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スマートグリッドシステムで、日本は巻き返しを図れるか?

2019.03.13

Updated by 特集:モビリティと人の未来 on March 13, 2019, 14:29 pm JST

電力システムの高度化は、最近、スマートグリッドという呼び方で、特に欧米で進んでいる。
多様なセンサーからの情報を統合して活用する技術(IoT)が電力系統にも導入され、電力システムでデジタル化が進んでいるのだ。日本でもスマートメーターの導入が数年前から開始された。

実はこのような電力系統の高度化技術は、2000年前後の時点では日本は欧米よりも進んでいた。例えば配電自動化技術を世界に先駆けて導入することで、停電時間が短く信頼度の高い電力系統を誇っていた。さらにその後も、高度なマイクログリッド等※の開発に日本企業は着手し、産官学で連携して実証を行い、スマートコミュニティ関連の実証へ展開された。

※小規模な電源で地域内の電力需給を最適化するシステム。消費者生活圏の近くに設営できる

このような新しい技術の開発ができたのは、日本の電気事業において、地域独占の垂直統合型の電力会社が、日本のメーカーと共同研究できる協力体制を築けたことによる。電力会社はメーカーと共同研究し実証すれば、すでに検証した技術を実装できるので安心でき、メーカーは共同研究をすることで、先行して開発してその後の市場を確実に確保できるといった双方にメリットのある方策であった。それができた理由は、設備投資の費用を電気料金に転嫁が可能な総括原価方式を採用していたからだ。開発段階からの厚い信用により、新しい技術の導入が可能だったのである。

ただし、こうしたスマートグリッド分野において日本企業の技術は世界市場において必ずしも大きなシェアを得ているわけではなく、欧米企業の後塵を拝している。

多様なシステムを統合するような複雑なシステム構築において、日本の企業は、ユーザーとなる国内の電力会社の個別の仕様にあわせて開発するのが一般的で、あくまでも自国市場を念頭においており、標準化といった考え方を採用しなかったことに一因があるのではないかと考えられる。

これに対して欧米は、数百を超える電力会社が存在する国もあり、日本ほどは電力会社とメーカーが一体となって開発することなく、メーカー主導での開発が進められていた。さらに米国では電力自由化により、最小限の投資で最大限の利益を上げようとする電力会社を取り巻く環境の違いもあり、なかなか最先端の技術導入は進まなかった。しかし欧米企業は技術の標準化で追い上げる。メーカーは、標準化と技術開発を並行して進め、積極的に自社の技術を国際標準化した。さらにメーカーにとって新たな顧客となる新興国の電力会社に対しては、国際標準に準拠した製品の調達を促し、先行して開発し、国際標準化したシステムを販売していったのである。

このような標準化のアプローチで重要なのは機器単体よりも、システム間のインタフェースのあり方である。製品単体の性能や機能の優位性を示すのではなく、様々な製品を組み合わせたシステムがいかに機能するのかを、わかりやすい形で示す手法(システムアプローチ)を効果的に用いる。このような標準化を目指すシステムアプローチは、重電機業界では欧米でも当初は一般的ではなく、他業界、例えばIT業界や通信業界からもたらされた考え方である。欧米では、電力業界よりも先行して自由化された通信業界や、金融業界で活躍したシステムインテグレーターが、2000年以降に電力システム分野に本格的に参入したため、システムアプローチのような新たな考え方がエネルギー業界に組み込まれた。ステークホルダー間のやりとりを定型的に示すユースケースを作成し、それに伴い個々のコンポーネント間のやりとりを定め、 そこを標準化していくことになったのである。

こうしたデジタル化の良い点は、それまでは徐々に導入されて技術が進展していくところを、いきなり最新技術の導入ができることである。たとえば、アフリカでは固定電話が設置される前に携帯電話が普及したように、新興国においては、それまでの旧型のシステムから、いきなり最新鋭のデジタル技術の導入を進めることが可能であった。このチャンスを欧米企業は活用した。欧米企業は、個別技術の優秀さを誇る日本に対して、システムアプローチによってシステムとしてどのような機能の実現が必要で、そのために必要なコンポーネントの組み合わせを説明することで、顧客の理解を得て市場を獲得していった。

異なるシステム間を連携するような複雑なシステムを構築する際には、システムとシステムの間をいかにつなげるかが課題となる。その点においても欧米企業は、自社の技術を用いれば、システムへの統合が容易であることを強調するために、そのつながりやすさ(相互運用性)に関する標準化も主導的に活動した。そのような標準化活動に参加している企業は、標準化の動きを踏まえて先行した機器開発が可能となり、他社よりも早期につながりやすい機器を市場投入でき、市場シェアの拡大に成功した。

では、このようなスマートグリッド分野での欧米のアプローチは、今後も磐石なのだろうか。

実は、この勝利の方程式はある前提に基づくものであり、電動車を活用するような新しい課題解決には、別のアプローチが必要になってくる可能性がある。

これまでのスマートグリッドビジネスの大前提は、既存のシステムのデジタル化である。必要とされている機能、あるいは何をしたいかは、かなり明らかであり、それをいかに実現するかを、IT業界や通信業界で培ったシステムアプローチの考え方で、関係者に対してわかりやすく具体化し、コンセンサスを得て、導入を進めていく。別の言い方をすれば、すべて電力会社の中での議論であり、例えば、これまでのアナログメーターをデジタル化したスマートメーターに代替する、あるいは、配電網の不具合を検知するのにそれまで使用していた機能を、デジタル技術で実現するといった具合である。

もちろん、こうした電力系統のデジタル化に伴うビジネスチャンスはまだまだあるので、欧米企業の優位性は依然として揺るがない部分もある。しかしながら、今、新たな課題として生じている再生可能エネルギーの大量導入に伴う課題解決は、従来のように電力会社だけで解決するのではなく、他の業界の関係者を巻き込んで、第三者からのサービス提供もうまく活用しながら進めていくことが必要になる。特に、これまでは電力を消費するだけであった需要家が、分散電源を設置することにより新たなサービス提供側になることの違いは大きい。電力システムの運用にはこうした資源をうまく活用していくことが望まれる。これは電動車を電力システムで活用する場合にもいえることである。

志村雄一郎(しむら・ゆういちろう)
株式会社三菱総合研究所環境・エネルギー事業本部スマートコミュニティグループ主席研究員
(『モビリティと人の未来』第14章「新時代のモビリティを電力事業から考える」P228-232より抜粋)


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著者:「モビリティと人の未来」編集部(編集)
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頁数:237頁
定価:本体価格2800円+税
ISBN-10:4582532268
ISBN-13:978-4582532265

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