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我々は「知能」をどこまで理解しているのだろうか

2017.09.19

Updated by Ryo Shimizu on 9月 19, 2017, 20:31 pm JST

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今日は北九州市で開催されている、「日本神経回路学会」の招待講演に呼ばれました。

そこで出た話題の中で、非常に興味を引いたのが、「われわれは人工知能に限らず、知能そのものをもっと理解する必要がある」というテーマでした。

神経回路学会は、いわばニューラルネットワークを専門とした学会で、全脳アーキテクチャなど、脳をまるごと再現する仕組みをどのように構築するか議論する学会でした。

電気通信大学の人工知能先端研究センターの栗原先生は、「人工知能をボトムアップで作るか、トップダウンで作るか、おそらく完成像がわからないからボトムアップで近づいていくしかないだろうが、ゆるやかな完成像を与えるトップダウンを組み合わせた手法を開発しないと難しいだろう」と語りました。

今のところ、イーロン・マスクやホーキングが警鐘をならすような「一般人工知能(AGI)」はまだどうすれば開発できるかそのヒントすら見えていない状況です。

筆者の考えでは、そもそも「知能」というものに関して、もはやこれまで我々が「これが知能である」と信じてきた前提が、次々と覆されているからです。

たとえば「モノを沢山知っていることが、高い知能を意味する」というテーゼがあるとき、図書館という施設が最も高い知能を持っていることになりますが、それも違います。では、「モノを知るための手段を知っており、瞬時にその知識を引用できることが高い知能である」と修正したとすると、今はWikipediaや検索エンジンはいとも簡単に人間の知能を超えてしまいます。

しかし確実に、科学や情報技術が発達するより以前の世界では、「モノを沢山知っている人」が高い知能を持つと信じられていました。村の長老や生き字引と言われる人たちです。

次に、より近代的な「数学と科学の知識を操り、適切に適用できる知性」と置き換えたとしても、今や数学や科学の法則を適格に運用できるのは人間よりもむしろコンピュータであることは明白です。誰も計算速度でコンピュータに勝とうとはしません。

東ロボくんの活躍や、AlphaGoの勝利を見るにつけ、もはや知識量や正確さを問うペーパーテストや、認知能力の出来を問うIQテストでは、人間はコンピュータ、そしてその発展系であるAIに勝てる見込みはありません。

私の講演では、この「知能が高い」という定義に関して、ある人物を例に挙げました。世界的に著名な人工知能の研究者で、AlphaGoやDQNというエポックメイキングを起こしたGoogle傘下のDeepMind社のデミス・ハサビス氏です。

デミス・ハサビス氏は目覚ましい成果を挙げましたが、AlhpaGoのクローンを探すと、140以上のクローンが作られています。ハサビスはディープラーニング業界のコロンブスかもしれませんが、一度突破口が開かれるとみんながマネをします。つまりハサビスの知性は模倣可能な知性であるということです。

人工知能研究者の加藤英樹と、フリーのプログラマ尾島陽児が開発したZENに、ドワンゴ、東大松尾研などが参画し開発した「DeepZenGo」は、一年でAlphaGoと同等の棋力まで追いつくと宣言し、実際に2017年8月に囲碁AIの世界大会で優勝しています。

デミス・ハサビス氏は確かに高い知能を持っていると言えそうですが、一方でハサビス氏の知性、またはハサビス氏の開発した人工知能は、いとも簡単にキャッチアップされ、模倣されています。模倣可能なものは相対的に価値が低いと考えてもいいと思います。希少性がなくなるからです。

最近はスクリーンショットからプログラムを生成するpix2codeや、ゲームのプレイ動画からゲームエンジンを再現する研究まで、信じられないようなことが置きています。

AIで再現可能なものは、これからどんどん価値が希薄化していくでしょう。

一方で、たとえば素晴らしいマンガやアニメ作品は、監督した本人以外には決して作り出すことが出来ません。

日本にはそうしたクリエイターが沢山居ます。これは日本のはっきりした強みと言って良いと思うのです。なぜなら目下のところ、クリエイティビティを模倣することはほとんど不可能だからです。もし、人工知能がディープラーニングの次に飛躍的な成果を出すとしたら、クリエイティビティを獲得することでしょう。単なる模倣や変形ではなく、真の創造性を発揮する人工知能が生まれるためには、人工知能にはあと何が足りないのでしょうか。

それを知るために、というよりも、知能についてもっと詳しく知るために、全く新しい学問が必要だと、山川宏氏(全脳アーキテクチャイニシアチブ代表 ドワンゴ人工知能研究所所長)は説きます。

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物理の世界には、まず物理学(Physics)があり、その周辺に理論物理学、実験物理学、数理物理学、計算物理学などがあり、さらに細かく、素粒子物理学、原子核物理学、天体物理学、原子物理学などなどと派生していきます。

ところが、こと知能ということに関しては、こうした諸学問のコアとなるべき「知能について深く研究する学問」がありません。

人工知能は、研究の方向性として、究極の人工知能、すなわち「一般人工知能」を作り出す前に、まず、「知能とはなにか」という謎をひもとく段階が必要かもしれないのです。

これを山川氏は「インテリックス(Intelics;知理学)」と呼びます。

実際、われわれは今、知能というものがなんなのか、いまひとつわかっていないのではないかという疑惑があります。人工知能の研究者ですら、知能の正確な定義が困難と感じているわけですから、一般の人がそれを理解することはさらに困難です。

そもそもそれは知ることが出来るのか、というか、もともと知能の秘密を解き明かすために人工知能の研究がなされていたのではないのか、という疑問もなくはないのですが、ディープラーニングによる飛躍的な進歩を経て、人工知能の研究者たちは、単なる既存手法の「改良・改善」を繰り返しているだけでは不十分であり、さらに進んだ、「知能の理解」という領域に踏み込むべきではないか、という提言なのです。

この「知能を理解する」というアプローチには、当然、理系的発想だけでは不十分で、それこそ漫画家や映画監督のような、「表現することを生業とする人たち」や、アイドルやアイドルの追っかけのような「表現者と受容者」のような関係性さえも、ひょっとすると知能を理解するのに必要不可欠な視点かもしれないのです。

その意味では、日本は外見上、「ほとんど単一民族の国家」であり、「宗教的な対立が表面化していない」という点で諸外国に比べて有利かもしれません。たとえば欧米の人間の行動は、信仰している宗教や信心深さ、人種、社会階層によって大きくパターンが異なり、一概に求めることができません。

日本の場合、特定の事物が流行するときは一気に流行します。猫も杓子も知らない人はいない流行か、マニアしか知らない流行に綺麗に二極化しています。

こういう環境は、個々の人間の特定の宗教観や社会階層に影響を受けにくいため、むしろ知能に関する調査研究をやりやすくするのではないかと思います。

AIが発展すると、ほとんどの人間の知的能力がAIによって支援・補完されるため、最終的には「知能が高いことには価値がない」ということにはなるでしょうが、そもそも「高い知能とはなんぞや」という問いに対する答えを探し始めることには意味があるのではないかと思います。

多彩なパネリストのおかげで、有意義な出張になりました。
関係者一同に感謝いたします。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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