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エストニアが電子化を急ぐ理由

Why Estonia proceed e-government?

2018.01.22

Updated by Mayumi Tanimoto on January 22, 2018, 07:03 am JST

安倍首相が バルト三国を 訪問したことで、テクノロジー関係者の間ではエストニアに対する関心が集まっていますが、欧州でも エストニアは、かなり大胆な電子政府政策を進めていることで有名です。

技術的には他の国も、エストニアに準ずる電子政府施策や個人認証の仕組みを導入することは不可能ではないのですが、 なかなかそのようには行っていません。

日本ではエストニアの技術の部分だけが注目されがちですが、 なぜエストニアはこんなに大胆な電子政府施策を進めているのか、という原因の部分にはあまり注目されていないように思います。

まず、日本の方々にはちょっと実感がないと思うのですが、 エストニアを始めバルト三国におけるロシアおよび旧ソ連に対する抵抗感というのは、かなり凄まじいものがあります。

私は、旧ソ連を何回も訪問していますし、ロシア人と同居していたことがあるのでロシア語が若干できるのですが、 この地域の人々に対してはロシア語は絶対に使いません。 この地域におけるソ連の記憶というのは、大変おぞましいものだからです。

エストニアは70年間ソ連の支配下にありました。また、ペレストロイカ後のロシアとバルト三国の関係というのは大変微妙なもので、 エストニアをはじめとするとバルト三国は、いつ国が侵略されて消えるかということを常に気にしてきました。

ここ最近のロシアのウクライナに対する態度は、この脅威を現実的なものにしています。 エストニアには30万人のロシア人が住んでいますが、ロシア側がいつ「ロシア人保護」の目的で国境を越えて侵略してくるかわかりませんし、NATOの相互安全保障が機能するのかどうかも不明です。特に、トランプ政権の方向性は予測ができません。エストニアは、2007年にはロシアから大規模なサイバー攻撃を受けています。物理的にも電子的にも、常に脅威にさらされているわけです。

ですから、どんなことがあってもエストニアという国を復活できるように、行政をデータとして保存し、電子の世界で生き残ることで安全保障を図るという生き残り 戦略なのです。

もちろん、利便性を高めるという理由もあるのですが、 それよりも数百倍深刻な理由があるということです。

エストニアのような脅威には晒されていない西側の欧州諸国では、電子政府はここまで発達していませんし、 システム周りは実際に手を動かすのが民間の業者ですから、 個人の情報が一カ所に取りまとめられ全て管理されるという流れは、全体主義を思い起こさせるので反発も多いのです。

例えば英国の場合は。労働党が勧めていた国家IDカードは、45億ポンドもの費用がかかりましたが、個人の自由を侵害するものとして大失敗しています(ID cards scheme to be scrapped within 100 days)。

つまり、エストニアには全体主義の記憶があるのにも関わらず、 リーダーシップを発揮して電子化を進めることができる背景には、やはり安全保障的な理由により国民全体の合意が取りやすいということがあるわけです。

 

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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