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MITメディアラボはコンピュータの未来をこう作る

2019.05.11

Updated by Ryo Shimizu on May 11, 2019, 20:03 pm UTC

MITと聞いて、知らないという人はあまりいないだろう。
MITことマサチューセッツ工科大学はボストン近郊にある私立大学で、全米屈指のエリート校である。英国The Guardian紙は「MITが1つの国であるならば、それは世界のどの国の中でも11番目に高いGDPを持つと言える(The MIT factor: celebrating 150 years of maverick genius,2011)」と紹介する。

MITのコンピュータ分野への貢献は数え切れないほどで、現代のコンピュータ科学はMITなくして語れない。常に重要な哲学と理論の提唱者として、常に時代の最先端を行く大学の一つである。昨今、プログラミング教育関連の記事やイベントですっかりおなじみになったScratchやLEGO MindstormsもMITを中心に始まったプロジェクトだ。

さて、そんなMITのなかでもとりわけ異彩を放つ研究所がある。
工科大学の研究所でありながら、技術、メディア、科学、芸術、デザインを統合した学際的研究機関であり、数々のメッセージを全世界に発信して来た名門研究所、それがMITメディアラボだ。

メディアラボは1985年にニコラス・ネグロポンテによって設立された。以来、さまざまな発明を行い、世界中にメッセージを発信し続けてきた。

MITメディアラボの現所長は伊藤穰一氏で、投資家としては初期のTwitterやKickstarterへの投資で高名な人物だ。日本では「食べログ」や「価格.com」などを参加に持つデジタルガレージの共同創業者としても有名だ。

伊藤氏がメディアラボを経営面で指導する一方、コンピュータ科学、特にヒューマン・コンピュータ・インタラクション(ヒトとコンピュータの相互作用)研究の第一人者として活躍するのがタンジブル・メディア・グループの石井裕教授である。


(C)2019 Mariko Tagashira

今回、スコットランドのグラスゴーで開催されたヒューマン・コンピュータ・インタラクションの国際学会、CHI2019において、石井教授が生涯研究賞(Lifetime Research Award)を受賞され、その記念講演が開催された。

石井教授の会社員時代からの研究活動、そしてMITに渡ってからの苦闘の連続、といったストーリーは、NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」などにも詳しいので本稿では省略させていただく。

こういった、ある意味でわかりやすくお茶の間的、精神論的な内容は、どの世界にも通底するもので、敢えてエンジニアである筆者が言及する必要もないだろうと思う。

それよりも、本稿では、石井教授の掲げるコンセプトに焦点を当て、その進化のプロセスをひもときながら、この研究の持つ潜在的な可能性と価値を感じ取っていただければ幸いである。また、公演の内容に関わる部分は可読性の観点から敬称を省略させていただくことをご承知いただきたい。

石井裕の最初の挑戦は、離れた人とのコミュニケーションをどう解決するか、というところから始まった。

NTTの研究所に就職した石井青年は、離れた相手とのコミュニケーションを円滑化するための研究に没頭する。その際に彼が注目したのは手書きによるアナログ感だ。

ディスプレイを前に毛筆。この時点で彼の考える世界観がよく表れていると言える。
このもう一つを含む「机上(デスクトップ)」のイメージは、遠く離れた共同作業者に共有され、お互いの机上が重ね合わされた画面をお互いで見ながら手書きと音声でコミュニケーションする。

このあと、石井は「GUIはリモートコントロールだ」という主張を繰り返すが、その最初の
一歩は、この時に感じたことかもしれない。

毛筆を書きながら画面を見るというのは確かになれないとやりづらい。初めてペンタブレットに触った時の感覚に近い。まさに画面の向こう側にある自分の分身をリモートコントロールする感覚である。

この「リモートコントロール感」に違和感を持った石井はもっとダイレクトに手書きでコミュニケーションする方法を模索する。それがクリアボードだ。

クリアボードは、あたかも目の前に透明な板(クリアボード)を介して人間が向かい合って座っているかのような全く新しいコミュニケーションを作り出した。

この時代、まだまだペンタブレットが民生用に落ちて来ない時代であり、石井は独創性だけでこのクリアボードを完成させた。

この研究に注目したアラン・ケイとニコラス・ネグロポンテは石井をMITメディアラボに招聘した。

ところが、いざNTTを退職し、MITに行って見ると、ネグロポンテは「クリアボードのことは忘れてゼロから新しい世界を構築しろ」という命令を下す。その結果、石井の孤独な戦いが戦った。これを彼は「ピクセル帝国への反乱戦争(The Battle against The Pixel Emipre)」と呼ぶ。

