。そういった万能性を持たせずに、量子アニーリングではその量子の性質を利用して、極めて限定的ではあるものの、組合せ最適化問題というパズルに類する計算を得意とする。

パズルを解くのはどうも頭を使い、悩ましく、時には時間が立つのすら忘れてしまう(それが趣味であれば良いが、仕事となると苦痛に変わる)。あちらに行った場合にどうなるか?こちらに行った場合にどうなるか?試し打ちをしてみてはうまくいくかどうかを試行錯誤するのがパズルの難しさであり、計算にかかる時間が、その難しさの指標の一つとなる。

量子アニーリングであれば、限られた問題ではあるものの、現状のコンピュータで色々な可能性を探って、パズルを解くよりも非常に高速で解けることが確認されつつある。

量子コンピュータの実現はまだまだ先の未来のことである、そう考えられてきた。

しかし当初想定されていたゲート方式のように万能量子計算ではなく、量子アニーリングではパズルのみを解くことを目的としている。目的を特化させたために、量子アニーリングをうまく実現させたのがD-wave Systems社である。

元々はいわゆる超伝導の技術を用いて量子コンピュータを作ることを目指したベンチャー企業であるが、四苦八苦しながら超伝導技術のノウハウを蓄積させてきた。その経験を生かして、MITのEddie Farhi、Seth Lloydからのアドバイスにより、量子アニーリングマシンを完成させた。世界初の商用量子コンピュータと銘打ち、大々的にアピールされた。最初の顧客はLockheed Martin、Google、NASAと続き、広く世界に知れ渡るようになった。今では日本企業も含めて、時間貸サービス等を通じて多くの顧客が存在する。

加熱する量子アニーリングマシン開発競争

このAQC2017という国際会議では、量子コンピュータの中でもとりわけ量子アニーリングの技術や理論の最新動向について各国を代表する研究機関そして企業が成果を披露して、その内容について深く議論を行う。最先端の情報が集まる格好の舞台である。

運営委員として参加しながらTwitterを利用して実況をしていたところ、その内容をTogetterにまとめてくれた人がいたので、その内容を思い出しながらどんな様子であったか紹介してみよう。

カナダのベンチャー企業D-wave Systems社が量子アニーリングを実現して以来、アメリカでは国家プロジェクトIARPA QEOが始動した。そのプロジェクトの主導のもと、MIT Lincoln研究所が量子アニーリングマシンを製作している。

Googleも独自に量子アニーリングマシンをいわゆる量子コンピュータの開発と並行して行っている。

そしてNorthrop Grummanも対抗して量子アニーリングマシンを製作しており、その競争の過熱ぶりには目を見張る。

量子アニーリングという新しい研究の舞台が整うと一気に動く、このダイナミックさが痛快ですらある。しかし興味深いのは、これまでの量子アニーリングには止まらず、さらに上のレベルを目指しているところがこの競争の面白いところだ。

そしてそのレベルは確実に引き上げられている。

量子アニーリングでは、パズルをうまく解くために、量子力学のルールに基づいてアレヤコレヤと試す。パズルの「解」を揺らすのだ。そうやっていろんな試し方を平等に取り扱いながら、うまく行きそうなものについて目星をつけながらパズルを解いていく。この「目星のつけ方」が独特なのが量子であり、どれかひとつ良いものがあったら、そこに集中するのではなく、浮気をする。うまく行きそうであれば唾をつけておくが如く、その可能性を捨てないで取っておき、あとあとになってこっちの方が良さそうだ、ということであれば乗り換えてしまう。そういう都合の良い解き方をすることができるのだ。

この目星のつけ方をさらに工夫することでより計算の高速化や多様性を持たせることができる。

計算の飛躍的高速化の可能性については日本人の研究者によって示された事実である。その事実が引き金となって、世界を代表する大企業や国家が動いているのだ。

MITもGoogleもNorthrop Grummanもこの目星のつけ方、パズルの解き方をこれまでよりも複雑な者へと切り替えて新しい量子アニーリングマシンを作ろうと躍起になっている。

