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地元主導のテストベッドでスマートシティ規格『共築』目指す 始動したIoT益田同盟

日本のIoTを変える99人 【FILE 019】

2017.08.10

Updated by 特集:日本のIoTを変える99人 on August 10, 2017, 07:25 am JST

島根県益田市を日本発スマートシティ規格作りのためのテストベッドとするプロジェクト「IoT益田同盟」。その仕掛け人は、以前WirelessWire Newsでもインタビューしたアーキテクトグランドデザイン株式会社(以下AGD)ファウンダー兼チーフアーキテクトの豊崎禎久氏だ。地元の半導体製造業であるシマネ益田電子株式会社(以下SME)を核に、オムロン、トレンドマイクロ、慶應義塾大学などを巻き込み、行政も全面バックアップする。豊崎氏、SME平谷 太氏、そして益田市の山本 浩章市長に、IoT益田同盟にかける思いを聞いた。

ドイツから学んだテストベッドの大切さ

前回のインタビュー時にはIP500 アライアンス日本・アジアパシフィックプレジデントを務めていた豊崎氏だが、取材後の2016年2月には日本支部の活動を停止。同アライアンスに加入していた日本企業5社も既に脱退している。「IP500が提唱するコンセプトは素晴らしかったが、実現性がなかった。同規格対応した無線モジュールやゲートウェイ等の製品化される時期も見通しが立たないため、日本の会員企業と協議し脱退を決めた」という。

iotmasuda-toyosaki当時から豊崎氏(写真)が狙っていたのはスマートシティの規格作りだ。「世界で勝つIoT推進にはスマートシティの規格作りが重要。規格があればその上にさまざまなアプリケーションを載せられます。だが、我が国にはその動きがない。来るべき日本の高齢化社会問題を抱えた5万人規模の都市でPoCをやろうと、未来都市のコンソーシアムIoT益田同盟を立ち上げました」と豊崎氏は語る。メッシュネットワーク+LPWA(Low Power Wide Area)+FTTHのハイブリッド通信モデルを確立し、アジアなど新興国市場向けのプラットフォームを構築する。規格作りのために小さくテストベッドレベルから立ち上げるというやり方はドイツから学んだ。

エッジコンピューティングとネットワーク技術はAGDとオムロンが既に保有している。2017年5月にオムロン・慶応義塾大学と共に発表した「IoT PLANET HIGHWAY」がそれだ。ノードに環境センサーとエッジコンピューティング処理を内蔵したメッシュネットワーク(またはマルチホップ)と、LPWA技術を独自に最適化して数十kmの長距離伝送と低消費電力を両立したLPWA技術で、離れた拠点から信頼性の高い環境データを収集する。

▼IoT PLANET HIGHWAY 実証実験の概要(オムロン報道発表資料より)
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この技術を活かせる市場を作るためのテストベッドとして豊崎氏が選んだのが益田市だった。山も川も海あり、日本が集約されている多彩な自然環境のコンパクトシティーの中で実験が行える場所だが、ここに決めた最大の理由は、SMEの平谷 太副社長との出会いだった。

同社は半導体受託生産と試作評価事業を行っており、高周波を扱う半導体のモジュール技術にも強く、無線技術にも精通している(同社ウェブサイト)。「5万人規模のちょうどいいサイズの都市に、半導体と電子機器を扱い、無線技術を含めたエキスパートであるSMEが立地している。益田市は、地元企業が中心となってプロジェクトを推進することができる場所でした」(豊崎氏)

▼シマネ益田電子本社社屋。萩・石見空港から車で20分の立地である。(写真提供:SME)
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AGDの他SME、オムロン、トレンドマイクロ、キュレーションズ、富士通エレクトロニクス、慶應義塾大学などさまざまな企業・団体がこのプロジェクトに参画し、技術を提供する。「域内に無い技術は域外の企業が提供し、サービスを含めたオペレーションは域内の企業で法人税は地元のために還元する仕組みを作る。域内企業と域外企業が共に作る、『共築』をやっていきたいと考えています」(豊崎氏)。関東関西圏の企業が取り仕切るのではなく、地元の企業が中心となってマネージすることで地方が活性化して自立できる。「国の活性化にもつながる、IoT分野を活用した地方創生の一つのモデルになるでしょう」と豊崎氏は語る。

