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郡山龍氏

アプリックスIPホールディングス 代表取締役 郡山龍氏(後編)IoT化のコストはモノの価格ではなくサービスの付加価値で回収すべき

日本のIoTを変える99人【File.001】

2015.10.08

Updated by 特集:日本のIoTを変える99人 on October 8, 2015, 16:05 pm JST

IoTを実現するためには、そのコストを製品の価格に転嫁するのではなく、サービスで回収しないとダメだというお話をしました(「前編」参照)。IoTはInternet of Thingsですよね。Things=モノの価値と、それを利用して得られるサービスの価値について、具体的に少し考えてみましょう。

郡山龍氏

郡山 龍(こおりやま・りゅう)
アプリックスIPホールディングスの代表取締役 兼 取締役社長。郡山氏が1986年に立ち上げたアプリックスは、ソフトウエア開発などを中核にしたテクノロジー企業。Javaアプリケーション実行プラットフォーム「JBlend」が携帯電話や民生機器などに採用されて成長した。2012年にM2M向けICチップ「千里眼」を発表し、チップやモジュールの提供に事業を拡大。現在は、iPhoneやAndroid端末などと情報をやり取りできる「Beacon」関連事業に主軸を移し、IoTやO2O(オンラインツーオフライン)のソリューションを幅広く提供している。

 

携帯電話が普及したのは、端末が0円で手に入って、その上で利便性が得られたからです。スマートフォンになってもその構図は変わりません。購入するときの支払いは0円とか、1万円とかに抑えて、毎月のサービスにお金を払うわけです。スマートフォンそのものの「Thingsの価値」はユーザーにとって0円なのかもしれない。メールができたりWebができたり、SNSやゲームで楽しめたりするサービスに対して、ユーザーは価値を見出して毎月の料金を支払っていると考えられます。サービスへの価値にコストを負担しているのです。

カーシェアもそうです。自動車を100万円、200万円出して所有する価値は感じないけれども、例えば7000円で1日使う価値はあると考えるわけです。自動車も、モノとして認識されるのではなく、「自動車 as a Service」として移動のためのサービスの1つとして価値を見出されるようになってきています。

こうした考え方をIoTにも導入しなければならないと考えています。インターネットにモノがつながることで、便利になったり楽しくなったりするアイデアはたくさん出てきます。それはそれで素晴らしいことです。そのアイデアを実現するには、通信モジュールが必要だったり、研究開発費がかかったり、通信コストが発生したりします。そのコストを、モノの価格に転嫁するのではなく、サービスで回収することが求められるのです。

例えばですが、「Beaconが入っていて着席状況がわかる座布団があれば、それを採用した居酒屋はリアルタイムの空席状況を利用者に提供できる」――というアイデアがあったとします。しかし、座布団の値段が3000円だったら、100席の居酒屋に使おうとしただけでも30万円の投資になって、導入が難しいわけです。座布団は、座布団としての500円の価値で提供するけれど、Beaconが入っていることで何らかのメリットが得られて、そのメリットを生かしたサービスでコストが回収できる。こういった仕組みが必要になるんです。アプリックスのBeaconのモジュールは現在では約1000円で提供していて、業界でも最安だと思いますが、安く提供するだけでは座布団には採用されて普及することにはならないことがわかると思います。

サービスの価値をどこに提供するか

インダストリーの分野でIoT化が進んでいるのは、すでにIoTのソリューションがサービスになっているからだと言えます。工場の機器をネットワークで接続して、工程を管理して、ビッグデータを駆使して生産効率を高めたりしますよね。これが実現しているのは、つながっている機器が提供する情報に価値があるからです。情報の価値をサービスとして提供してコストを回収できる見込みがあるので、IoT化が進んでいるのです。