ピクセル帝国とは、石井が師と仰ぐアラン・ケイ、そのまた師であるアイヴァン・サザーランド、そしてマウスの発明者であるダグラス・エンゲルバートによって創始されたGUI(グラフィカルユーザーインターフエース)全般を指す。つまり彼らは「ピクセルで世界を構築し、その中に閉じこもる」ことを選択し、そこで巨大帝国を作った。石井がMITに移った1994年においても、すでにピクセルは支配的な技術であり、そこから外に飛び出すことなど考えもしなかった。

当時コンピュータというのは、アタッシュケース大の箱で、ディスプレイというのは、真空管で作られ、奥行きが深く馬鹿でかいものだった。

この時代に、「ピクセルだけで作られた世界(帝国)に反旗を翻そう」というのは極めて大胆な発想の飛躍であり、これこそまさにアラン・ケイとニコラス・ネグロポンテが石井に期待していたものだった。

そこで石井は、「リモートコントロールによる形のないピクセル世界」から、外に飛び出した「触れる、体感性のある新しい世界」を構想した。これをGUIに対してTUI(タンジブル・ユーザー・インターフェース)と呼ぶ。

このコンセプトが世界に与えた影響は計り知れない。
マルチユーザ・マルチハンドの想定は、まさしく現代当たり前のように使われているマルチタッチの先駆けとも言える。余談だが、マルチタッチスクリーンの特許を申請したのは同じく日本人で東京大学の暦元純一教授である。CHI分野における日本のプレゼンスは普通の人が思っているよりもずっと高いのだ。

閑話休題

タンジブルとは、「有形(形があるもの)」と訳される。今ではコンピュータヒューマンインタラクションの世界ではごく普通の一般語になってしまったが、これは石井が提唱したコンセプトである。

では石井の考える、「ピクセルのないコンピュータ」とはどのようなものか。
一つの例として、石井の作品である「musicBottles」を紹介しよう。

これは三つの形の異なるボトルに蓋がされており、蓋を外すとそれぞれが別の旋律を奏でるというインスタレーションだ。

それぞれ異なる旋律でありながら調和がとれるように設計されている。
ボトルの蓋をとる、という行為が、音楽と連動することによって、あたかもボトルの中に音楽が閉じ込められていたように感じさせる。

石井自身はこれについて深く語っていないが、最近筆者が東浩紀氏と対談した際に「日本でよく知られているアラン・ケイの論文の日本語訳が不十分であった」という話を唐突に思い出した。

東氏によれば、アラン・ケイは、ダイナブックコンセプトに関する論文の中で、「ユーザー・インターフェース」という言葉と、「ユーザー・イリュージョン」という言葉を注意深く分けて使っており、日本では「ユーザー・インターフェース」には注目が集まるものの、「ユーザー・イリュージョン」についてはほとんど注目されていない、これは問題だというのである(ゲンロンβ21ゲンロンβ22ゲンロンβ27)。

東氏が自ら再翻訳した訳では、確かにユーザー・インターフェースとユーザー・イリュージョンが別個の概念として説明されている。ユーザー・インターフェースとは単なる「目に見えるヒトとコンピュータの境界」に過ぎず、ユーザー・イリュージョンとは、「ユーザーの頭の中の幻想」を意味すると筆者は読み解く。

たとえばこういうことである。
GUI以前の世界では、CUI(キャラクター・ユーザー・インターフェース)が主にコンピュータを操作するために用いられていた。今でいう、コマンドラインである。

これを使おうとする場合、ユーザーは頭の中で「ディレクトリとはこのようなものである」とか「ファイルとはこのようなものである」というメンタルモデル(コンピュータの内部構造を理解して想像するための概念)を持たなければならない。

でもあまりにデータが増えてくるとややこしくなってくるので、時々treeコマンドなどを使ってどういう構造になっているのか確認したりする必要がある。

ケイ曰く、これを画面にディレクトリ(フォルダ)の実体としてのアイコンや、ファイルのアイコンを配置し、マウスを通じて「(リモートコントロールしたカーソルで)触れる」ようにすると、ユーザーはの頭の中にはあたかも「ハードディスクの内容が見えて、操作できるという幻想」が生まれることになる。

石井の「musicBottles」は、まさしくこのアラン・ケイらによる「ユーザー・イリュージョン」を現実世界に拡張したものと解釈できる。

「musicBottles」の実装原理はバージョンよって異なるが、最もシンプルなものは、ボトルの重さと蓋の重さをそれぞれバラバラにして、ボトルの置かれた台にかかる荷重を計測してどの旋律を流すか決定するというものだ。

