昨年(2016年)に行われた、山口情報芸術センター(以下、YCAM)の企画による同施設にての「RADLOCAL 2」という3泊4日の集中ワークショップについて報告したい。テーマは「データマイニング×ローカルメディア」。日常の様々なデータ(身体のデータ、環境のデータ)をセンシングして、そこから見えてきた知見をローカルメディアに落とし込むという企画だ。
YCAMはこれまで、子供向けの遊び場「コロガルパビリオン」を始めとして、テクノロジーを用いたアート作品やプログラムを多数展開し国際的に注目を浴びてきたが、近年のYCAMは、瀬戸内国際芸術祭で発表された「Creator in Residence 「ei」」での取り組みのように、インターネットやデバイスのテクノロジーのみならずバイオテクノロジーに着目したり、YCAMが根ざす山口市周辺地域へのアウトリーチ活動など、施設内の技術者のリソースをこれまでとは違うフィールドへ活かそうと様々なプログラムを模索・展開している。
▼RADLOCAL 2の風景(提供:山口情報芸術センター)
そんななか、僕が講師として参加した「RADLOCAL 2」はまさに地域へのアウトリーチを目指したプログラム。正直、テクノロジーとは無縁だった僕にとって、どことなく場違いな感覚があった。だが、ビッグデータやセンシングツールを用いることで、紙やウェブにとらわれない新しいローカルメディアのアイデアが生まれることを期待してもいた。
ワークショップはまず、YCAMのスタッフによるプレゼンと、ソフトウェアエンジニアの山田興生氏によるプログラミングの授業から始まった。その後、デザイン・リサーチャーの水野大二郎氏がワークショップのメソッドを語り、僕がひと通りローカルメディアの様々なバリエーションを紹介した。そして、残りの時間で受講生がひたすらローカルメディアのプランを練り上げ、それぞれ発表した。
ワークショップでは3チームずつ計6チームで、YCAM近辺の山口市中心商店街と湯田温泉に分かれて、それぞれの地域で「どんなデータが取れるか」を探るフィールドワークを行なった。雑踏の音、お店の会話、気温などの環境データから、人の体温などの身体データまで様々なデータを検証し、そこから得られる情報を持ってどんなメディアを作るかを、昼夜問わず行われたディスカッションを通して、最終的に1チーム15分のプレゼン資料にまとめ上げた。
ここで焦点となったのは、「ローカルメディア」という概念の捉え方だった。メディアというだけで、人はどうしても紙メディア(フリーペーパー、雑誌)やウェブメディアを想像しがちだ。しかし、ローカルメディアが最大の効果を発揮するのは、作り手から受け手に向けて、情報が一方的に届けられる時ではなく、受け手と発信者が相互にコミュニケーションを始める瞬間だ。そう考えれば、紙やウェブでの発表という先入観を超えて、いかに“つながるためのメディア”を作るかという視点が生まれる。
例えば、湯田温泉チームが発表した「かべぽ」というプランでは、地元の人へのヒアリングの段階で、湯田温泉に引かれている温泉の泉源が余っているという話を聞いた(地域課題の発見)。その泉源を再利用する方法はないか。目を付けたのは温泉街の様々なところにある足湯(地域資源の発見)。ここまで聞くと着眼点はありきたりだが、彼らのプランがユニークだったのは、泉源から引かれるお湯を管に通して、まちじゅうに設置された(と仮定した)壁を温めるということ。
▼湯田温泉街にある壁の一例。壁に寄りかかって待ち合わせをしたり。(撮影:髙橋茉莉)
その壁は暖かいので、近所の猫が集まってきたり、あるいは寒さをしのげるので待ち合わせに最適だ。靴と靴下を脱がないといけない足湯の煩わしさを排除できるのと同時に、まちの風景を変え、新しい観光資源を生み出すことができる。そこで取れる会話や熱量をセンシングすれば、地域内の人の移動経路を可視化することも可能だ。
他にも湯田温泉チームからは、足湯をモバイル化して持ち歩く「たためる足湯」、人感センサーを用い、スナックが多い裏通りに観光客が来るとライトが光る「夜のオレンジ計画」、山口市中心商店街チームからは、夜のシャッター商店街をテクノロジーを使ったスポーツイベントのために開く「夜の運動会」、いたるところに置いてある休憩用ベンチに2人以上の人が座るとサプライズイベントが起こる「で会いましょうベンチ」などのプランが発表された。
▼グループワークの様子(撮影:萱野孝幸 提供:山口情報芸術センター)
これらのプランが一体なぜ「ローカルメディア」なのか? という向きもあるだろう。しかし、ローカルメディアとは、これまで語ってきたように、まるで井戸端会議のように、人と人との交流や会話を生み出す“場”そのものだ、という考え方がある。そしてメディアとは、普段異なるクラスタに属する人々を集わせる“面”として機能すべきものだ。「かべぽ」はまさに“壁”という“面”であると同時に、タイトル自体が親しみやすく、プランの本質を言い当てていて分かりやすい(ちなみに、「壁に寄りかかって集う」というアイデアはエルサレムにある「嘆きの壁」から着想したそうだ)。
年代やコミュニティにとらわれず、観光客や地元の人にも分け隔てなく利用されうる動機(寒さの回避という普遍的な欲求)を備えている。そういう意味でこれは紛れもなく地域の人と人をつなぐ「ローカルメディア」と呼んでいいと思う。
※この記事は「マガジン航」での連載「ローカル・メディアというフロンティアへ」から再編集のうえ転載したものです。
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登録はこちら1982年生まれ。編集者、プランニング・エディター。雑誌編集部、出版社勤務を経て独立。アート/カルチャー書のプロデュース・編集、ウェブサイトや広報誌の編集のほか、各地の芸術祭やアートプロジェクトに編集者/ディレクターとして関わる。著書に『大人が作る秘密基地』(DU BOOKS)、『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)。「NPO法人 芸術公社」メンバー。OFFICE YUKI KAGEYAMA:http://www.yukikageyama.com