一方で、ガジェット系のIoTは、Things単体に価値を見出そうとしているように感じます。これは難しい。例えば傘立てを考えたときに、天気予報の通知機能がオプションだったとしたら、いくらまでの価格差で購入しますか? 4000円の傘立てで、1000円の上乗せだと、実際に売れるのはかなり厳しいのではないでしょうか。Beaconモジュールが単体で300円だとしても、電源を付けて取扱説明書を付けてとなると500円ではとても実装できないんです。

Beaconを作っていて感じることは、コストを下げるのは難しいということです。基盤自体はすでに数十円というところまで来ています。しかし、電池ケースや外装のプラスチックケースのほうが高い。金型を起こしてモノを作るにはかなりのコストがかかります。コストの大部分は電池と電池ケースと外装と、組立工賃だったりするのです。このコストをThingsの価値に上乗せするのは現実的でないと考えます。

皆さんは、インターネットサービスやスマートフォンアプリで経路を検索したり天気予報を調べたりするでしょう。でも、有料会員になっている人は少ないですよね。無料だから使うわけです。サービスを提供するコストを、別の形で回収できるからビジネスが成立しているのです。天気を教えてくれる傘立てがあったら便利ですが、そのためにお金を払う人はほとんどいないでしょう。そこで発想を転換します。傘立てから得られる情報で傘を持って出かけた人がどれだけいたかがわかれば、それをビッグデータとして提供してコストを回収することができるのではないでしょうか。

傘立ての情報を集めると、どこに雨が降っているか、降りそうかがわかるかもしれません。傘を持って出かけたら自動的に警備を始めるといったセキュリティーサービスに応用することもできるかもしれません。宅配便業者に傘の持ち出し情報を提供したら、外出中に配達して再配達するといったコストが削減できるようになることも考えられます。傘が戻ってきてから配達すれば、在宅の可能性はとても高いですよね。こうした情報を提供するサービスでコストを回収して、傘立てにデバイスを実装するわけです。普通の傘立てと同じ値段で天気予報を教えてくれるIoT傘立てを買えるならば、IoT傘立てを選ぶ人も多くなるに違いないでしょう。

究極はサービスの価値を見出しモノとして0円になる姿

郡山龍氏このように、インターネットを仲立ちにしてハードウエアとサービスを連携させたIoTでは、いろいろなことが起こります。アプリックスはその仲介をしたいと考えています。メーカーと、インターネットのサービスを結びつける部分ですね。おじさんのIoTと若者のIoTという両端ではなく、その間の立ち位置です。現状では、ペットのトイレや餌やり器を作っているメーカーは、ハードウエアは販売してもサービスを提供していません。逆にペットの健康管理サービスを提供している会社は、機器の提供をしていません。IoT化によって、トイレや餌やり器が収集したペットの情報が健康管理サービスに渡されて、サービスでコストを回収しながらペットの健康と長生きが実現できたらどうでしょう。情報はペットの保険と連動することも考えられます。エサやりやトイレの管理がきちんとされているペットの場合は、保険料が安くなるといったケースです。そうした仲立ちの仕組みをアプリックスは提供するのです。

IoTを活用できる機器が安ければ普及します。普及すれば利用が進み、便利さや楽しさが伝わります。そして、便利であったり楽しかったりすることが広く伝われば、サービスが充実していきます。そうした好循環を作り出せると思います。もちろん、IoTを活用できる機器を普及させるには安くしなければなりません。そのためにサービスと連携して、IoT化するためのコストをサービス側で負担できるようにする必要があるのです。

これを突き詰めれば、携帯電話やスマートフォンのようにモノは0円で提供することも可能になります。スマートフォンやタブレットではすでに、通信機能をサービスとして提供するモデルは0円で提供しているのに、Wi-Fiモデルのようなサービスを含まないモデルには何万円といった価格がついています。IoT化していない傘立ては4000円だけれど、IoT化された傘立ては0円で提供できる。そうなれば、あらゆるものがインターネットに接続するIoTの世界が実現できると考えています。

 

 

構成:岩元直久

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