その機構そのものとボトルの中に何ら電気的関係性はないが、ボトルを台座からどかせば、その旋律は丸ごと鳴らなくなり、台座のどの部分にボトルがあっても、蓋を外せば正しく旋律が鳴り響くという一貫性によって狙い通りの「ユーザー・イリュージョン」の構築に成功している。

「ユーザー・イリュージョンの現実世界への有形(タンジブル)化」という視点を持っていないと、石井の研究を理解することは難しい。

もうひとつ、MIT時代の石井がNTT時代とは明らかに異なる評価軸を研究に導入したことも注目に値する。

NTT時代の研究は、「チームワークステーション」にしろ、「クリアボード」にしろ、非常に実用的な、良くも悪くも企業の研究所的なものだった。

ところがMIT時代になると、彼はそれまでに用いて来なかった評価軸を導入する。それが「美学(aesthetic)」である。

初期の研究では、石井は「ユーザー・イリュージョン」を強く意識すると同時に「美学」にもこだわりを見せはじめている。

左から、「inTouch」、「curlybot」、「topobo」という三つの初期研究が紹介されている。

「inTouch」は三本の棒からなる二つ一組のデバイスだ。
片方の棒を手で転がすと、もう一方も同じように動作する。

これを通じて、遠く離れた人と、手を触れ合うようなコミュニケーションを実現するという道具である。

これもまたひとつの「ユーザー・イリュージョン」の実現に他ならない。身体の延長としてのデバイスが、相互に幻想を作り出すことを期待したものだ。

curlybotとtopoboはともに、タンジブルなプログラミング環境を作ろうとする試みである。
curlybotは手で指示した動きを記録し、再生する。topoboは組み合わせ可能なブロックで、こちらもまた、人間が手で動かした動きを忠実に繰り返す。

原理は単純だが、石井の目指すところが、「ピクセルを使わないユーザー・イリュージョンの実現」だと考えると、着実にステップを踏んでいることがわかる。

そうした純粋なタンジブル・コンピューティングの研究によって手応えを感じた石井は、大胆にも仇敵であるピクセル帝国の力を利用しようと考える。2000年代から石井は、プロジェクションマッピングとタンジフル・コンピューティングの組み合わせによる、新しいユーザー・イリュージョンの模索の時代に入っていく。

2000年代後半に入ると、タッチスクリーンが実用化され、画面上のオブジェクトを直接指で触る(TUIにおけるダイレクトマニュピレーションに相当)タッチユーザーインターフェースが普及した。石井のコンセプトの一部が実用化され、スマートフォンという形で、世界的に爆発的に普及していったのだ。

世の中が自分のコンセプトに追いつきつつある事態を尻目に、2010年代から石井は自ら提唱したTUIのさらに先の世界を模索していくことになる。

それがラディカル・アトム(直訳すると、過激な原子)だ。
石井によれば、「デジタルはシャイ」である(個人的にはこの表現はすごく好きだ)。
デジタルがシャイなので、人間の側から働きかけてやらなければならない。

最初はマウスやタッチパッドを利用したリモートコントロールからスタートして、石井の予言通り、タッチスクリーンなどを利用したダイレクトマニュピレーションの世界がやってきた。

ではその次の世界とはなんだろうか。
これは誰も考えたことがあるようでない疑問である。

石井はそれを「ラディカムアトム」と名付けた。

石井はデジタルの世界とフィジカル(物理)の世界を水面と空中に例える。
GUIはシャイなデジタル世界に篭ったままのものを、リモートコントロールで触るものだった。TUIの時代になると、それを直接指で触ることによって新しいユーザー・イリュージョンが生まれた(タッチスクリーンを使っても実際にデジタル情報に触れるわけではないが、触っているような感覚をユーザに与える)。その次の時代、ラディカルアトムの時代になると、これまでシャイだったデジタルが、積極的に現実世界を変容させてくるのである。

石井のラディカルアトムの研究の中で最も有名なのがinFormだろう。

オックスフォード辞典によれば「inform」の語源は、「Middle English enforme, informe ‘give form or shape to’, also ‘form the mind of, teach’, from Old French enfourmer, from Latin informare ‘shape, fashion, describe’, from in- ‘into’ + forma ‘a form’.」

つまり「Form」は「形」を意味する。
「inform」は形を与える、という意味になり、これの派生語である「information」が、実際には物理世界に形がないものに用いられるというのは興味深い。

石井の「inForm」は、ディスプレイであると同時に入力デバイスである。その点ではタッチスクリーンと同様の「ダイレクトマニュピレーション」装置であるとも言える。

「inForm」の値打ちというのは、残念ながら実際に見てもらわないことには本当にはわかっていただけないだろう。筆者も何度かボストン近郊の石井教授の研究室を訪れたことがあるが、「inForm」の実物を見たのは一回だけである。ビデオで何百回と見ていたはずなのに、実際に動作する「inForm」とのインタラクションの感動というのは凄まじかった。