SMEのコア技術+アライアンスによるプロジェクト

IoT益田同盟の地元側キーパーソンであるSMEの平谷氏(写真)にも話を聞こう。同社は元々半導体の受託製造事業とアセンブリ・テストにより、日本の半導体産業を下から支えていた。「2000年の半導体リセッション以来、日本の半導体は劣勢でどんどん土俵が小さくなっています。弊社も大きな苦しみを経て、変わらざるを得ませんでした」(平谷氏)

今は宇宙、防衛、車載など、尖った高度な技術が必要とされる半導体の受託生産と、通信向け半導体の製造事業を柱としている。「2本の矢に加えて、3本目の矢としてサービサーになるという方向性を考えていたところで、豊崎さんに出会い、IoTこそがそれだと確信しました」と平谷氏は語る。

同社の強みはMEMSセンサーと高周波通信技術であり、IoTで必要となるセンシング、情報送信、処理、フィードバックに同社のコア技術を適用できる。また、自社工場のIoT化にも興味を持っている。「足りない技術はアライアンスで調達する。そのためのプロジェクトマネジメントを豊崎さんに担っていただいています」(平谷氏)

地方行政とのタッグで潜在的な課題を解決

IoT益田同盟の特徴は、行政を徹底的に巻き込んでいることだ。「地域課題には表面的なものと潜在的なものがある。教育委員として行政とかかわった経験から、顕在化しない課題をたくさん目にする機会があったし、行政と手を組むことで、そういう課題をIoTで助けることができると考えました」(平谷氏)

益田市内には萩・石見空港が立地しており、1日2便の東京便が飛んでいる。テストベッド化により、多くの研究者や企業が訪れるようになれば、町は好循環に活性化する。こうした思いを平谷氏は益田市長に伝え、市も全面協力を決めた。

iotmasuda-yamamoto「近い将来IoTが社会の大きな基盤になる中で、開発の前段としての実証実験を、益田市で、地元の企業が軸になって行うことは大きなチャンスで、魅力的なプロジェクト。テストベッドになることで、益田市の知名度向上と交流人口拡大という副次的効果も期待できます」益田市の 山本 浩章市長(写真)はプロジェクトをこう評価する。

多くの地方都市がそうであるように、益田市も、生産年齢人口の急速な減少という課題を抱えている。地方経済の生産・消費は、生産年齢人口に比例する。すなわち人口減少はそのまま地域経済の縮小につながる。益田市では「人口拡大課」を設置し、さまざまな施策を講じている。

「今までの延長ではなく、地域の経済が持続可能であるための展望が開けなくてはいけない。IoT益田同盟は、地域で新しい産業、企画、研究と言った今までなかったものごとができる大きなきっかけであり、萩・石見空港の利活用の起爆剤にもなるということで大きく期待しています」(山本市長)

2017年3月には、市の研修として、職員を対象にしたIoTセミナーを開催し、職員の8分の1が参加した。IoTに対する行政の知見を深めつつ、アンケートを行い、市としての課題の抽出に取り組んでいる。

最初に取り組む「水」の問題

益田市ならではの課題として、平谷氏は「水流」の問題をあげる。益田市では生活排水を浄化して市内の益田川や市内の水路に排出しており、景観維持やにおい・堆積物の防止のために、適量の水を流し続けるコントロールがとても重要になる。そのために市内4箇所に水門が設置されており、その開閉が行政の仕事となっている。

