バルセロナ イメージ

テロとAI

2017.08.22

Updated by Ryo Shimizu on 8月 22, 2017, 10:14 am JST

 メルボルンで開催されている、IJCAI(International Joint Conference on Artificial Intelligence/人工知能に関する国際統合学会)に来ています。

 会場で気がつくのは、アジア人の多さ。およそ半数はアジア系ではないかと思われます。逆にSIGGRAPHのようなACM主催学会では大半を占める欧米人はほとんど見かけません。

 しかしアジア人であっても、名札を見ると、Google, Facebookといった欧米企業が多く、必ずしもアジアの国々から来ているというわけではなさそうです。

 一方、地球の反対側のスペインのカタルーニャ地方では、ISISによる無差別テロで100人を超える死傷者が出ているそうです。

 バルセロナのあるカタルーニャ地方は、若年失業率が50%を超えていると言われています。そもそも失業とは一体何なのか。改めて考えさせられます。

 いや、そもそも仕事とはいったい何なのでしょう。

 ヨーロッパではかつて、産業革命の際に失業をおそれた労働者が産業機械を壊して回る「ラッダイト運動」が起きました。

 しかし結果的に産業機械の発明はむしろ労働者を増やすことになります。

 失業者というのが昨日今日生まれたと錯覚しがちですが、そもそも昔は企業に勤めることのほうが珍しい時代もあったわけで、江戸時代にはその日暮らしの人というのは山ほどいましたし、筆者が子供の頃にも、近所には仕事もせずブラブラしてる暇人がゴマンと居ました。昔はそういうのを単に「ごく潰し」と呼んでいたのですが、最近はそれをNEETと呼ぶことにしたそうです。

 よく昔のマンガにでてくる浪人生は今で言えばNEETです。自宅で学生服を着て一人で勉強しているというイメージです。

 まあでも、大学に行こうとしているだけただのNEETよりはマシで、今のNEETと呼ばれる人たちは一日中、家の中でゲームで遊んだり動画を見たりして過ごしているのでしょうからなんとも優雅です。

 こういう人たちをどうにかしようと考えるのは、時間の無駄ではないかと筆者は思います。働きたくないんだから、別にわざわざ働いてもらう必要もないのです。

 そしてその裏側には「働かなくてもなんとなく生きて行けてしまう」という現実があります。それならば無理に働かせるよりも、なんとなく生きてもらっていて、年金と税金だけでも払ってもらえばいいではないか、と思うのです。

 NEETが問題になる話の裏側に、日本にはタンス預金が43兆円もあるという話もあります。そのタンス預金を誰がどこに持っているのか知りませんが、NEETはタンス預金を引き出す理由にはなりそうです。

 資本主義社会にはコンテンツなり食料なりを消費する人というのが必ず必要なので、まさにプロ消費者、消費しかしない人というのがいてもお金がある限り成立します。今の日本でテロがほとんど起きないのは、要は裕福だからでしょう。ホームレスですらそれなりのカネを稼ぐ手段を持っています。

 インターネット・バブルが来てからイギリスでのテロが減ったという話があります。人件費は安い割に英語が使えるアイルランド経済が活性化し、アイルランド解放戦線が人集めに苦労したのが原因と言われています。

 経済が活性化して豊かであれば、そもそもテロみたいな割に合わない行為に走らない、というわけです。

 カタルーニャ地方の場合、テロが起きる可能性は十分あります。経済が豊かではなく、失業者で街が溢れかえっているからです。

 筆者が不思議なのは、失業者という状態を受け入れてしまう人たちの心境です。当たり前ですが、失業しているということは、何もしていないということです。でも人間、生きていればなにかはするわけで、その何かでお金を稼ごうとどうして思えないんだろうと思います。

 言ってみれば、起業家はみんな失業者の状態からスタートするわけですから、ちょっと頭を使えば簡単に失業状態から抜け出せるはずなのに、それすらできない人が大勢いるというのです。しかもスペインの若者の半数が失業状態なのです。不思議ではないですか。

 もっと遥かに貧しい国であるはずのカンボジアでさえ、失業者というのはあまり問題になりません。ポル・ポト派によって完膚なきまでに文化や教育が崩壊してしまったカンボジアにはほとんど失業者がいないのです。仮に仕事にありつけても、月給2万円程度です。

 住居や食べ物が不足しているわけでもなく、もしも仮に同世代の半数が働いてないとしたら、却って働くのが馬鹿馬鹿しいと考えるようになるのではないかとさえ思います。少なくとも自分だったら、大半の人が働かない暮らしをしていたら自分も働きたくないと思いそうです。

 似たことがアメリカにも言えます。最近のアメリカではホームグロウン・テロリズムというのが問題になっています。これは、アメリカで生まれ育った人が海外の過激思想にハマってテロリストになってしまうという現象です。

 日本でホームグロウン・テロリズムが起きないのは、英文で書かれた文章を呼んで共鳴するほど教養のある人は、とっくに豊かで裕福な暮らしをしているからでしょう。食うに困らず、やりたいことをやっていればわざわざテロなんて起こさないはずです。

 とはいえ「豊かさ」の尺度は難しいと思います。カンボジアは明らかに豊かではなさそうですが、失業率はほぼゼロです。もちろん残念ながら日本では非合法とされる仕事に就いてる人も数えなければなりませんが。