さらに彼らが目指す先は計算の多様性である。自由自在にパズルを解くことができるようになると、量子アニーリングを利用して、夢の万能量子計算を実現させることができるのだ。回り回って真の量子コンピュータを実現させることができるため、量子アニーリングマシンを作ることが、結局は量子コンピュータを実現させる重要な一歩だったということになる。

Googleはそのため量子アニーリングマシンだけではなく、ゲート方式による量子コンピュータの製作も並行して進めている。会議の中では一瞬その様子を紹介する場面が見られた。

本家本元のカナダのD-wave Systems社は、既に完成させているアドバンテージを活かし、計算の規模をどんどん大きくして行き、社会的に有用な応用例を積み上げている。彼らはドイツのフォルクスワーゲンと提携して中国の交通量最適化に向けた社会実験を行っている。さらに量子アニーリングマシンの改良は進み、色々な試し方をして出てきた結果をみて、うまくいっていない場合にさらに良い解を出すために目星のつけ方を変える機能など、どんどんユーザーフレンドリーな性能を備えつつある。

日本からも量子コンピュータビジネスへの参入が始まった

さて、ここはどこだろうか?

日本だ。東京駅に近いリクルート本社内で実施している国際会議だ。

多種多様な人種が入り混じり英語で激論を交わす国際会議だ。しかし最新の成果はこの北米を中心とした最新技術ばかりで、我々は指をくわえて見ているしかないのだろうか。

それではダメだ!と強く主張する人もいるだろう。

それでもいいじゃないかと他の方策を考える人もいるだろう。

色々な考え方があって良いと思う。しかし筆者としては世界はどんどん変わっていくのを実感している。それを伝えたい一心で書き記した。

変わっていっている一つの例が、「量子」というこの慣れ親しみのない言葉に、挑戦をするプレイヤーが増えてきたことだ。科学的な用語が入っているとなんだか面白そう。なんだか凄そうということで飛びついてくる部分もあるかもしれない。しかしこの量子アニーリングについては、実際に役立つ場面がある。今はその役立つ場面としてもっとも痛烈なインパクトがあるものは何かを誰しもが知りたい局面であり、手探りで答えを探している。その発見を待たず、ビジネスサイドから使ってみようという動きが世界各国、そして日本からも出始めている。

このAQC2017開催の日にfixstars社から一つのプレスリリースがあった。

D-wave Systems社と協働を開始して顧客の抱える問題のソリューションとして量子アニーリングを提供することを目指している。

このような動きが日本で始まっていることを歓迎したい。

またD-wave Systems社がフォルクスワーゲンと連携して交通量最適化を実行しているように、日本では量子アニーリングを利用して人工知能を加速する研究を株式会社デンソーと東北大学が実施している。また早稲田大学と連携して量子アニーリングの新しい可能性について模索が続いている。

さらにあのソフトバンクのビジョン・ファンドが量子コンピュータ関連事業に投資をする計画があることを先日明かした。

ソフトバンクはイギリスのARMの買収やボストンダイナミクスの買収など、最近の動きについてかなり注目されてきたが、ここにきて量子コンピュータに向けてついに動き出した。

北米、日本、次に来るのはヨーロッパだろうか。ヨーロッパでも多額の投資が始まっており世界中で量子コンピュータ技術についての競争は激化している。そして中国もそこに割り込んで来る格好だ。

そんな時代に今我々はいるのだ。

あまりの過熱ぶりに量子アニーリングを提唱した西森秀稔教授を始め研究者も驚いている。様々なプレイヤーが登場して、慌ててしまう場面もある。特にAQC2017を運営してその過熱ぶりには驚くばかりだ。

はてさて、量子アニーリングマシンは超伝導技術を利用しているため、非常に低温の環境下で動作するものだ。

もう少し落ち着いて、この会議を楽しむことにしよう。この世界各国入り乱れたパズルを解いて、最善の一手を追求したい。

 

我々が時代を創る王手を目指すために。

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大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。

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