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ゲームとニューラルネットワーク、または海運ジェネレーションのこと

2017.09.19

Updated by Ryo Shimizu on 9月 19, 2017, 09:36 am JST

 人工知能をいじっていて、とつぜん思い出したことがあります。

 今から考えると、まるでおとぎ話のようですが、ほんの少し前まで、携帯電話でゲームをするというのは、とてもとても、特殊なことでした。

 まず端末の性能が低く、白黒画面に白黒の文字しか出せないという環境で、苦肉の策で生まれたのが、いまや世界に誇る日本の文化であるEmoji(絵文字)です。

 筆者はちょうどそんな時代に、なぜか家庭用ゲーム機の仕事をやめ、携帯電話向けゲームを創る仕事を始めることにしました。

 理由はいろいろあるのですが、簡単にまとめると

・家庭用ゲームは、グラフィックやサウンドなどにお金がかかりすぎる
・にもかかわらず、ゲーム性そのものはファミコンゲームに劣ることがしばしばある
・コストがそのままゲームの面白さにつながらないのであれば、時間の無駄ではないか
・家庭用ゲームは開発に関わる人々が多すぎ、細部までコントロールできない
・家庭用ゲーム開発はフェアな闘いではない
・時にはIPだけで何万本も売れたりする

 ということでした。筆者は大手のIP作品にも関わっていたのですが、大きなチームの一員であることに飽きてしまったのです。

 その点、携帯電話ゲームは、制約が大きいぶん、小さく開発することが出来るというメリットがあります。

 大資本がその優位性をほとんど活かすことが出来ない、というところも気に入った点です。それに当時は携帯電話にネット機能が搭載されたばかりで、その向こう側にはとてつもなく広い可能性の平野が広がっているように感じられたのです。

 いくつかのゲームを作り、いくつかはヒットになりましたが、個人的に一番思い入れが強いのは、それほどヒットとも呼べないような地味な作品、「海運ジェネレーション」でした。我ながら、なんでこんな硬派な名前にしたのか、もっとキャッチーな名前があったのではないか、と今振り返ると反省することが多すぎるのですが、なぜこの作品に思い入れがあるのかというと、他の作品と違い、この作品は有機的なシステムとして構築したからです。

 筆者にとって、ゲーム開発とは、宇宙の創造です。そう感じるのは筆者が自らプログラムを書くタイプのクリエイターだったからでしょう。

 全く存在しないものをゼロから作り上げ、時には宇宙そのものを作り出すのがゲームプログラムの魅力です。そこに法(ルール)を持ち込み、よの理(ことわり)を定義する。このことがゲームプログラミングの持つ最大の魅力と言えます。

 今風に言えば、筆者はゲームそのものではなく、ゲームエンジンを作っていたのです。今、ゲームエンジンというとUnreal EngineやUnityなど、かなり汎用的なものを意味しますが、筆者の頃はそれぞれのゲームがそれぞれ独自のゲームエンジンを持っていました。というか、プログラマーの腕の見せどころは、どんなエンジンを構築できるか、というところに掛かっていたのです。

 携帯電話ゲームといえど例外ではなく、当時はまだかなり珍しかったデータベースを使ったゲームプログラミングにいち早く飛び込んだのです。

 筆者にとってゲーム開発とは宇宙の創造そのものであって、実際にはゲームそのものを面白くするという興味はほとんどありませんでした。というよりも、ゲームをそれほど普段から遊ばない筆者には「おもしろい」というのがどういうことなのか、イマイチよくわからなかったのです。

 ただ、いくつかのゲームの開発を通じて、「どうやらちょっとしたルールを設定すると、プレイヤーは勝手に想像力を膨らませて面白がってくれる」ということがおぼろげにわかってきました。

 その「ちょっとしたルール」は借り物でもかまわないのです。誰かが「面白い」と言ってるルールがあれば、取り込んでしまえばいいのです。トランプゲームをヒントにしても、スーパーマリオをヒントにしても、自分のゲームとして作ってしまえば、それはそれで別の作品になるわけです。