 スペインは若者の失業率が50%を超えています。全体でも25%くらいの人が失業しています。しかしスペインの生活のほうが豊かに見えます。

 以前、バルセロナからグラナダに向かう途中でレンタカーが故障してしまったとき、保険会社の要請で深夜に迎えてきてくれたドライバーは二ヶ月ぶりの仕事だ、と言ってました。彼はそのままグラナダまで6時間かけて送り届けてくれて、そのあと彼はまた6時間以上かけて自宅に戻りました。

 「大変申し訳無い」という話をしたら、「いやいや、あんたのおかげで仕事にありつけて今日はラッキーさ」と言ってくれました。仕事がなくて普段はなにをしてるのかと聞いたら、家の農場の手伝いをしているとか。食べ物には困ってないそうです。

 もしもヨーロッパで自動運転車が普及したら、彼の仕事はなくなってしまうでしょう。これを不幸と捉えるか進歩と捉えるかは微妙なところです。

 車の運転などは、上手い下手はあっても、「そこそこ上手ければ誰でもいい」という仕事ですから、機械にやらせるに越したことはありません。

 この仕事を失った直後は、彼は絶望し、悲嘆にくれるかもしれません。しかし、彼にとって、二ヶ月に一度の緊急ドライバーという仕事よりもマシな暇の潰し方を見つけたら、それはそれで楽しく生きてくれそうな気もします。

 結局、AIによって仕事が奪われるというのは全く真実に近い話なのですが、AIがあってもなくても仕事は無くなりうるということです。

 ただ、ただでさえ少ない仕事をさらにAIが奪っていくという考え方は、失業率の高い国では受け入れられ難いでしょう。

 AIに関して、もしかしたら日本にチャンスがあるかも、と思うのは、AIによって仕事がなくなることに対して意外とポジティブな人が多いからです。

 そして高齢化社会を目前に控えた現在、失業とは正反対に介護や看護、保育などの人手不足が深刻化しています。また、単純接客に関しては既にコンビニやファーストフードの店員が外国人ということは珍しくありません。つまり国内の雇用創出をほとんど意識していなくても、日本の失業率は3%程度なのです。ちなみにアメリカの失業率も2010年の10%から、今年は4%程度まで下がっています。ただし、トランプ政権の支持層の中心が失業者や低所得層であることを考えると、AIによる自動化を警戒する感情は日本の比ではないでしょう。

 イーロン・マスクやホーキングがAI警戒論を打ち出しているのもなんだか滑稽な気がします。イーロン・マスクのテスラは自動運転にいち早く対応していますし、そもそも低価格宇宙ロケットにせよ、高速交通網にせよ既存の価値観を破壊する破壊的イノベーションによって成長が見込まれている分野です。

 ホーキングに至っては、もはや今のAIとは何かというのを理解しないまま妄言を繰り返しているように見えます。人類の生存を脅かせるほど賢いAIはまだ生まれていません。あと何百年かかかるかもしれません。永久にできない可能性もあります。今ある前提をすっ飛ばして「AIヤバイ」と主張するのはもはやファンタジーです。AIに比べたら彼の専門の物理学の方がよっぽどヤバイでしょう。人類の持つ最悪の兵器である核爆弾は物理学の成果なのですから。しかし、物理学の進歩によって我々は半導体を手にしました。量子コンピュータも実用化されつつあります。技術にはいい面と悪い面の両方があるわけですが、今の段階でAIを怖がるのはアメリカ国外に住む我々としてはむしろ思う壺なのでどんどん主張していって欲しいと思います。

 こういう人たちが「科学者の鏡」と崇められている国に対して、我が国はAIに対して非常にポジティブです。彼らが不毛な足の引っ張りあいをしている間に建設的な議論をすすめることが出来ます。

 もしかすると、キリスト教的世界観や、旧約聖書的世界観では「人間らしきもの」を作ることに対する本能的な罪悪感があるのかもしれません。つまり、神への冒涜を恐れているのではないかということです。文化の背景というのは人間の生育環境の全てですから、たとえ本人が「自分は無神論者だ」と言ったところで無意味です。心理学者が心理テクニックに引っかかってしまうのと同じです。

 それに対してアジアの仏教では、森羅万象が大日如来の化身なので、仮にAIが出来たとしても、それもまた大日如来の化身として受け入れることは自然にできます。人間を特別扱いしてないのです。

 それにしても働くというのは不思議な事です。むかしのひとたちは「生活するため」に働いていたわけですが、「働かざるもの食うべからず」という言葉が昔からあるということは、おそらく働かずして食っていた人も相当数いたのではないかと思います。だってそういう人がいなければこんな言葉は出来ないわけですからね。

 ところで自宅のマシンで暗号通貨を発掘して、それで生計を立てる場合、果たしてそれは失業状態と言えるのでしょうか。都内では難しくても、ベトナムなら2万円も稼げば自活できます。イーサリアムの採掘なら毎月それくらいは稼げそうな気がします。高いと言われる日本の電気代でも、です。採掘用マシンの代金の回収を考えるとまあそんなに良くもないかもしれませんしオススメもしませんが。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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