想像を絶するくらいの力強さ(トルク)があり、スマートフォンなど軽く持ち上げてしまうくらいのパワーがある。また、想像以上に器用でもある。

このあたりがちゃんと伝えられないもどかしさというのは、VRコンテンツと似たところがある。つまり「すごいとしか言えない」のだ。

inFormの完成までに数億円の費用が掛かっていると聞いたが、その価値はある。
スティーブ・ジョブズはよく自社製品のプレゼンで「Magical!」を連発していたが、いま、地球上で最も「マジカル」なのは「inForm」だろうと思う。

触れずに物理的なモノが思い通りに動く驚き、そして表面を押すとその何倍もの勢いで押し返してくる衝撃。これは触るヒトを虜にするデバイスである。まさに過激なユーザー・イリュージョンを実現してくれるのだ。

石井は「アートとサイエンスが常に重要である」と説く。

こうした主張を展開したコンピュータ科学者は石井が初めてではないだろうか。
これはMITメディアラボがもともと建築学科から派生して設立されたことと全く無関係ではないだろう。建築学というのは、まさしくアートとエンジニアリングが統合されたものだからだ。

「芸術的(Artistic)かつ解析的(Analytic)」であり、「詩的(Poetic)かつ実践的(Pragmatic)」であれ、と石井は説く。

あまりこういう主張をしている計算機科学者に会ったことがない。
ふつうはどちらかにエネルギーを注力しているからだ。

石井曰く、CHIを含む学会に論文が拒否されたことがなんどもあったという。その時に、たとえば学会では通らなくてもアートとしては認められるケースがあったり、またアートして認められなくても学術的価値を認められるケースの両方があったことが、結局は石井の研究環境をより良いものにしてくれたのだ、という。

たとえば数億円の巨費が投じられた「inForm」は、アートという文脈があったからこそ、レクサスという大スポンサーがついてミラノサローネでの展示が実現した。これが単なる科学的研究だったら、一般の人に訴えることまで出来なかっただろう。

しかし同時に「アートだけ」ではいけない、と石井は説く。この四つの要素は同時に意識され、満たされなければならず、評価する側が持っている軸が、たまたまアートの軸なのか、実用の軸なのか、科学の軸なのか、ということが違うだけだという考え方だ。

意外に思われるかもしれないが、実は研究者の間でも、学会で評価されることを良しとする文化と、否とする文化がある。

否とする主張の論点は「学会というのは既存の価値観の枠組みの中にあるもので、その中で評価されるというのは、既存価値への矮小な迎合に過ぎない。真の開拓的精神を持つものならば、
既存の価値や権威に評価を頼るのではなく、自らの道を切り開くべし」ということだ。

一方、学会で評価を受けることを良しとする主張は「学会は長い歴史と多数の会員の相互評価によって権威を蓄積してきており、真に優れた研究であれば、こうした過去の知見の蓄積から見ても正しく高い評価を受けて然るべきだ」というものだ。

どちらの主張も正しいと考えられるので、筆者は「あまり学会で受賞することばかりに拘ってはいけない。本当に正しければ、両方から評価される」と解釈することにしている。

その中で、石井はアートという文脈と学会という文脈、二つの評価軸に身を置いて先端領域を切り拓いていこうとしているのではないか。

さらに石井はアート、サイエンス、テクノロジー、デザインは螺旋階段のようにぐるぐる回りながら関係してくるのだとしている。

これを「科学の先端」である全米計算機科学会の受賞講演で聴けることに価値がある。
科学とアートはぐるぐる回りながら関係している、まさにIUT理論におけるΘリンクのように一蓮托生の関係なのかもしれない。

結びのトークとして、石井は「テクノロジーのライフスパンは1年、ニーズは10年、しかしビジョンは100年以上残る」と語る。

だから目先のテクノロジーに拘泥せずに遠大なビジョンを持ち、日々戦うべきだというメッセージを若き研究者たちに突きつけた。

最後に、石井教授はこう語った。

「50年以内に、私は向こうの世界へ行きます。でも100年後には、みんな向こうの世界に行っています。さらにその先、2200年のことを想像しましょう。そのときに何が残せるでしょうか。どうすれば忘れられずにすむでしょうか。あなたはどんなふうに語り継がれたいでしょうか」

石井教授の講演動画は近日中に無料配信される予定。
公開されたらこちらのページでも紹介させていただく。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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