 そのとき筆者が興味を持ったのは貿易でした。
 あるとき、タクシーの運転手さんが、「昔はトラックの運転手をやっていて、結構稼いでたんだ」という話をしてきて、トラックの運転手が実は個人貿易商の機能も持っていたことを知って驚きました。

 要するに、ある場所で桃が安い。これから行く目的地では桃が高い。ならば、トラックの空きスペースに桃を積んで向こうで売れば、儲かる、という算段です。トラックの運転手さんたちはCB無線で独自のネットワークを持っていますから、遠隔地の物価の情報もすぐ手に入ります。

 これは面白いな、と思いました。
 そのままトラック野郎一番星などの名作映画を見て、トラックのまま商品化しようとすると鼻で笑われたので、やはりトラックの話はウケない、と考え直しました。

 そこで、舞台をファンタジー的な中世ヨーロッパ的世界にして、クルマではなく船で貿易をするゲームを構想します。ちょうど似たゲームがその昔パソコン通信にあったらしく、当時の論文を取り寄せて読んでみたりしましたが、ぜんぜんイメージが掴めません。

 仕方ないので「安く買って高く売る」という貿易の原理だけ拝借して、独自のゲーム世界を作ることにしたのですが、これを考えるのがとても楽しかった。そのとき筆者の頭のなかにあったのは、モバイル空間上の一大テーマパークでした。

 架空の世界で貿易をする。その世界をつくるためにはまず、世界地図を描きます。我ながら、よくそんなものを書く情熱があったなと思いますが、世界地図がないと世界をイメージできなかったので仕方ありません。

 世界地図を書いた後、「これは西ヨーロッパ風の大陸、こっちは東洋風の大陸、ここは東ヨーロッパ風・・・」と大陸や地域の風土のディティールを詰めていきます。

 なんせ、絵を描く必要が全く無いので、言ったもの勝ちです。
 これが家庭用ゲームなら、「ああ、そんな街をどんな絵で表現するんだ」とか、「何枚背景を書けばいいんだ」という、予算の話になるんですが、文字だけのゲームなら、ぜんぶタダみたいなものです。

 一言、「東洋風の街並」と書いておけばいいのです。あとはプレイヤーが勝手に東洋風の町並みを想像で埋めてくれます。

 それぞれの港を移動するには、現実の時間がかかります。最短15〜30分、最長で3日という、信じられない時間を要した移動になります。これはかつてパソコン通信で流行したという、「ギャラクティックフリートレーダーズ(GFT)」からそのまま引用した部分です。

 街にはそれぞれ特徴を持ったお店や、アトラクションがあります。アトラクションによっては、あり得ない速度で街と街の間を移動するワームホールのようなものがあったり、闘技場があったり、カジノがあったり、いろいろなミニゲームをあとから増やしていけるようなシステムにしていました。

 それぞれの街には市場があり、さまざまな特産品を売っています。情報が少なすぎると何を買えば良いのかわからないので、市場価格の横には「高い」「安い」などの指標が書いてあります。とりあえず「安い」商品を買って他の街に移動すると、「高い」値段で買ってもらえることが多いので、それを繰り返すとお金が稼げる仕組みです。

 よほどのヘマをして、お金がなくなってしまうと、老紳士が現れ(これも文字だけだからどうとでもなります)、なぜかお金を恵んでくれるという救済措置もあります。

 航海の途中(余談ですがトラックの運転も航海と呼ぶそうです)、海賊に襲われることもあります。現れる海賊はプレイヤーのレベルによって異なり、プレイヤーは自衛措置をとらなければなりません。海賊に襲われるとメールで通知され(当時はプッシュ通知はメールしか手段がありませんでした)、時には近隣の他のプレイヤーが助けてくれることもあります。

 ゲームを開始してしばらくすると、奇妙なことに気づきました。
 ものすごい勢いで全世界の市場の価格が平均化していくのです。

 「バグかな?」

 と思ったら、実はバグではありませんでした。
 熱心なプレイヤー達が外部の掲示板で連絡をとり、お買い得な買い物と貿易品をものすごい勢いで情報交換していたのです。

 これはまずい、と思い、定期的にイベントを起こしたりして(イベントの内容は新聞というWebページで毎週伝えられました)、市場変動を人為的に起こし、バランスを変化させてはプレイヤーたちがあっという間に世界をフラット化する、ということが繰り返されました。