また、水門は、益田市周辺の水田に水を引く役割も果たしている。夏の間は川を流れる水を水門でせきとめ、水田に水を貯める。台風など大雨の時には水門を開け、川に水を排水することで、洪水を防いでいる。この水門の開閉を、現在は、市職員が雨の中目視で確認して行っている。「雨が降ったら命がけで田んぼを見に行く」のは、街の安全のために必要なことなのだ。

7月から取り組む実証実験は、益田川を含む6カ所に水位センサーを配備し監視する「CPS型河川氾濫予知システム」だ。水門コントロールの第一歩として、川の水位を監視し、自治体に蓄積していくことで、氾濫を予知し、適切な避難と水門の開閉につなげる。センサーはオムロンが提供する環境センサーのカットダウン版で、ネットワークは冒頭に紹介したAGDのIoT PLANET HIGHWAYのアーキテクチャを採用する。

これまで、オンラインで利用できる川の水位計といえば一本数万円はするものだったし、ネットワークを接続するための通信コストや施工費も高価だった。だが、昨今の地球規模の気象変動によるゲリラ豪雨を的確に予測し対応するにはきめ細かな観測網が必要となる。センサーを大量に設置してネットワークコストを押さえたIoT観測網であれば、適切な価格でより有用なデータが取れるはずだ。将来的には、川の上流にあたる山の中にも雨量センサーや監視センサーを設置し、川の氾濫だけではなく、土砂災害などについても、人工知能(以下AI)によってより精緻な予測を可能にする。

7月18日から19日にかけて現地にセンサーとアンテナが設置された。設置場所は益田市が提供し、設置作業にも立ち会った。山本市長は、「川の水位を計測して一元化し、災害対応を迅速に行える仕組みができれば、市民の安全安心が高まる」と、具体的なメリットを挙げる。実験は台風シーズンが終わる頃まで行い、秋には結果を取りまとめる予定だ。

▼水位センサー設置箇所。市内4カ所の水門も含めた6カ所に設置した。(図版提供:SME)
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▼設置されたセンサーと中継器(写真提供:豊崎禎久氏)
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▼7月18日・19日に行われたセンサー設置作業。市職員も立ち会った。(写真提供:豊崎禎久氏)
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益田をIoT夜明けのまちへ

今後、IoT益田同盟は一般社団法人化を目指す。AGDもSMEも益田市もコンソーシアムの一員として、チームとして共に動いていく。島根県では大手の電気工事関係会社など、地元の企業数社が考え方に賛同して合流している。「最先端技術やAI、ハイパーコンピューター(HPC)など、益田に知恵がないものは域外の企業の方に借りて、代わりに益田で経験を積んでいただき、ノウハウを他に展開していただくことでお返ししたい」と平谷氏は語る。

「地方でやることの利点の一つが、利権が少ないということ。皆でこの街を活性化していきたい、という点でまとまれる雰囲気があるので、そこに乗って進めていきたい」と平谷氏。山本市長は「IoT益田同盟に日本中からこの分野のエース級企業と人材が集まり、充実したスマートシティの研究が進んでいくなかで、将来の重要インフラ基盤づくりに係わり、益田の名前がIoTのブランドになれば」と期待する。

テストベッドで生まれた仕組みは、日本の地方都市だけでなくアジアなど新興国にもプラットフォームを展開していく。「日本が先を行く超高齢化社会にいずれ世界が向かう。そして、新たな課題として地球規模の気象変動による気象災害が増加しているという事実。それに対してどのようなサービスがビジネスにできるかは、本来であれば国レベルで考えるべきことだが、民間と地方自治体でタッグを組んで証明できたことを国家の未来戦略として組み込んでいただきたいと考えています」(豊崎氏)

「益田は明治維新の火ぶたを切った町」なのだそうだ。「大村益次郎率いる長州軍が最初に幕府軍と戦いうち破った近代夜明けのまちを、IoT夜明けのまちにしたい」(山本市長)と意気込みを見せる。地域の課題を解決しながら、国の未来に真剣に貢献する、心意気を感じた。

(取材・構成:板垣朝子)

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