 当時の他のゲームと違ったのは、一人のプレイヤーの行動が世界全体に影響を与えてしまうということです。これが有機システムであるという意味です。

 単にプレイヤーを遊ばせるだけなら、市場価格は変動しないようにして、全体の価格を作り込めば簡単にゲームとして成立したでしょう。でも当時の筆者は若かったのでそういう誤魔化しをしたくなくて、市場が市場として機能するような仕組みを入れたかったのです。

 結局、この作品は沢山の人々の手で磨き上げられ、決して多くはないけれどもとても熱心なプレイヤー達の愛情によって支えられ、筆者がドワンゴを退職して何年かしたあと、サービス終了のお知らせが出ると、筆者のところに助命嘆願の訴えが起こされるほど愛されたゲームになりました。後にも先にもそこまで愛していただけたのはあの作品だけです。

 さて、今の話と人工知能がどうつながるかというと、人工知能は有機システムに近いということです。

 作者である筆者の意図に反して、あっという間に市場価格が平均化されてしまった現象は、ニューラルネットワークが最適化された状態と似ています。

 プレイヤーが市場に対してできることは、売ることと買うことだけです。
 ただそれだけの作用しかできないのに、作者よりも圧倒的に人数の多いプレイヤー達は団結し、市場ネットワークを最適化(平均化)してしまいました。最終的には生産地と消費をする都市をわけることで需給のバランス調整を行ったのですが、なかなか手ごわい相手でした。そして結局、筆者は生身の「海ジェネ」プレイヤーと一度も会ったことがないので、相手が見えない、というのも似ています。

 今ニューラルネットワークと接していると、あのときと同じような錯覚を覚えます。ネット越しとはいえ、生身の人間と接していたときのゲームバランスをとる感覚を、単なる機械的操作の産物にすぎないニューラルネットワークの調整と同じにしたら、失礼かもしれませんが、目に見えない相手の声無き声を聞き、バランスをとっていくという作業そのものは、やはり筆者にとって、近しい体験として感じられるのです。

 ニューラルネットワークの未来を占う上で重要なポイントがもう一つあると思っていて、それは、強化学習においては、ゲームデザイナーの力が必要になるということです。

 深層学習で最終的に一番有望なのは強化学習だと思います。これはほとんど間違いありません。他の手法も今現在はかなり便利に使えますが、深層強化学習が究極化したら、そのときこそほんとうのゲーム・チェンジが起きます。

 それを踏まえて考えると、では「良い深層強化学習」はどのようにしたら生まれるか、ということを考えなければなりません。

 すると、そもそも強化学習はゲームに対してのみ有効であるという当たり前の前提を思い出します。

 先日、福岡のイベントでPFNの方の話を伺ったのですが、実はまだ、産業用ロボットでは強化学習はあまり活用されていないそうです。なぜなら、サーボの性能が高すぎて、わざわざロボットの動きに強化学習を取り入れる意味がないからだそうです。

 Amazon Picking Challengeに使うロボットには深層学習は入っていますが、それは認識系の部分だけで、ロボットの運動は古典的な方法で処理しているのだそうです。

 しかし、強化学習を本格的に取り入れれば、ロボットの運動というよりも、作業の質そのものを上げることが出来るはずです。

 これを実現するには、現実の問題をうまく人工空間上の問題にマッピングしなければなりません。

 しかも、本質的な要素は全て再現し、現実の問題に適用できるようにする必要があります。
 これは要するに、ゲームを作るということです。面白いゲームというよりも、「システムとしてのゲーム」です。

 だから、深層強化学習においては、深層学習の技術だけでなく、ゲーム開発のセンスが要求されることになります。

 そういえば、AlphaGoを作ったデミス・ハサビスも、ゲーム開発者出身ですね。

 ゲームとニューラルネットワーク、全く無関係のように見えますが、実は意外と近いのかもしれません。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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